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本編
知っていること知らないこと
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「オーウェン様はどうしてあなたみたいなのを側に置くのかしら」
庭園の隅、植物に囲まれて隠れているような場所でシャーロットと俺は向かい合っていた。
正確に言えば、シャーロットとその後ろに控えるふたりの使用人と、俺と後ろにいるセスが。
ディランには来るなと言ったがセスが着いてくるのを許したのは、彼女がセスを若い使用人で何の脅威にもならないと感じてるのが伝わってきて嫌な感情が腹に溜まっていくのが自分でもわかっていた。
「オーウェン様に釣り合っていると思えないのだけど。あなた異世界から来たのでしょう? どういったことで帰ることができなくなるか知っているの?」
「いえ、詳しくは知りません」
「オーウェン様はあなたを憐れんで教えなかったのね。聞いたところによると、お互いの気持ちが大きくなるごとに帰るのが難しくなるそうよ。オーウェン様に惹かれるのは理解できるから、あなたの気持ちがこれ以上大きくなる前に帰った方がいいんじゃないかしら」
俺がオーウェンから聞かされていなかったことを教えるシャーロットは得意気さを顔に滲ませる。
初めて知る情報を当事者ではない彼女から聞いたことを少し寂しく思いながらも、今知った情報であることが腑に落ちた俺は、威圧的で俺を見下す彼女に抱いていた不安や緊張も溶けていった。
「城にあなたを置き続けるなんて、オーウェン様は王子としての自覚がないのかしら」
「……俺のことをどう言おうと構いませんが、王子のことを悪く言うのは許せません」
今まで何も言わずに聞いていた俺が口答えをしたからか、オーウェンとの間柄を匂わす発言だったからか、それともその両方かシャーロットは余裕の笑みを引っ込めて眉をつり上げる。
怒りで顔を真っ赤にした彼女に、どこか哀れみを感じていた。
「うるさい!」
衝動的にだろう。彼女が勢いよく右手を振り上げたのがわかり、すぐに襲ってくる痛みを耐えようと目を閉じる。
しかし数秒待っても衝撃はなく、代わりに彼女のか細い声が聞こえた。
「オーウェン様……」
「ユキに何をしている」
シャーロットの声の後に聞こえた地を這うような低い声に心臓を大きく跳ねさせながら目を開く。
振り上げたシャーロットの右手を掴むオーウェンは怒りを露にしていた。
感情を引っ込めることのないまま視線が俺に向けられる。
「大丈夫か、ユキ」
「あぁ、うん、大丈夫」
怒りを向けられているのは俺ではないのに、あまりの迫力に俺まで嫌な汗が吹き出してくる。
しかしさすがというか、怒りを向けられている張本人のシャーロットは、オーウェンに敬語を使わない俺に厳しい視線を向けた。
「オーウェン様、どうしてこの者をお側に置くのです」
「それ以上口を開くな」
「オーウェン、俺は大丈夫だから手を離して」
手を掴んでいる力が強くなったのが彼女の歪んだ顔でわかりそう言うと、王子を呼び捨てにした俺にシャーロットは信じられないと目を大きくし、オーウェンが俺の言葉に従い手を離すとさらに目を見開いた。
「俺の城で勝手は許さない。今すぐここから立ち去れ」
「しかしオーウェン様……」
「今はお前との関係は何もないはずだ。ここに勝手に入って良い権限もない」
王族のことや他国との関係に疎い俺でも今のオーウェンの言葉は、王子の許可なく城に入ったことを問題にするぞという脅しだとわかった。
怒りで真っ赤にしていたシャーロットの顔が今度は青くなっていく。
「……失礼します」
短く吐き捨てるように声を落としたシャーロットは俺たちに背を向けると足早に去っていった。
彼女の代わりに深々とお辞儀をした使用人に心が痛む。
きっと使用人たちも彼女の行いに賛同しているわけではないだろう。
「ユキ、すまなかった」
シャーロットたちが離れると、オーウェンは両手で俺の左手を握った。申し訳なさそうに眉が下げられる。
「……それは、何に対しての謝罪なの?」
シャーロットが俺に手をあげそうになったこと? 許嫁がいたことを教えていなかったこと? 俺とオーウェンの問題なのに、彼女から新しい情報を聞いたこと?
どんな言葉を向けられても気にしないよう閉ざしていた心がオーウェンの手の熱でふやかされて、突然の新しい情報と向けられていた敵意がざわめきと共に帰ってきて心を乱す。
刺のある言い方になってしまった俺にオーウェンは目を伏せた。
「今ユキが考えていることすべてに対してだ。シャーロットの存在を黙っていたこと、ユキに不快な思いをさせてしまったこと。それと、ユキが元の世界に戻ることについての情報を伝えていなかったこと……きちんと説明させてほしい」
視線を上げたオーウェンの瞳はいつもの堂々としたものとは違って、不安や申し訳なさを滲ませていた。
きっといつもの俺ならすぐに頷いていただろう。
しかし今は、感情と思考がごちゃごちゃでオーウェンと離れてひとりで考えたいと思ってしまった。
「オーウェンは戻ったばかりでやることがいろいろあるんだろ? 俺もひとりで考えたいから、今は部屋に戻るよ」
「そうか……」
オーウェンの手からゆっくりと手を引き抜くと背を向ける。
戸惑っているセスの脇を通り部屋に戻るために歩き出した。
これでいいのかなんてわからないけど、どうしても今はひとりで考えたかった。
庭園の隅、植物に囲まれて隠れているような場所でシャーロットと俺は向かい合っていた。
正確に言えば、シャーロットとその後ろに控えるふたりの使用人と、俺と後ろにいるセスが。
ディランには来るなと言ったがセスが着いてくるのを許したのは、彼女がセスを若い使用人で何の脅威にもならないと感じてるのが伝わってきて嫌な感情が腹に溜まっていくのが自分でもわかっていた。
「オーウェン様に釣り合っていると思えないのだけど。あなた異世界から来たのでしょう? どういったことで帰ることができなくなるか知っているの?」
「いえ、詳しくは知りません」
「オーウェン様はあなたを憐れんで教えなかったのね。聞いたところによると、お互いの気持ちが大きくなるごとに帰るのが難しくなるそうよ。オーウェン様に惹かれるのは理解できるから、あなたの気持ちがこれ以上大きくなる前に帰った方がいいんじゃないかしら」
俺がオーウェンから聞かされていなかったことを教えるシャーロットは得意気さを顔に滲ませる。
初めて知る情報を当事者ではない彼女から聞いたことを少し寂しく思いながらも、今知った情報であることが腑に落ちた俺は、威圧的で俺を見下す彼女に抱いていた不安や緊張も溶けていった。
「城にあなたを置き続けるなんて、オーウェン様は王子としての自覚がないのかしら」
「……俺のことをどう言おうと構いませんが、王子のことを悪く言うのは許せません」
今まで何も言わずに聞いていた俺が口答えをしたからか、オーウェンとの間柄を匂わす発言だったからか、それともその両方かシャーロットは余裕の笑みを引っ込めて眉をつり上げる。
怒りで顔を真っ赤にした彼女に、どこか哀れみを感じていた。
「うるさい!」
衝動的にだろう。彼女が勢いよく右手を振り上げたのがわかり、すぐに襲ってくる痛みを耐えようと目を閉じる。
しかし数秒待っても衝撃はなく、代わりに彼女のか細い声が聞こえた。
「オーウェン様……」
「ユキに何をしている」
シャーロットの声の後に聞こえた地を這うような低い声に心臓を大きく跳ねさせながら目を開く。
振り上げたシャーロットの右手を掴むオーウェンは怒りを露にしていた。
感情を引っ込めることのないまま視線が俺に向けられる。
「大丈夫か、ユキ」
「あぁ、うん、大丈夫」
怒りを向けられているのは俺ではないのに、あまりの迫力に俺まで嫌な汗が吹き出してくる。
しかしさすがというか、怒りを向けられている張本人のシャーロットは、オーウェンに敬語を使わない俺に厳しい視線を向けた。
「オーウェン様、どうしてこの者をお側に置くのです」
「それ以上口を開くな」
「オーウェン、俺は大丈夫だから手を離して」
手を掴んでいる力が強くなったのが彼女の歪んだ顔でわかりそう言うと、王子を呼び捨てにした俺にシャーロットは信じられないと目を大きくし、オーウェンが俺の言葉に従い手を離すとさらに目を見開いた。
「俺の城で勝手は許さない。今すぐここから立ち去れ」
「しかしオーウェン様……」
「今はお前との関係は何もないはずだ。ここに勝手に入って良い権限もない」
王族のことや他国との関係に疎い俺でも今のオーウェンの言葉は、王子の許可なく城に入ったことを問題にするぞという脅しだとわかった。
怒りで真っ赤にしていたシャーロットの顔が今度は青くなっていく。
「……失礼します」
短く吐き捨てるように声を落としたシャーロットは俺たちに背を向けると足早に去っていった。
彼女の代わりに深々とお辞儀をした使用人に心が痛む。
きっと使用人たちも彼女の行いに賛同しているわけではないだろう。
「ユキ、すまなかった」
シャーロットたちが離れると、オーウェンは両手で俺の左手を握った。申し訳なさそうに眉が下げられる。
「……それは、何に対しての謝罪なの?」
シャーロットが俺に手をあげそうになったこと? 許嫁がいたことを教えていなかったこと? 俺とオーウェンの問題なのに、彼女から新しい情報を聞いたこと?
どんな言葉を向けられても気にしないよう閉ざしていた心がオーウェンの手の熱でふやかされて、突然の新しい情報と向けられていた敵意がざわめきと共に帰ってきて心を乱す。
刺のある言い方になってしまった俺にオーウェンは目を伏せた。
「今ユキが考えていることすべてに対してだ。シャーロットの存在を黙っていたこと、ユキに不快な思いをさせてしまったこと。それと、ユキが元の世界に戻ることについての情報を伝えていなかったこと……きちんと説明させてほしい」
視線を上げたオーウェンの瞳はいつもの堂々としたものとは違って、不安や申し訳なさを滲ませていた。
きっといつもの俺ならすぐに頷いていただろう。
しかし今は、感情と思考がごちゃごちゃでオーウェンと離れてひとりで考えたいと思ってしまった。
「オーウェンは戻ったばかりでやることがいろいろあるんだろ? 俺もひとりで考えたいから、今は部屋に戻るよ」
「そうか……」
オーウェンの手からゆっくりと手を引き抜くと背を向ける。
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これでいいのかなんてわからないけど、どうしても今はひとりで考えたかった。
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