7 / 16
怖いと思った
しおりを挟む
「すごいな、華やかで、神秘的だ……」
いくつかあるなかで、黄色が目立つアーチに近づく。1番上は鮮やかな黄色、地面に近づくにつれて黄緑のグラデーションになっていた。
太陽の光を反射する花弁は自ら輝いているみたいに見える。
こんなに綺麗で神秘的なら本当に加護を受けられるのかもしれないなと思わせた。
「アーチの花で作った品だよー、どうぞ見ていってくれ」
アーチに見とれていた僕の耳に、興味を引かれる声が入る。顔を動かし出処を探ると、広場の端にある露店が目に付いた。
振り返ると数人の騎士に囲まれているルーフスさんが見える。まだ時間がかかりそうなのを確認し、露店に足を向けた。
「どうぞゆっくり見ていってくれ」
既に数人の客がいた露店には、生花、ドライフラワー、花を使った染料や雑貨が並んでいた。目を滑らせていると、ある商品に目が止まる。
「これ、綺麗ですね。栞ですか?」
「あぁ、いいだろう。本好きにはおすすめの品だよ」
深い紫色がマーブル模様のようになっている薄い長方形は、石材に似ているが軽い。中心には黒い花弁の押し花があった。なんとなく、ルーフスさんみたいだと思う。
「こちらを二つお願いします」
「ありがとな、ちょうど貰ったよ」
値札に書いてあった分のお金を渡し、栞を二つ手に取る。上品な色合いに胸が高鳴った。彼へのお礼にはささやかすぎる気もするが、自然とこれを贈りたいと思った。
彼のことを想って買った、初めての物。大切に手に持ち、またアーチの方を振り返る。仕事を終えたルーフスさんが、こちらに向かっているのが見えた。
栞をいただいてしまった。祭を案内した礼だと言われたが、何かをいただくほどの案内もしていなければ、途中、おそばを離れることになった。
特別なことをしたわけでもないのに、俺の手には上品な栞がある。
祭から城へ帰るとすぐに賢者様とは別れることになった。もう少し二人で出かけた余韻に浸りたかったが、用事もないのに引き止めることもできない。
いつもなら休みも訓練場か自室で過ごすことがほとんどだというのに、何故か部屋に戻る気にもなれず、城の書庫を目指していた。
「こんなに綺麗なものを俺に……」
歩きながら、手にある栞をまじまじと見る。ムラになっている紫色も、どっしりとした黒い花も、すべてが上品だ。
飾り気がない部屋にただ置いておくのは勿体ない気がして、久々に読書でもしようかと書物を探していた。
賢者様はどのような書を読むのだろう。俺には到底理解できないものかもしれないが、訊いたら教えてくださるだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角の先から声が聞こえた。
「賢者殿、先日の話だが……」
「……あぁ、あのお話ですか」
聞こえた声に足を止める。一人は政務官、もう一人は先程別れたばかりの賢者様だった。
相談事だろうか。このままでは立ち聞きになってしまうため、足を一歩引く。しかしその足もすぐに止めることになった。
「あの国は過ごしやすく、治安も良いと聞く。もちろん賢者殿にはしばらくここにいてもらうが、後々場所を移すことになっても快適に過ごせるはずだ」
「しかし、その……申し訳ありませんが、今はどなたかと婚姻を結ぶ気になれないのです」
「そうか……考えが変わったらいつでも教えてくれ」
あの国、場所を移す、婚姻。拾い上げた言葉が頭に突き刺さり、体温を奪う。
察するに、他国の貴族か姫との婚姻を持ちかけられたのだろう。賢者様に受ける気はないことが知れて安堵もするが、それ以上に焦りに襲われた。
賢者様がいなくなる。今までも様々な国を旅してきた賢者様だ、この国にいるのは一時的だったとしてもおかしくない。この国がそうだったように、彼の魔法や知識を求める地も人も多いだろう。
もし俺が、共に在りたいと願ったら、それを賢者様が受け入れてくださったら、賢者様をここに縛り付けることになる――。
怖いと思ったのは、久しぶりだった。体も心も揺らがないよう訓練を積んできたというのに、俺は驚くほど動揺している。
「っ」
また別のことを話し出した二つの声から逃げるみたいに、俺は体を反転させた。手にある栞を握りしめる。
今はただ冷静になりたくて、自室へ急いだ。
いくつかあるなかで、黄色が目立つアーチに近づく。1番上は鮮やかな黄色、地面に近づくにつれて黄緑のグラデーションになっていた。
太陽の光を反射する花弁は自ら輝いているみたいに見える。
こんなに綺麗で神秘的なら本当に加護を受けられるのかもしれないなと思わせた。
「アーチの花で作った品だよー、どうぞ見ていってくれ」
アーチに見とれていた僕の耳に、興味を引かれる声が入る。顔を動かし出処を探ると、広場の端にある露店が目に付いた。
振り返ると数人の騎士に囲まれているルーフスさんが見える。まだ時間がかかりそうなのを確認し、露店に足を向けた。
「どうぞゆっくり見ていってくれ」
既に数人の客がいた露店には、生花、ドライフラワー、花を使った染料や雑貨が並んでいた。目を滑らせていると、ある商品に目が止まる。
「これ、綺麗ですね。栞ですか?」
「あぁ、いいだろう。本好きにはおすすめの品だよ」
深い紫色がマーブル模様のようになっている薄い長方形は、石材に似ているが軽い。中心には黒い花弁の押し花があった。なんとなく、ルーフスさんみたいだと思う。
「こちらを二つお願いします」
「ありがとな、ちょうど貰ったよ」
値札に書いてあった分のお金を渡し、栞を二つ手に取る。上品な色合いに胸が高鳴った。彼へのお礼にはささやかすぎる気もするが、自然とこれを贈りたいと思った。
彼のことを想って買った、初めての物。大切に手に持ち、またアーチの方を振り返る。仕事を終えたルーフスさんが、こちらに向かっているのが見えた。
栞をいただいてしまった。祭を案内した礼だと言われたが、何かをいただくほどの案内もしていなければ、途中、おそばを離れることになった。
特別なことをしたわけでもないのに、俺の手には上品な栞がある。
祭から城へ帰るとすぐに賢者様とは別れることになった。もう少し二人で出かけた余韻に浸りたかったが、用事もないのに引き止めることもできない。
いつもなら休みも訓練場か自室で過ごすことがほとんどだというのに、何故か部屋に戻る気にもなれず、城の書庫を目指していた。
「こんなに綺麗なものを俺に……」
歩きながら、手にある栞をまじまじと見る。ムラになっている紫色も、どっしりとした黒い花も、すべてが上品だ。
飾り気がない部屋にただ置いておくのは勿体ない気がして、久々に読書でもしようかと書物を探していた。
賢者様はどのような書を読むのだろう。俺には到底理解できないものかもしれないが、訊いたら教えてくださるだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角の先から声が聞こえた。
「賢者殿、先日の話だが……」
「……あぁ、あのお話ですか」
聞こえた声に足を止める。一人は政務官、もう一人は先程別れたばかりの賢者様だった。
相談事だろうか。このままでは立ち聞きになってしまうため、足を一歩引く。しかしその足もすぐに止めることになった。
「あの国は過ごしやすく、治安も良いと聞く。もちろん賢者殿にはしばらくここにいてもらうが、後々場所を移すことになっても快適に過ごせるはずだ」
「しかし、その……申し訳ありませんが、今はどなたかと婚姻を結ぶ気になれないのです」
「そうか……考えが変わったらいつでも教えてくれ」
あの国、場所を移す、婚姻。拾い上げた言葉が頭に突き刺さり、体温を奪う。
察するに、他国の貴族か姫との婚姻を持ちかけられたのだろう。賢者様に受ける気はないことが知れて安堵もするが、それ以上に焦りに襲われた。
賢者様がいなくなる。今までも様々な国を旅してきた賢者様だ、この国にいるのは一時的だったとしてもおかしくない。この国がそうだったように、彼の魔法や知識を求める地も人も多いだろう。
もし俺が、共に在りたいと願ったら、それを賢者様が受け入れてくださったら、賢者様をここに縛り付けることになる――。
怖いと思ったのは、久しぶりだった。体も心も揺らがないよう訓練を積んできたというのに、俺は驚くほど動揺している。
「っ」
また別のことを話し出した二つの声から逃げるみたいに、俺は体を反転させた。手にある栞を握りしめる。
今はただ冷静になりたくて、自室へ急いだ。
59
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる