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怖いと思った

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「すごいな、華やかで、神秘的だ……」

 いくつかあるなかで、黄色が目立つアーチに近づく。1番上は鮮やかな黄色、地面に近づくにつれて黄緑のグラデーションになっていた。
 太陽の光を反射する花弁は自ら輝いているみたいに見える。
 こんなに綺麗で神秘的なら本当に加護を受けられるのかもしれないなと思わせた。

「アーチの花で作った品だよー、どうぞ見ていってくれ」

 アーチに見とれていた僕の耳に、興味を引かれる声が入る。顔を動かし出処を探ると、広場の端にある露店が目に付いた。
 振り返ると数人の騎士に囲まれているルーフスさんが見える。まだ時間がかかりそうなのを確認し、露店に足を向けた。

「どうぞゆっくり見ていってくれ」

 既に数人の客がいた露店には、生花、ドライフラワー、花を使った染料や雑貨が並んでいた。目を滑らせていると、ある商品に目が止まる。

「これ、綺麗ですね。栞ですか?」
「あぁ、いいだろう。本好きにはおすすめの品だよ」

 深い紫色がマーブル模様のようになっている薄い長方形は、石材に似ているが軽い。中心には黒い花弁の押し花があった。なんとなく、ルーフスさんみたいだと思う。

「こちらを二つお願いします」
「ありがとな、ちょうど貰ったよ」

    値札に書いてあった分のお金を渡し、栞を二つ手に取る。上品な色合いに胸が高鳴った。彼へのお礼にはささやかすぎる気もするが、自然とこれを贈りたいと思った。
 彼のことを想って買った、初めての物。大切に手に持ち、またアーチの方を振り返る。仕事を終えたルーフスさんが、こちらに向かっているのが見えた。



 栞をいただいてしまった。祭を案内した礼だと言われたが、何かをいただくほどの案内もしていなければ、途中、おそばを離れることになった。
 特別なことをしたわけでもないのに、俺の手には上品な栞がある。
 祭から城へ帰るとすぐに賢者様とは別れることになった。もう少し二人で出かけた余韻に浸りたかったが、用事もないのに引き止めることもできない。
 いつもなら休みも訓練場か自室で過ごすことがほとんどだというのに、何故か部屋に戻る気にもなれず、城の書庫を目指していた。

「こんなに綺麗なものを俺に……」

 歩きながら、手にある栞をまじまじと見る。ムラになっている紫色も、どっしりとした黒い花も、すべてが上品だ。
 飾り気がない部屋にただ置いておくのは勿体ない気がして、久々に読書でもしようかと書物を探していた。
 賢者様はどのような書を読むのだろう。俺には到底理解できないものかもしれないが、訊いたら教えてくださるだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角の先から声が聞こえた。

「賢者殿、先日の話だが……」
「……あぁ、あのお話ですか」

 聞こえた声に足を止める。一人は政務官、もう一人は先程別れたばかりの賢者様だった。
 相談事だろうか。このままでは立ち聞きになってしまうため、足を一歩引く。しかしその足もすぐに止めることになった。

「あの国は過ごしやすく、治安も良いと聞く。もちろん賢者殿にはしばらくここにいてもらうが、後々場所を移すことになっても快適に過ごせるはずだ」
「しかし、その……申し訳ありませんが、今はどなたかと婚姻を結ぶ気になれないのです」
「そうか……考えが変わったらいつでも教えてくれ」

 あの国、場所を移す、婚姻。拾い上げた言葉が頭に突き刺さり、体温を奪う。
 察するに、他国の貴族か姫との婚姻を持ちかけられたのだろう。賢者様に受ける気はないことが知れて安堵もするが、それ以上に焦りに襲われた。
 賢者様がいなくなる。今までも様々な国を旅してきた賢者様だ、この国にいるのは一時的だったとしてもおかしくない。この国がそうだったように、彼の魔法や知識を求める地も人も多いだろう。
 もし俺が、共に在りたいと願ったら、それを賢者様が受け入れてくださったら、賢者様をここに縛り付けることになる――。
 怖いと思ったのは、久しぶりだった。体も心も揺らがないよう訓練を積んできたというのに、俺は驚くほど動揺している。

「っ」

 また別のことを話し出した二つの声から逃げるみたいに、俺は体を反転させた。手にある栞を握りしめる。
 今はただ冷静になりたくて、自室へ急いだ。
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