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知らない地へと
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ふぅ、と小さく息を吐く。少しの緊張と虚しさ、嫌悪感を隠し目を伏せた。
邸を案内してくれた従者が襖を開ける。中央に座る人物の前まで行くと、膝を折り、頭を下げた。奥歯をぎり、と噛む。
「竜胆様、松葉でございます。貴方様の伴侶にお選びいただき、大変光栄にございます」
今日から私は向かいに座る男、竜胆の伴侶となる。あの夜、攻め込まれた蘇芳様側は死者こそ出なかったものの、燃え盛る炎をどうすることもできず、呆気なく降伏することとなった。
これまで蘇芳様が治めていた地はそのまま竜胆の領地に吸収され、領主だった蘇芳様の家も支配下に置かれる。降伏したからにはすべてを竜胆に差し出すほかなく、元領主の伴侶だった私も竜胆の元へ移ることになった。
きっと美しいと評判の伴侶が移ったことで、権力が完全に竜胆に移行したのだと民に思わせたいのだろう。
今までの生活を捨てさせ、突然すべてを奪った男の伴侶となるのは嫌だった。恨めしいとさえ思う。
しかし自分に拒否権があるわけもなく、権力の象徴として扱われるのが役割であるとわかっているため、すべてを諦め、今日、ひとり竜胆の元へやってきた。
「そ、そんなにかしこまらないでくれ。さぁ、顔を上げて」
優しい対応など期待していなかった。蘇芳様に初めて挨拶をした時も、値踏みするような目で見られただけだった。
だから聞こえた少し戸惑っている声に、こちらも狼狽える。そろそろと顔を上げると、日に焼けた柔らかな顔が向けられていた。
「よく来てくれた、松葉。疲れただろう」
人のよさそうな優しい笑顔。蘇芳様より二つ歳下だと聞いた竜胆は、快活そうな青年だった。朗らかな顔は整っている。若々しい好青年らしく見えるが、しっかりした眉の下にあるタレ目は色気を含んでいた。
「噂に違わぬ美しさだ……あぁ、すまん、容姿について言われるのは嫌だったか?」
「いえ、竜胆様にならどんなことを仰られても嬉しく思います」
容姿について言われるのは慣れていた。日本で生きていた頃は憧れていた美しい顔は、今では苦痛に感じることが多い。
しかしそんな感情を微塵も出さずに返したというのに、竜胆は眉を下げた。困り顔で笑う。
「儂は松葉の本心が知りたい。儂がどう思うかなぞ気にせず、これからは松葉が感じたことをそのまま伝えてくれ」
「は、はい……」
これまで蘇芳様にも家の者にも、本心を隠していると気づかれたことは無かった。いや、それ以前に、本心かどうかさえ彼らは気に留めていなかったのかもしれない。
降伏した領主の元伴侶としてどんな酷い扱いを受けるだろうかと思っていたため、先程から向けられる言葉に、どう反応すれば良いかわからなくなる。
反射的に頷けば、覗き込んできた顔が満足気に変わる。蘇芳様の邸に火を放った人物だとは思えない竜胆に、私は少し放心してしまった。
邸を案内してくれた従者が襖を開ける。中央に座る人物の前まで行くと、膝を折り、頭を下げた。奥歯をぎり、と噛む。
「竜胆様、松葉でございます。貴方様の伴侶にお選びいただき、大変光栄にございます」
今日から私は向かいに座る男、竜胆の伴侶となる。あの夜、攻め込まれた蘇芳様側は死者こそ出なかったものの、燃え盛る炎をどうすることもできず、呆気なく降伏することとなった。
これまで蘇芳様が治めていた地はそのまま竜胆の領地に吸収され、領主だった蘇芳様の家も支配下に置かれる。降伏したからにはすべてを竜胆に差し出すほかなく、元領主の伴侶だった私も竜胆の元へ移ることになった。
きっと美しいと評判の伴侶が移ったことで、権力が完全に竜胆に移行したのだと民に思わせたいのだろう。
今までの生活を捨てさせ、突然すべてを奪った男の伴侶となるのは嫌だった。恨めしいとさえ思う。
しかし自分に拒否権があるわけもなく、権力の象徴として扱われるのが役割であるとわかっているため、すべてを諦め、今日、ひとり竜胆の元へやってきた。
「そ、そんなにかしこまらないでくれ。さぁ、顔を上げて」
優しい対応など期待していなかった。蘇芳様に初めて挨拶をした時も、値踏みするような目で見られただけだった。
だから聞こえた少し戸惑っている声に、こちらも狼狽える。そろそろと顔を上げると、日に焼けた柔らかな顔が向けられていた。
「よく来てくれた、松葉。疲れただろう」
人のよさそうな優しい笑顔。蘇芳様より二つ歳下だと聞いた竜胆は、快活そうな青年だった。朗らかな顔は整っている。若々しい好青年らしく見えるが、しっかりした眉の下にあるタレ目は色気を含んでいた。
「噂に違わぬ美しさだ……あぁ、すまん、容姿について言われるのは嫌だったか?」
「いえ、竜胆様にならどんなことを仰られても嬉しく思います」
容姿について言われるのは慣れていた。日本で生きていた頃は憧れていた美しい顔は、今では苦痛に感じることが多い。
しかしそんな感情を微塵も出さずに返したというのに、竜胆は眉を下げた。困り顔で笑う。
「儂は松葉の本心が知りたい。儂がどう思うかなぞ気にせず、これからは松葉が感じたことをそのまま伝えてくれ」
「は、はい……」
これまで蘇芳様にも家の者にも、本心を隠していると気づかれたことは無かった。いや、それ以前に、本心かどうかさえ彼らは気に留めていなかったのかもしれない。
降伏した領主の元伴侶としてどんな酷い扱いを受けるだろうかと思っていたため、先程から向けられる言葉に、どう反応すれば良いかわからなくなる。
反射的に頷けば、覗き込んできた顔が満足気に変わる。蘇芳様の邸に火を放った人物だとは思えない竜胆に、私は少し放心してしまった。
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