先生と千鶴

井中かわず

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二人の関係

覚悟

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数日後

いつも通り仕事から帰っていると、家の近くを男の子がうろうろとしていた。
なんだか見覚えがあるなと思っていると、あの夜千鶴がコウキと呼んでいた青年だ。
彼は私を見つけると、難しい顔をしながら近寄ってきた。

「あの、こんにちは」

「はあ、こんにちは」

ぎこちなく挨拶をされる。

「えっと、その…」

青年は変な汗をかきながら、頭のなかで言葉を選んでいるのか少しの間をおきながら話し始めた。

「俺は、楠千鶴と同じ職場の、仙波コウキと言います。
楠とあなたが、どんな関係なのか、その、教えて貰ってもいいですか?」

真っ直ぐ私の目を見て言う。
ああこの子は、千鶴のことが好きなのだろうなと直感した。
爽やかで精悍な顔立ちの青年だ。運動をしているのかみずみずしい筋肉質な腕をしている。
うぶな顔つきが、また好ましい。
私だったら、私のようなみすぼらしい中年でなくこっちを選ぶのに。
千鶴と言うのは本当に変わった娘だと改めて思う。

「どうしてですか?貴方は千鶴さんとどう言ったご関係で?」

「俺は、だから、ただの職場の同僚ですよ…。
この前の夜、楠があなたと親しげだから気になって…」

「…そうですね、お付き合いしています」

そう言うと、青年は雷に打たれたような顔をした。
そして心底悔しそうな顔をして、感情をむき出してきた。

「…あんた、もういい年齢トシだろう…
楠はまだ18歳なんだぞ!そんな年下と付き合って恥ずかしくないのか…!?」

「それ、貴方に関係ありますか?」

私は彼の若さを妬んでいる。
彼の方が千鶴に相応しいのは誰の目にも明白だ。
だから、少しの意地悪を許して欲しい。

「千鶴さんもそれを承知の上で私と交際してくれているんです。私たちの関係は不倫でも、援助交際でもない。
それを私が中年であるからと言う理由だけで貴方は非難するんですか?」

彼だって自分の発言が八つ当たりであることをわかっているんだ。ここまで言っては可哀想だ。

「楠のこと好きなんですか…?」

「好きじゃなければお付き合いしませんよ」 

そう言うと、青年はなにかを諦めたかのように肩を落とした。

「そうですか…わかりました。失礼しました」

私の言えた義理ではないが、好青年の失恋を目の当たりにして少し痛ましい気持ちになる。
私は先程自分用に買った缶コーヒーをポイと渡した。

「もうすぐ暗くなるから、気をつけて」

それだけ言って彼を見送ることなく帰る。
最後の行動は自分でもなぜそんなことをしたのか謎だ。
ただなんとなく、そうしたくなったのだ。 

誰もいないいつも通りの家で、私は少し落ち込む。

「恥ずかしくないんですか…ね」

実は栗原にも言われた言葉だ。
あのあと、千鶴との関係を栗原に問い詰められた私は素直に「交際している」と告げた。
栗原は「あんな若い子と」「恥ずかしくないんですか?」「軽蔑しました」「私の見る目がなかったんです」と散々な言い様だった。

おっさんが、若い子に入れ込んでいるようにしか回りには見られないのだろうな。
これからもしばらくは、或いはずっとそうなんだろう。
それは事実でもあるが、そう思われて心地好い訳がない。
きっと千鶴も同じような不快感を持って私と付き合っていくことになるのだろう。
一般的なものから少しでもズレたら、偏見の目がつきまとうものなのだから。

私は懐から煙草とライターを取り出して火をつける。
千鶴から貰ったライターだ。

お盆休みには、祖母に会いに行こう。
できることなら千鶴も連れて。
千鶴の父親にも、様子を見て挨拶しに行こう。
私は、覚悟を決めたのだ。

ガチャリと扉の開く音がした。

「先生?いらっしゃる?
私この前忘れ物しませんでした?
…あっ、また先生たら煙草吸って!」

バタバタと家に入ってきた千鶴に「いっらっしゃい」と言いながら、私はつけたばかりの煙草の火を消した。
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