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みつき
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ジュッと灯ったライターが薄暗い部屋を照らす。
しかしタバコに火を点けたライターはすぐに消え、また部屋からは灯りがなくなった。
「暗くないんですか」
「タバコ吸うくらいこれで充分だろ」
晋哉はきつい香水の匂いに眉を寄せながら、足元に落ちていた上質なワイシャツを拾う。大きなベッドの上でタバコを吸う男性は、一瞬視線を向けた。
部屋に入る前からわかってはいたが、やはりシーツはある行為を物語るように乱れていた。この甘ったるい香水も、何回か嗅いだ記憶がある。
内心ため息を吐きながら部屋を出ようとする晋哉に、声がかかった。
「青瀬、おまえ女つくらねえのか」
「……面倒なのは嫌なんですよ」
「はは、おまえらしい……まぁそう言わずに、何人か囲うのも良いもんだぞ。俺が見繕ってやろうか」
「いえ、俺は興味が無いので、若いヤツらに」
「相変わらずつれねえなぁ」
「色事を好む奴ばかりじゃないってことですよ、親父」
「これも世代かねぇ」
ぼんやりとタバコをふかす男性を残し、晋哉は部屋を出る。
扉のすぐ脇に控えていた若い男に、持っていたワイシャツを渡した。
「……女を囲ってるのがステータスになるなんて、いつの時代の話だよ」
「何ですか? 青瀬の兄貴」
「いや、なんでもねぇ」
小さくこぼした晋哉は、聞き返す男になんでもないと手を振る。
服についた香水の匂いを気にしながら、親父──東泉組組長の屋敷をあとにした。
組の親父とそんなやり取りをして数日、家に帰った晋哉を驚きが待っていた。
家に入った途端に漂った料理の匂い、人がいる気配。用心をしながら奥へと進めば、そこにいたのは中性的な若者だった。
「てめぇ、どうやって入った?」
柄のないシンプルな着物を着ている若者は、晋哉の低い声にびくっと肩を揺らす。慌てて取り出した紙を晋哉へと差し出した。
すぐに返ってこなかった答えを不審に思いながらも、受け取った紙に目を滑らせる。
「親父か……あの人はまた、勝手に」
渡された紙は、東泉の親父が若者に持たせた物だった。
なんでも借金を返さず逃げた呉服屋の子供を宛てがうから、家事などの世話をしてもらえとのことだった。
「そういうのは興味がねぇと言ってんだがな……」
この紙に書いてあるわけではないが、数日前のやりとりで言っていた相手にこの若者が宛てがわれたのはすぐに気づいた。
顎下あたりまで垂れている綺麗な黒髪に、整った顔立ち、華奢な体。
きっと逃げた呉服屋の子供が美しい外見だと知り、色事に興味がない男の元に向かわせたのだろう。
そうは言っても、同じ家に居ればその気もおきるだろうと。
「おまえ、名前は」
晋哉は面倒事の予感にため息を吐きながら、恐る恐るこちらを窺っていた若者に声をかける。
すると若者は小さなノートを取り出し、ペンで何かを書き出した。ノートの向きが変えられ、書いたものを見せられる。
「みつき、か」
ノートには美しい文字で、みつき、とだけ書かれていた。
「何を言われているかは知らねぇが、家のことをやるだけでいい。二階に部屋が空いてるから、好きに使え」
必要最低限のことだけを伝える晋哉に、みつきは大きく頷く。その顔には追い出されなくて良かったという安堵が見えた。
自分の空間に他人が立ち入るのが嫌いな晋哉だが、ここで追い出したら更に面倒になる可能性もある。
それに家のことを勝手にやって貰えるのであれば楽だ。
これ以上面倒事にならないでくれよと思いながら、晋哉は手の中の紙を丸めた。
しかしタバコに火を点けたライターはすぐに消え、また部屋からは灯りがなくなった。
「暗くないんですか」
「タバコ吸うくらいこれで充分だろ」
晋哉はきつい香水の匂いに眉を寄せながら、足元に落ちていた上質なワイシャツを拾う。大きなベッドの上でタバコを吸う男性は、一瞬視線を向けた。
部屋に入る前からわかってはいたが、やはりシーツはある行為を物語るように乱れていた。この甘ったるい香水も、何回か嗅いだ記憶がある。
内心ため息を吐きながら部屋を出ようとする晋哉に、声がかかった。
「青瀬、おまえ女つくらねえのか」
「……面倒なのは嫌なんですよ」
「はは、おまえらしい……まぁそう言わずに、何人か囲うのも良いもんだぞ。俺が見繕ってやろうか」
「いえ、俺は興味が無いので、若いヤツらに」
「相変わらずつれねえなぁ」
「色事を好む奴ばかりじゃないってことですよ、親父」
「これも世代かねぇ」
ぼんやりとタバコをふかす男性を残し、晋哉は部屋を出る。
扉のすぐ脇に控えていた若い男に、持っていたワイシャツを渡した。
「……女を囲ってるのがステータスになるなんて、いつの時代の話だよ」
「何ですか? 青瀬の兄貴」
「いや、なんでもねぇ」
小さくこぼした晋哉は、聞き返す男になんでもないと手を振る。
服についた香水の匂いを気にしながら、親父──東泉組組長の屋敷をあとにした。
組の親父とそんなやり取りをして数日、家に帰った晋哉を驚きが待っていた。
家に入った途端に漂った料理の匂い、人がいる気配。用心をしながら奥へと進めば、そこにいたのは中性的な若者だった。
「てめぇ、どうやって入った?」
柄のないシンプルな着物を着ている若者は、晋哉の低い声にびくっと肩を揺らす。慌てて取り出した紙を晋哉へと差し出した。
すぐに返ってこなかった答えを不審に思いながらも、受け取った紙に目を滑らせる。
「親父か……あの人はまた、勝手に」
渡された紙は、東泉の親父が若者に持たせた物だった。
なんでも借金を返さず逃げた呉服屋の子供を宛てがうから、家事などの世話をしてもらえとのことだった。
「そういうのは興味がねぇと言ってんだがな……」
この紙に書いてあるわけではないが、数日前のやりとりで言っていた相手にこの若者が宛てがわれたのはすぐに気づいた。
顎下あたりまで垂れている綺麗な黒髪に、整った顔立ち、華奢な体。
きっと逃げた呉服屋の子供が美しい外見だと知り、色事に興味がない男の元に向かわせたのだろう。
そうは言っても、同じ家に居ればその気もおきるだろうと。
「おまえ、名前は」
晋哉は面倒事の予感にため息を吐きながら、恐る恐るこちらを窺っていた若者に声をかける。
すると若者は小さなノートを取り出し、ペンで何かを書き出した。ノートの向きが変えられ、書いたものを見せられる。
「みつき、か」
ノートには美しい文字で、みつき、とだけ書かれていた。
「何を言われているかは知らねぇが、家のことをやるだけでいい。二階に部屋が空いてるから、好きに使え」
必要最低限のことだけを伝える晋哉に、みつきは大きく頷く。その顔には追い出されなくて良かったという安堵が見えた。
自分の空間に他人が立ち入るのが嫌いな晋哉だが、ここで追い出したら更に面倒になる可能性もある。
それに家のことを勝手にやって貰えるのであれば楽だ。
これ以上面倒事にならないでくれよと思いながら、晋哉は手の中の紙を丸めた。
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