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第71話 土曜日は遊楽(1)

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生徒会室の隣の仮眠室では、白金姉妹が休んでいる。
俺とメイは、新しくできたシステム管理室で床の上に腰掛けていた。
聡美姉は、まだ、パソコンの調整をしてる。

「カズ君、寝てても良いわよ。昼間も仕事あるんでしょう?」
「大丈夫だ。仕事は午後だから聡美姉が終わったら少し休むけど」
「そう、じゃあ早く終わらせちゃうね」

学園が用意したシステム管理室は、地下にあった災害時の物資貯蔵庫だった。
頑丈な作りで音も外部から遮断されている。
不足気味だった空調設備も増設しており、今は快適な空間へと変貌を遂げている。

「ここにベッドが欲しいネ」

メイは、女性しか入れない場所に監視カメラの設置をお願いした。
思ってた以上に設置場所が多かった為、メイはくたびれて俺の肩に頭を乗せて休んでる。

「メイ、少し横になるか?床もコンクリートのたたきからフローリングに変えてもらったし、少し硬いが寝れるぞ」

「じゃあ、グーグが膝枕するネ。そしたら寝てあげても良いヨ」

「ほら、ここでいいなら少し寝ろ」

俺は自分の膝を叩く。
すると、メイはそこに頭を乗せて横になった。
それを見ていた聡美姉は、羨ましそうに見てたが直ぐにパソコンの設定にとりかかった。

さっきよりスピードが増してるのは何故だろう……

丹堂建設の社長と作業員の人は既に帰っている。
部活で生徒が来るまでには、まだ余裕で時間がある。

空調の効いた真新しい木の香りがするこの管理室に、聡美姉の手際の良いキーボードを叩く音が鳴り響く。

メイは、すっかり寝てしまったようだ。
俺も、キーボードの音が一定のリズムを刻んでいるので心地よく感じ、まぶたが下がってくる。

慌てて首を横に振り眠気を振り払うが、また、まぶたが下がるといった事を何度か繰り返していた。

『できたーー!!』

聡美姉の声が響く。
両手を高く上げて肩のこりをほぐしている聡美姉は、スタスタと俺の隣にやってきてメイとは違う片方の足に頭を乗せて寝転がった。

「えへへへ、私も膝枕しちゃったぁ」

嬉しそうに横になって、直ぐに眼を閉じた。
聡美姉もかなり疲れているようだ。

そのままの体勢で、俺もまぶたの重みに耐えきれなくなってきた。
とうとう。俺も意識を手放した。





頭が下がった衝撃で目が覚める。
壁にもたれかかっていた俺は座ったまま寝てたようだ。
俺の足にはメイと聡美姉が左右に分かれて頭を乗せて寝ている。

「そうだった、2人に膝枕してたんだ」

聡美姉は、パソコンの設定をやり終えたはずだ。
今、仕掛けられている監視カメラの映像が数個のディスプレイに映し出されている。

録画映像は、別のハードディスクに保管されるようになっているあたりは、お屋敷の設備に近いものがある。
IDとパスワードを入力すれば、スマホやノートパソコンからも映像を見ることができ、わざわざこの部屋に常駐して監視を続けなくてもよくなっている。

「あら、起きたの?おはよう、東藤君」
「お、おはようございます東藤先輩」

白金姉妹だ。
仮眠室からこの部屋に来てたらしい。

俺は腕時計を見て時間を知る。
午前7時14分、時計の針はそう示していた。

ふと生徒会長の手を見ると、見慣れた黒縁眼鏡を持っている。

「寝てて邪魔そうだから外したの。勝手に外してごめんなさい」

生徒会長はそう言うが、俺は別に気にしてはいない。
傷を見られるのも、最近は少し慣れてきた。

「構わない。でも、それは返してくれ。命の恩人からの贈り物なんだ」

「あ、そうよね。ごめんなさい」

俺は差し出された眼鏡を付ける。
『あ~~あ』とため息を漏らす白金姉妹。
意味がわからんが、仲が良さそうなのは良くわかる。

「朝食作っておいたわよ」
「作る?どこで?」
「調理実習室よ。特別棟にあるの。知らないの?」
「ああ、知らない」

会長は少し呆れた顔をしてる。

「姉さん、あまり料理は得意じゃないけど、一生懸命作ったんですよ~~」
「こら、葉月、それバラさないの!」

「2人は仲が良いのだな?」
「普通だと思うわよ。それより、貴方達の方が仲がよ過ぎない。見てみなさいよ」

足を伸ばした俺の太ももにはメイと聡美姉が寝てる。

「そうか、普通だと思うが」

「羨ましいです。私も東藤先輩の膝枕で寝てみたいです」

白金妹にそう言われたが、昨日会ったばかりなのに何故そんなに好印象なんだ?
話もろくにしてないと思うのだが……

「とにかく、みんな起きたら生徒会室に来て頂戴。朝食用意できてるから」

「ああ、わかった」

俺が返答すると白金姉妹は、引き上げて行った。
寝てる2人を見てみると微妙に顔の表情が緩んでる。

「聡美姉もメイも起きてるんだろう?」

「あはは、バレちゃったあ」
「私は寝てたネ。煩かったから起きただけネ」

やはり、起きてたようだ。

「朝食を用意してくれたようだ。ご馳走になろう」

「うん、でももう少し」
「メイは眠いネ」

俺は2人の頬っぺたを軽くつねる。

「わかった、わかったってばあ~~」
「痛い、痛いあるヨ。グーグは鬼なのネ」

二人の寝坊助はようやく起きてくれた。





あれから、生徒会室でみんなで朝食を済ませて解散となった。
聡美姉とメイは、騒ぎながら赤いポルシェに乗り屋敷に帰り、俺は会長達と少し残務をこなしてから駅に向かった。

白金姉妹は迎えの車が来てそれに乗って帰った。
やはり、どこかのお嬢様のようだ。

眠気が残っているのでコーヒーでも飲もうと思い、昨日、神崎兄に連れて行かされた喫茶店に足を運ぶ。

店のドアを開けると、ドアに付けられたドアチャイムが『ガラン、ガラン』と鳴り、その低い音色が店の歴史を感じさせた。

俺は空いてる責任着いてブレンドを頼む。
白髪頭の渋い老齢のオーナーが、俺の注文を受けてコーヒを入れ始めた。

店内には、数組のお客さんがいる。
お客の年齢層も高いみたいで、それがかえって店の居心地良さを増していた。

銀色のトレイに置かれた小さめにカップのコーヒーが、俺の前に差し出された。
良い香りが周囲に漂う。

ひと口、そのコーヒーを口に含みと独特の苦味が口の中に広がる。
でも、ほのかに甘みももある。

これは癖になりそうな味だ。

俺はここで片付いていない最大の案件のひとつ、百合子への返信の手紙を書く事にした。今まで、何を書いて良いのかわからず、時間ばかり過ぎていった。

手紙には、しきたりがあるようだ。
だが、慣れていない俺には丁寧なものを書けるはずもなく、ただ、思いついた言葉を並べているに過ぎなかった。

騒がしくなく、そして静かでもないこの店内は、時を積み重ねた空気の重みがある。
お客の出入りの度に、その重みが入れ替わるようになっている。

ゆっくり流れる時間に潜む静寂。
時々、談笑の声が聞こえてその静寂を打ち消すが、残念な気持ちにならない。

そんな店内で俺は、ペンを走らせる。
でも、ようやく書き終えることができた。

きっと、屋敷では書けなかっただろう。
この店の雰囲気が俺に手紙を書かせてくれたのだと思う。

冷めてしまったコーヒーを口に含む。
苦味が広がるが、それがいい。
百合子への想いは、苦味がある方が丁度いい……





「ラクーダ・ガーデンステージってどこなんだ?」

俺は、ちびっ子アイドル達が明日ミニ・コンサートする場所、ラクーダ・ガーデンステージの場所をスマホで調べていた。
大まかな場所は知っていたが、電車を乗り継がないといけないようだ。

スマホの案内を頼りに、その場所へと向かう。
土曜日なので家族連れが目に付く。
父親と母親の間に挟まれ手を握る子供の後ろ姿を見ると、心が締め付けられそうな痛みが走る。

平和な時を過ごせるのは贅沢だ。
だが、その後ろ姿の親子には、そんな感覚はないのだろう。
羨ましいのか?
それとも……

言葉にならない感情が押し寄せてくる。
家族が必要だった時期に、俺は戦場にいた。
銃を握り、人を殺し尽くした。
ナイフを握り、人を刺し続けた。

全て自分が生き残るために……

賢ちゃんしか信じられる人はいなかった。
死んでいく俺と同じくらいの拉致された子供達。

俺は……俺は……

あの幸せそうな親子に俺と同じ思いをさせたい……

心の奥に潜む闇が溢れ出てきそうだ。

殺せ……殺せ……殺せ……殺せ……

心の中の俺がそう叫んでる。

奪え……奪え……奪え……奪え……

ダメだ。出てくるんじゃない!

その場に佇む俺の周りを行き交う人々。
俺が忘れてしまった笑顔で連れと楽しく会話するカップル。

今、俺がその連れを殺したら、相手は幸せの絶頂から地獄に落ちるのだろう。
俺が味わった思いを知ればいい。

心に閉じ込めてあった感情が溢れ出そうだ。

俺は善人じゃない。
悪魔だ。
人殺しだ。
殺人者だ。

(あ~~!ここにいる奴らを全員殺せたらどんなにスッキリするだろう‥‥)

『ブルッ……』

俺は反射的にスマホを耳に当てた。

~~~~~
『あ、カズ君、明日の件なんだけど』
「ああ……」
『どうしたの?眠くなっちゃった?』
「いや、なんでもない……」
『そう、それならいいけど。でね、明日の名家の集いの件なんだけど午後5時に集合する事になったの。だから、4時には、予定を切り上げてくれる?』

『もしも~~し、カズ君、ほんとどうしちゃったの?大丈夫?』
「ああ、わかった。少し考え事してたんだ」
『良かったあ~~カズ君、あんまり心配かけないでね。途中で寝ちゃったかと思ったよ』
「ああ、もう平気だ」
『それじゃあね~~』
「ああ、本当に助かったよ。ありがとう聡美姉」
『う、うん、へんなカズ君」
~~~~~

俺は、今、何を考えてた?

スマホを左耳にあて、右手は額の傷を押さえていた。

俺は人をかき分けて走った。

走った‥‥走った‥‥走った……

そして、俺はひとりでベンチに腰掛けていた。

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