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第5章
第84話 御曹司、CM撮影をする
しおりを挟むベゼ・ランジュの新商品のCM撮影のために葛西臨海公園に来ている。
ここに来る前に会社に寄って女装は済ませているが、なぜか楓さんが高そうなデジカメを持って俺の写真を撮りまくっていた。
「ミチルちゃんは朝から来てるようですよ」
夏波さんからそう伝えられて、撮影現場に行くと既にスタッフが用意を済ませて直ぐにでも撮影できる体制を整えていた。
「ミッチー入りま~~す」
夏波さんの声が周りのスタッフにも聞こえたようで一斉にみんなこちらを向いた。
すると、スーツ姿の女性がこちらに近づいて来た。
「やっと生ミッチーに逢えたよ。本当良かった」
生ビールのような言い方をされたが、なぜかその女性は目に涙を溜めて嬉しそうだ。
「あの~~?」
「ああ、私はヨーダ芸能事務所の代田新子だ。これでも会社の代表をしている」
夏波さんとは知り合いのようで「先日ぶりですね、代田社長」と挨拶を交わしていた。
愛莉姉さんから聞いていた芸能事務所の社長さんのようだ。
「ミッチー、こっち、こっち」
ミチルが手を振って俺を呼んでいる。
俺は、ここにいる人達に簡単な挨拶を済ませてミチルのところに向かった。
こちらにもたくさんのスタッフがいたので、挨拶を済ませる。
事前にもらった資料には『爽やかに日常を楽しむ少女達』と書かれていた。
まあ、さっき夏波さんからもらったんだけどねえ、この資料……
「ミッチー、私の撮影は終わったよ。あとはミッチーのピンの撮影と2人の撮影だけだよ」
嬉しそうに話すミチルは、朝から現場に来てたようだ。
資料にも書いてあったがメインはミチル、俺はサブの役割のようだ。
「じゃあ、ミッチー、私休憩入るから、またね」
そう言ってどこかに行ってしまったミチル。
スタッフに呼ばれて撮影が始まる。
モデルやタレントとして努力を重ねてきたミチルと違って、俺はズブの素人だ。
最早、歩く事でさえ左足と左手が一緒にでるほど緊張している。
「ミッチー、硬いね~~、もう少し自然に振る舞えない?」
監督さんに少し呆れ顔で言われた。
監督さんはスタッフを集めて何か相談し始めた。
何この重い空気……マジ、帰りたい。
すると、スタッフさんのひとりが来て、
「ミッチーはミチルと一緒に撮ることになったから、ちょっと待ってて」
そう告げて、スマホを取り出しミチルに連絡を入れた。
ああ、みんなに迷惑をかけてしまった。
しばらくすると、ミチルがやって来た。
事務所の車の中で休んでいたようだ。
「ミチル、ごめん。私ひとりだと上手くできなくて……」
「構わないわ。ミッチーはまだこの業界に入ったばかりだもの。先輩の私がお手本見せるから」
そう言って笑顔で現場に入る。
スタッフさん達もホッとしてるようだ。
そして、ミチルは監督さんと何やら話してこちらに来た。
「ミッチー、今日は取り敢えずリハ撮りだけらしいよ。だから、少し散歩でもしようか?」
そう言ってミチルは俺の手を取り海辺の方に歩いていく。
「今日は本番は無いってことなの?」
「うん、役者さんが体調とか悪かったりのって無い時はよくあるみたい」
そう言いながら楽しそうに語りかけるミチルと一緒に散歩する。
途中で、クレープ屋さんでクレープを買って食べたり、スタッフさんが用意してくれたキックボードに乗ったり、また、芝生に寝転んでくつろいだりした。
その頃にはすっかり緊張も解けて俺も笑顔が自然と出るようになっていた。
「ほら、あそこに猫がいる」
ミチルが海岸沿いで猫を見つけ追いかける。
俺もその後を追った。
猫は俺の姿を見ると怯えて物凄い速さでどこかに走り去ってしまった。
「あ~あ、猫撫でたかったなあ~~」
「私も撫でたかったよ」
女性らしい裏声も既に板についてきた。
正直いえば、まだ恥ずかしいが……
「ねえ、観覧車乗ろう!」
ミチルが指差す方向に大きな観覧車が見える。
俺は頷いて、ミチルと手を繋ぎ観覧車の乗り場まで行く。
そして、狭い空間に二人っきりになった。
「ミチルは凄いね。さすがプロだって思ったよ」
「何でそんな感想?」
「だって、リハ撮りって嘘でしょう?さっきからあちこちでスタッフさんがカメラを持ってるのを見かけたから」
「あは、バレちゃったか~~監督さんが言ってたんだよ。ミッチー凄く緊張してるから普通に遊んでいいよ、って。そうすれば緊張も解けるだろうってね?」
「ミチルはプロなんだって改めて思ったよ」
俺は、嫌々やっていた。
やりたくも無い女装をさせられて……
だけど、こんなにも大勢の人がCM撮影に関わっている。
そんな気持ちじゃ、真面目に仕事してる人に失礼だ。
「そうよ、私はプロなんだから。でも、大きな仕事をもらえるきっかけを作ってくれたのはミッチーだよ。もし、ミッチーと出会わなければ、きっと売れないアイドルとして終わってたと思う。この業界、結構厳しいからね。だから、このチャンスを逃すつもりはないんだ。もっと、輝ける場所にいってみたいから」
目標を持って生きてる人の強さを感じる。
まだ、俺と同じ15歳なのに、ミチルの方が大人に思えた。
それに、いつまでも女装していることを黙っているのは辛い。
せめてミチルだけでも本当のことを話したい。
「あのさ……」
俺は本当のことを言うつもりだったのだが……
観覧車は、ちょうど最高点に達したその瞬間、ミチルは俺のほっぺにキスをした。
「え、何で……」
「今日のお礼だよ。それに、ほら……」
そこにはカメラを構えたスタッフが次の観覧車にのって撮影していた。
「ごめんね、ここでキスするシーンの撮影があったの。でも、上手くできて良かったあ」
ミチルのその笑顔はとても輝いていた。
◇
その日の夕方、撮影は無事に終わり解散となった。
結局、ミチルに本当の事を言えずじまいになってしまった。
帰りの車の中で、運転する楓さんに話しかける。
「ねえ、楓さん、俺もう女装はやめようと思うんだ。愛莉姉さんに勝手に女装させられて、嫌々してたんだけど、今日の撮影をしてちょっとこのままじゃマズいって思ったんだよ」
「そうですか?よくお似合いですのに~~」
「そうじゃなくって、みんな真剣に仕事してたでしょう?だから、女装してるっていうのがみんなに嘘をついてるわけでしょう?だから、こう胸に刺さってね、痛いんだよ」
「そうですか、残念ですけど私から愛莉様にそうお伝えしておきます」
「俺も後できちんと話しておくよ」
これでもう女装することはない。
少し肩の荷が降りた気分でホッとする。
「それと池袋のマンションの件はどうだった?」
「はい、10戸程確保しました。まあ、あそこのマンションは貴城院セキュリティーサービスの社員達の社宅も兼ねてますからご近所問題も発生しづらいと思います」
これで、近藤商事の武蔵関さんの住居を確保できた。
本人の同意が得られれば直ぐにでも引っ越しできる。
「ありがとう、助かるよ。今日はなんだか疲れたよ」
「お休みになられても構いませんよ」
既に眠気が襲ってきて目を開けてるのも辛い。
それに、車の振動が揺籠のように心地いい。
俺は眠気に誘われるまま意識を手放したのだった。
~~~~~~~
雪が残る広い草原の小高い丘の上で朝日が昇るのを見つめる二人の男女がいた。
『……ムス、お陽さまの昇るあの場所には何があると思う?』
『わからないな、…ブは何があるか知ってるのか?』
『うん、勿論知ってるよ。お陽さまが昇る場所には、食べ物に困らないし、気候も穏やかなんだ。それにね、争いもなくてみんな自由に生きてるの、そんな場所があるんだよ』
『そうか、そんな素敵な場所があるのか……』
『そう、だから…ダムス、いつか一緒に行きましょう』
『そうだな、いつか一緒に行こう、…ブ』
~~~~~
「光彦様、着きましたよ」
『はっ!………』
なんだ、あの光景は……
夢なのはわかってるが、現実感がハンパない。
明晰夢ってやつか?
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも無い。ちょっと夢を見てたようなんだ」
「そうですか、もう家に着きましたので、お疲れならゆっくりベッドでお休みください」
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
夢なんだよな……?
あの少女の姿、どこか懐かしい。
それに、胸に熱いものが溢れている。
もしかして、俺はあの少女の事を知ってる?
俺と同じ白銀の長い髪をした少女の事を……
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