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はぁ、と口から漏れ出てしまったため息に気づいて急いで顔をあげると、図書館の本棚と向かい合っていたユキ様がこちらを振り向いた。
ユキ様がいるそばでため息を吐いてしまったことを強く悔やむ。いつも通りでいなくてはいけないのに。
「セスがため息なんて珍しいね。何か悩みごと?」
「いえ、すみません……」
どうやらこの前の失態のことで僕がため息を吐いたと思ったらしいユキ様は困ったように笑った。
心配させまいと思っていたのに失敗してしまった。
「いえ、そのことは反省して切り替えています」
「じゃあ同じくらい大きな悩みごとがあるってことだ」
「それは……」
この前の失態のことは深く反省し、ユキ様に心配をかけまいとやっと切り替えることができた。
あんなミスをしてしまった後だからこそ誰にも言わないでおこうと考えていたことを迷いながらも口にする。
「ユキ様がオーウェン王子を特別だと気づいたのはどういうことがきっかけだったのでしょう」
予想外な質問だったのだろう、ユキ様は驚いたように目を大きくし言葉を探すように視線を動かした。
「すみません、失礼なことを」
「いや、いいんだ。そうだなぁ、一緒にいられないことが寂しくて辛いと気づいたからかな」
「寂しくて辛い……」
「もしかして、気になる人ができたの?」
僕個人の勝手な悩みだというのに、ユキ様は優しく微笑み、そしてどこか嬉しそうに僕を見つめた。
いつのまにか本棚を向いていた体ごとこちらに向けられている。
「……どう言えばいいのかわからないのですが、ある人を目にすると胸が痛むのです。共にいられる時間が以前より楽しみになり、一緒にいられなくても胸が痛み、もっと共にいたいと、言葉を交わしたいと思ってしまう。以前抱いていた憧れとは少し違うのです」
「うん」
「お恥ずかしいのですが、こんな気持ちを抱いたのは初めてのことで、どうしたらよいのかわからないのです」
胸をかき乱し続ける感情を当てはめる言葉がわからず思っていることを整理しながら僕が話す途中で、ユキ様が小さく、あ、と何かに気付いたような声を出した。
すべてを話し終わって顔を上げた先でユキ様は複雑そうな表情で僕の後ろを見る。
「すくなくともセスはその人を特別だと思っているんじゃないかな……それじゃ、俺は先に部屋に戻ってるよ」
ひとつの答えをくれながら突然部屋に戻ると言い僕の隣を通って扉に向かうユキ様を視線で追うと、今まさに思い浮かべていた人物が扉の近くに立っていた。
どうして、と慌てながらも反射的に視線を下げる。表情を確認するのが怖かった。
はっきりと名前は口にしていないが鋭い彼なら今の言葉を聞いたら僕の気持ちが誰に向いているのかわかっているのだろう。
「……セス」
こつりこつりと、ゆっくりと足音が近づいてくる。
困らせてしまっているだろうか。きっとそうなのだろうと思いながら、今まで何度か噂に聞いたことのある、彼に告白したメイドや使用人もこんな気持ちだったのかと考えていた。
「わかっています、こんな気持ちを向けられてもディランさんが困るだけだと」
「……すまない」
たった四文字の言葉。その短い言葉に胸が押し潰されそうに痛み、後悔と悲しみが押し寄せる。
しかし頭のどこかで、やっぱりとも思っていた。
「私は王子の執事をまっとすることだけを考えている。だからその気持ちに応えることはできない」
「はい……」
わかっていたことだ。使用人やメイド、貴族、町の美女、どんなに魅力的な人からの告白も断ってきた理由も、そのなかで自分が選ばれるはずがないということもわかっていたはずだ。
それなのにどうして目の奥が熱くなるんだろう。
「突然すみませんでした、忘れてください」
ディランさんがこんなことで仕事に支障をきたすとも思えないが、忘れてくれと言いながらなんとか微笑みを張り付ける。うまく笑えているかはわからないけれど。
結局一度もディランさんの目を見ることができないまま、彼の横を通りすぎ廊下へと急いだ。
この気持ちを忘れることができるとは思えないけれど、彼の前では隠していようと固く決意する。
ユキ様がいるそばでため息を吐いてしまったことを強く悔やむ。いつも通りでいなくてはいけないのに。
「セスがため息なんて珍しいね。何か悩みごと?」
「いえ、すみません……」
どうやらこの前の失態のことで僕がため息を吐いたと思ったらしいユキ様は困ったように笑った。
心配させまいと思っていたのに失敗してしまった。
「いえ、そのことは反省して切り替えています」
「じゃあ同じくらい大きな悩みごとがあるってことだ」
「それは……」
この前の失態のことは深く反省し、ユキ様に心配をかけまいとやっと切り替えることができた。
あんなミスをしてしまった後だからこそ誰にも言わないでおこうと考えていたことを迷いながらも口にする。
「ユキ様がオーウェン王子を特別だと気づいたのはどういうことがきっかけだったのでしょう」
予想外な質問だったのだろう、ユキ様は驚いたように目を大きくし言葉を探すように視線を動かした。
「すみません、失礼なことを」
「いや、いいんだ。そうだなぁ、一緒にいられないことが寂しくて辛いと気づいたからかな」
「寂しくて辛い……」
「もしかして、気になる人ができたの?」
僕個人の勝手な悩みだというのに、ユキ様は優しく微笑み、そしてどこか嬉しそうに僕を見つめた。
いつのまにか本棚を向いていた体ごとこちらに向けられている。
「……どう言えばいいのかわからないのですが、ある人を目にすると胸が痛むのです。共にいられる時間が以前より楽しみになり、一緒にいられなくても胸が痛み、もっと共にいたいと、言葉を交わしたいと思ってしまう。以前抱いていた憧れとは少し違うのです」
「うん」
「お恥ずかしいのですが、こんな気持ちを抱いたのは初めてのことで、どうしたらよいのかわからないのです」
胸をかき乱し続ける感情を当てはめる言葉がわからず思っていることを整理しながら僕が話す途中で、ユキ様が小さく、あ、と何かに気付いたような声を出した。
すべてを話し終わって顔を上げた先でユキ様は複雑そうな表情で僕の後ろを見る。
「すくなくともセスはその人を特別だと思っているんじゃないかな……それじゃ、俺は先に部屋に戻ってるよ」
ひとつの答えをくれながら突然部屋に戻ると言い僕の隣を通って扉に向かうユキ様を視線で追うと、今まさに思い浮かべていた人物が扉の近くに立っていた。
どうして、と慌てながらも反射的に視線を下げる。表情を確認するのが怖かった。
はっきりと名前は口にしていないが鋭い彼なら今の言葉を聞いたら僕の気持ちが誰に向いているのかわかっているのだろう。
「……セス」
こつりこつりと、ゆっくりと足音が近づいてくる。
困らせてしまっているだろうか。きっとそうなのだろうと思いながら、今まで何度か噂に聞いたことのある、彼に告白したメイドや使用人もこんな気持ちだったのかと考えていた。
「わかっています、こんな気持ちを向けられてもディランさんが困るだけだと」
「……すまない」
たった四文字の言葉。その短い言葉に胸が押し潰されそうに痛み、後悔と悲しみが押し寄せる。
しかし頭のどこかで、やっぱりとも思っていた。
「私は王子の執事をまっとすることだけを考えている。だからその気持ちに応えることはできない」
「はい……」
わかっていたことだ。使用人やメイド、貴族、町の美女、どんなに魅力的な人からの告白も断ってきた理由も、そのなかで自分が選ばれるはずがないということもわかっていたはずだ。
それなのにどうして目の奥が熱くなるんだろう。
「突然すみませんでした、忘れてください」
ディランさんがこんなことで仕事に支障をきたすとも思えないが、忘れてくれと言いながらなんとか微笑みを張り付ける。うまく笑えているかはわからないけれど。
結局一度もディランさんの目を見ることができないまま、彼の横を通りすぎ廊下へと急いだ。
この気持ちを忘れることができるとは思えないけれど、彼の前では隠していようと固く決意する。
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