summer summer!

たがわリウ

文字の大きさ
上 下
13 / 20
本編

13

しおりを挟む
「成海くん、こっち向いて」

真剣で懇願するような声だった。俺はゆっくりと体の向きを変える。
いつもとは違う明の声に、どうしても悪い方に考えてしまった。
体を強ばらせたまま、明の目を見る。真剣な目は、直ぐに何かを懐かしむように細められた。

「俺が今住んでるとこは、渋滞が多くて、ビーチが有名なんだ」

予想していたものとは違う答えに、一瞬ぽかんとする。そんな俺を気にすることもなく、明は言葉を続けた。

「朝はクラクションがそこかしこで鳴ってて、ビーチにはサーファーと観光客が集まるんだ。音楽を流して自由に踊ってる人もいる」
「……渋滞は嫌だけど、そういうの聞くと海外って感じがするな」

明が教えてくれる景色は、俺の中にもすんなりと入ってきた。細められた明の目を見ながら、俺も同じ景色を見られているのだろうかと思う。
波の音と乾いた空気に包まれているような気がした。

「撮影で移動の時とか、進まない車の中でいつも成海くんを思うんだ。今何してるんだろう、どんな風に成長したのかな、俺のこと覚えてるかなって。賑わうビーチを見て、海の向こうにいる成海くんを想像してた。日本がどの方角かなんて知らないのに」
「……」

遠くを見ていた目が俺を見る。強く何かを訴える瞳にハッとした。シャツを無意識に握りしめる。

「この一ヶ月で成海くんに意識してもらおうって、必死だったよ。俺は成海くんと分かち合う時間を、この夏だけで終わらせる気は無かったから。……ねぇ成海くん、あの日言えなかったこと、いま伝えてもいい?」

あの日。離れ離れになることに怯えることしかできなかった夏。
今の俺たちなら、また離れ離れになっても繋がったままでいられる。明と再会してまだあまり時間が経っていないのに、何故かそんな確信があった。
何を言われるのかほぼ想像はついている。けれど期待と不安で喉が閉まった。俺はゆっくりと頷く。

「こんなふうに寝たのなんて成海くん以外いないよ。俺が触りたいと思うのも、触って欲しいと思うのも、成海くんだけだから。家族のようにいつも幸せを願ってるし、親友のように心を一緒にしたい。でも家族や親友以上に、成海くんの近くにいたい。こうやって我儘な気持ちがどんどん溢れてくるんだ。成海くんだけが俺の特別だよ。大好きなんだ、成海くん。成海くんの特別に、俺も選んでもらいたい」

何故か胸が切なさで締め付けられて、視界は滲む。こんなにも言葉を尽くして気持ちを伝えてくれる明。そんな明に、俺は何を返せるだろう。
熱い息を吐きながら、大きな手を両手で包んだ。何を言えばいいか分からないけど、この想いが伝わるよう願う。

「俺も、明のことが好きだよ。大好きだ。恋というものを知らずにいた頃も、離れていた数年間も、再会した今も、ずっと好きだった。おまえの我儘と同じように、俺のこの気持ちもどんどん強く溢れてくるんだ」

こんなにも胸が熱くなったのは初めてだった。好きな人と同じ気持ちでいる。それが大きな奇跡に思えて、胸がつかえる。
緊張を滲ませていた明の顔が、みるみるうちに喜びで綻んだ。
背中にまわった腕で引き寄せられ、額と額がくっつく。そういえば昔も、よくこうして寝ていたのを思い出した。

「……嬉しい」
「うん」

幸福感を堪能するかのように、俺たちはしばらくじっとしていた。
至近距離で視線を合わせるのが恥ずかしくて目を伏せていた俺の頬に、明は触れる。声は発していないのに呼ばれた気がして、視線を持ち上げた。
愛しさを伝えてくる熱っぽい瞳。ゆっくりと近づいてくる明の顔。
あ、そうか、と俺は急いで目を閉じる。

「ん」

ふにっと押し付けられた唇は、しばらく動かない。
明とキスをしている。それを認識した瞬間、嬉しさと緊張と切なさに包まれた。体すべてが火照る。
頭を真っ白にしているうちに、押し付けあっていた唇は離れた。

「ねぇ、成海くん……あの日の俺たちには知りえなかったこと、俺は成海くんとしたい。成海くんは、どう?」

明が何を言っているのかは、すぐにわかった。けれどキスだけでいっぱいいっぱいの俺は、数秒黙り込む。
そんな俺に明は少しだけ体を引いた。考えるよりも先に、俺は明の手を握る。

「わるい、嫌とかじゃないんだ。ただ、いっぱいいっぱいで……でも、俺も同じ気持ちだ」

手を掴まれた明は驚きを浮かべた後、眉を下げて笑った。その幸せそうな表情はモデルのAKIとしては見せたことがないもので、心臓が締め付けられる。
こんな顔をさせたのが自分だと思うと不思議だった。
そんなことを考えているうちに、体を起こした明は俺に跨る。また表情が変わり、今度は欲望を隠さない目が俺に向けられた。
その瞳に捕らわれたとき、もう逃げることはできないと悟る。ゾクッと何かが背中を駆け抜けた。

「成海くんを俺で満たしたい。成海くんでいっぱい満たされたい」

荒々しくシャツを脱いだ明。ムワッと広がった香水の匂いが、俺の動きを止めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

スパダリ様は、抱き潰されたい

きど
BL
プライバシーに配慮したサービスが人気のラグジュアリーハウスキーパーの仕事をしている俺、田浦一臣だが、ある日の仕事終わりに忘れ物を取りに依頼主の自宅に戻ったら、依頼主のソロプレイ現場に遭遇してしまった。その仕返をされ、クビを覚悟していたが何故か、依頼主、川奈さんから専属指名を受けてしまう。あれ?この依頼主どこかで見たことあるなぁと思っていたら、巷で話題のスパダリ市長様だった。 スパダリ市長様に振り回されてばかりだけと、これも悪くないかなと思い始めたとき、ある人物が現れてしまい…。 ノンケのはずなのに、スパダリ市長様が可愛く見えて仕方ないなんて、俺、これからどうしたらいいの??

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

【R18/BL】激情コンプレックス

姫嶋ヤシコ
BL
小さな頃から仲良しだった悠と伊織。 お互いに成長し、伊織の華々しいモデルデビューを複雑な心境で見守る悠だったが、今までと関係は変わらないと言ってくれる伊織に安心していた。 けれど、とある出来事を切っ掛けに二人の距離は離れ、絶交状態に。 その後、縁あって悠も伊織と同じ業界へ入り、今では一、二を争うモデルとして活躍をしていた。 そんな時、悠の元に伊織の所属する事務所からしつこい程にオファーが届き始める。 自分から手を離したくせに今更何をと取り合わない悠だったが、自分の知らない所で次第に周囲を巻き込んでしまい……。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルにも掲載中

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

処理中です...