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第5章

第97話 御曹司達はジュネーブへ

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あれから、近藤商事の人達に挨拶を済ませた。
社員の家族からは、何度もお礼を言われ居づらくなった俺は、2階の自席に戻ったのだが、何と城戸夏波さんまでCA服を着て給仕していた。
友人であり今回の添乗員の神崎美冬さんが大層驚いていたのが印象的だった。

そして、今、俺達はジュネーヴのホテルにいる。
目の前には、ヨーロッパ最大の高山湖であるレマン湖から噴き出す世界で最も高い大噴水を部屋から眺めている。

「はあ~~やっと着いたよ」

部屋は、個室だけどそれなりに広い。
因みに母さん達は、このホテルのVIP専用のスイートルームに泊まっている。

日本からジュネーヴまで約15時間のフライトだった。
それから入国手続きなどをしてホテルに着いたのは夜中の9時だ。
夕食は機内で済ませている為、今日はもう休むだけだ。

しばらくベッドでぐだぐだしてると部屋のドアが『トントン』とノックされた。

「はい、どなたですか?」

「私よ、私……」

オレオレ詐欺のワタシ番みたいな話し方だ。
声から察するに涼華らしい。

「涼華か?今開けるから」

ドアを開けるとやはり涼華だった。
だけど、その格好がおかしい?
まるでシャワーの途中で慌てて出てきたような姿だ。

「何でバスローブ姿なの?それに髪の毛まだ濡れてるよ」

「へへ、うっかりシャワー浴びてそのまま部屋を出たら鍵がかかっちゃって入れなくなっちゃった」

確かにそういうトラブルはよくある。だが、なぜにその格好で部屋を出ようとしたのだろうか?

「慌てて外に出る理由でもあったのか?」

「シャワー浴びてて、非常階段の位置とか調べるの忘れてたの思い出してそのまま部屋を出ちゃったのよ。悪い?」

シャワーを浴びてて護衛官の仕事を思い出したようだ。

そうなるとバスローブの下には何も着ていないと思われる。

「悪くはないけど、そこだと身体も冷えるし中に入りなよ。フロントに連絡入れておくから」

「うん、光彦君ありがとう」

涼華は、そう言って部屋を眺めてソファーに腰を下ろした。
俺は、フロントに電話を入れて事情を話す。

「直ぐにカードキーを持ってきてくれるってさ」
「助かるわ。この場合、何語で話していいのかわかんなかったから」

確かにスイスは他言語の国家だ。ドイツ語、フランス語、イタリア語などが混在している。

「普通に英語で通じるよ」
「そうなんだ。日本語が通じれば楽なのにね」

それは無理というものだ。

涼華は、その後洗面所に向かいドライヤーで髪を乾かし始めた。
すると、ドアが再びノックされた。
フロントマンが鍵を持って来たのだと思い俺は確認もせずにドアを開けてしまった。

「Help me!」

何故かそこには見知らぬ10歳くらいの女の子がそこにいた。




 
助けを求めるその女の子は、開いたドアを閉めて、俺の部屋に入り込んだ。

その子は、ドアに耳を当てて廊下の様子を伺っている。

『あの~~君、誰?』
『黙って!』

いきなり怒られてしまった。
すると、廊下では誰かを探してる感じで走り去る数人の人達の足音が聞こえ部屋の前を通り過ぎて行った。

『ふう~~行ったわね』

その女の子は、ほっとしたのかため息を吐く。
だが、ため息を吐きたいのは俺の方だ。
こんなところ誰かに見られたら、何と言われるか……

『あのさ、君追われてるの?』
『そうよ。さっきの様子をみてわからないの?』

何だか上から目線な子だ。

『もう、行ったみたいだし出て行ってくれないかな?』
『はあ?こんな可愛い私を見捨てるってわけ?信じられない』

外人さん特有のオーバーアクションを混じえてそんな事を言われた。

信じられないのはこっちの方だ……

すると、再びドアがノックされる。
今度こそフロントマンが鍵を渡しに来たと思ってドアを開けると……

「あ、水瀬、悪いんだけど変圧器持ってねえか?うっかり用意するの忘れちまって……す、すまん!」

バタンとドアを慌てて閉める駒場先輩。
おそらく、俺が女の子を連れ込んだと勘違いしたのだろう。

俺は慌てて、「駒場先輩!違うんです」と声をあげ、誤解を解こうと駒場先輩を追いかけようとしたのだが、女の子が俺の服を掴んで離さない為、追いかけることも出来なかった。

「あ~~完全に誤解されたよな~~」

『ねえ、君はどうして追われてるんだよ?』
『君じゃないわ!私はエレオノーラよ』
『そのエレオノーラさんは何で追われてるの?ご両親とか近くにいないの?』
『あなた、女の子の秘密を根掘り葉掘り聞くなんてデリカシーがないわね』

困った……まるで話が噛み合わない。

すると、またドアがノックされた。
エレオノーラは、その音に『ビクン』と身体を震えさせ俺に抱きついた。

俺はその行動に困っていたが、今度こそフロントマンだと思いドアを開ける。

「あ、光彦君、お茶でも……」

ドアを開けた先にいたのは美鈴ちゃん達だった。
小さな女の子が俺に抱きついているところを見て美里さんが『ロリコン成敗!』と言っていきなり蹴りを放つ。

勿論、避けたが抱きついているエレオノーラを庇った為、よろついて尻餅をついてしまった。

「光彦さん、これはどういうことですか?こんな幼い子を部屋に連れ込んで何をしようとしてたんですか?」

智恵さんの正義感が炸裂する。
しかし、この件については全くの無実であり、俺は被害者だ。

「違うんだ。この子が誰かに追われてて……」

「光彦くん、ドライヤーありがとう」

最悪の場面で洗面所から最悪の姿の涼華が出てきた。

「「「涼華さん……」」」

元朱雀学園の3人の女子達は、涼華の姿を見て絶句した。
そして……

「「「光彦君(さん)、どういうことか説明しなさい!!!」」」

うん、この子達本当、仲良いよね。息ピッタリだあ……

そんなどうでもよいことが頭をよぎったのだった。





あれから、俺は床に正座をしながらお茶を嗜んでいる女子達を見ている。

涼華の件は、フロントマンがカードキーを持って来た時点で誤解は解けている。

今は、みんなでエレオノーラの話を聞いている最中だ。

『と言うことは、エレオノーラさんは誰ともわからない相手とお見合いさせられそうになったので逃げてきたと言うわけですか?』

『そうよ。お爺様が勝手に決めちゃったのよ。何でも何処かのお金持ちの人と勝負して負けたみたいなの、私を賭けの対象にするなんていい迷惑だわ』

美鈴ちゃんの質問に答えるエレオノーラ。
俺と接していた時とは違って大分柔らかい声だ。

『それは酷い話ですね』
『全くです』

智恵さんや美里さんも賛同してる。

まあ、この手の話はお金持ちの家やうちみたいな旧家なら当たりまえにある話なのだが、つい最近、俺も似たような事があったので共感はできる。

『それでお見合いはいつなのですか?』
『明日よ。一緒にお昼を食べるみたい』

美鈴ちゃんの問いかけにエレオノーラが答える。

『でしたら、一度お会いしてから断った方がいいですね。家のメンツも保てますし相手の殿方がどうしても気に入らないと言えばエレオノーラさんのお爺様も無理に勧める事はないのではないですか?』

『そうね、明日その男に会ってビュー・ブローニュを顔に投げつけてやるわ!』

ビュー・ブローニュって、世界で一番臭いチーズだったかな?

可哀想に……相手の男性……

そんな女子達のお茶会が終わるまで俺は正座していたのだった。

理不尽すぎる……





翌日、角太達は国連の事務局に呼ばれて出かけて行った。

時差ボケもある為、今日一日は自由行動となっている。

朝食時に、添乗員の神崎美冬さんから「市内観光ツアーを申し込む人は、朝食後にロビーに集まって下さい」と、話があった。

近藤商事の人達も神崎さんのツアーに参加するようだ。

そして、俺は可憐に付き合わされる事になった。
 
「可憐は何処に行きたいの?」

「取り敢えずお部屋に行きましょう。時差ボケで愛莉姉さんはまだ寝てましたし、起きてからどこに行くのか考えたいと思います」

今日は家族サービスの日のようだ。
愛莉姉さんか……気が重いなあ~~

俺は可憐の後を付いて行きホテルの上階にあるVIP専用のスイートルームに向かう。

ドアをノックすると、母さんの護衛官であるマリア・アインホルンさんがドアを開けてくれた。

「ミツヒコ、その格好はダサいですね」

マリアさんにそんな事を言われてしまった。
俺の格好は、学校のみんなもいるので『陰キャ』の水瀬スタイルのままだ。

「楽なんだけどな~~」
「いいえ、それではダメです。こちらに来てください」

マリアさんに連れて行かれて本来の姿に変えられてしまった。

「うん、ミツヒコはその格好の方が似合います!」

そう力説するマリアさん。

これだと、まだ素性を知らない学校の人達にバレないように気をつけないと……

セリカ先輩には、あっさりバレた過去があるので、今回は気をつけるつもりだ。と言ってもこの格好を知らないのは駒場先輩と熊坂さんだけなのだが……

部屋に入った時に少し違和感を感じた。
何だか少し生臭い……

「可憐、何だか生臭くないか?」

「ああ、それは冷蔵庫に入っているお土産のせいですね。何でもお祖父さんの友人が今日お昼にこのホテルに来るそうで、そのお方の大好物らしいのです」

あの祖父さんの知り合いなら、変わったものが好きなのも頷ける。

「そのお土産って何なの?」
「くさやらしいですよ。厳重に包まれているので中身は見てませんけど」

くさやの匂いか……うむ、納得。

「そのお土産をお兄様から渡してくれとお祖父さんからの伝言を承っています」

「そうなの?」

まあ、渡すだけなら構わないか……

「さあ、可憐の部屋に行きましょう。今、星菜と祐美さんが戦っているはずです」

へ!?どういう事?

可憐の部屋に行くとテレビの前で格闘ゲームをしている二人がいた。
随分と白熱した状況のようだ。

「えい、これでどうですか?」
「祐美さん、甘いです!」

祐美さんの操っているキャラが避けからジャンプをして攻撃に転じる。
しかし、セナの対空コンボがそこで炸裂した。

『You win!』

セナの勝利を告げる音声が鳴る。

「あ~~また、負けてしまいました。これで11戦1勝10敗です」

祐美さんはがくりと項垂れる。
ゲームだし、そこまで落ち込まなくても……

「じゃあ、次はお兄様と可憐の勝負です。負けた方は勝者の言う事を何でも聞くというのがこのゲームのルールです」

「何でもは無理だが、負けるつもりはないぞ、可憐」
「望むところです。お兄様」

そして、俺と可憐の勝負が始まったのだった。





すっかりゲームに夢中になってしまった俺と可憐は22戦11勝11敗という奇跡的な引き分けで午前中いっぱいゲームして過ごした。

可憐のやつはこの手のゲームをやりこんでいたようで、正直なところ負けるのではないかと思ったほど強かったのだが、どうにか兄としての面目を保つことができたのだった。

そして、俺は祖父さんの友人にお土産を渡しにレストランに向かっている。

手に持っているくさやの干物は、厳重に包んであるのだが、それでも臭い匂いを放っていた。

「はあ、早くこれを渡してこの匂いからおさらばしたい」

これを渡す相手は、イタリアのワキッガ氏だという。
俺にとってはパーティーで何度か挨拶を交わした程度の知り合いだ。

レストランのボーイさんにワキッガさんを訪ねてきたと告げると、奥の個室に案内された。

ドアの前で俺はノックしながら『ミツヒコ キジョウインです。ワッキガさんにお土産を持ってきました』と、言うと部屋の中から『どうぞ』と声が聞こえたのでドアを開けて入室した。

だが……

『エイッ!』という掛け声が聞こえたすぐ後に俺の顔に得体の知れない物が投げつけられたのだった。

「くさっ!」

痛いより、臭い。
しかも、その匂いはくさやの干物に負けないほどの存在感がある。

「何するんですかあ?」

思わず日本語でそう文句を言ってしまうほどの強烈な匂いだ。
そして、その汚物?を投げつけた人物を見た途端、俺の思考は止まったのだった。

『エレオノーラ、何で君がここに?』

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