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第4章

第64話 御曹司は忙しい?

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「光彦君は最近忙しそうです……」

そう寂しげに呟いてお弁当を食べてるのは、桜宮美鈴。
光彦と一緒の学校に通うことになったのだが、肝心の光彦が忙しくてなかなか話しをする時間がない。

「会社の会長になってお忙しいのでしょうが、少しぐらい美鈴さんのために時間を空けても良いと思うのですが」

三条智恵も美鈴さんが寂しがっているのを見てヤキモキしていた。

「本当にそうですよ。わざわざこの学校に転校して来たのに放ったらかしなんて酷いです」

美鈴の護衛官である霧峰美里も文句を言う。

「確かに酷いよね。もう少し私達にも気を使ってほしいものだわ」

臨時に美鈴達の護衛を任された涼華も文句があるようだ。

「まったくその通りだし、泊まりが多いし、朝起こせないし、お世話できないし。木葉っちもそう思うしょ?」

木崎美幸も愚痴をこぼすほど、光彦に言いたいことがあるようだが、木葉は……

「……この卵焼き美味しい」

お弁当に夢中だった。

「それにしても光彦君のあの格好はどうかと思うのだが……」

『陰キャ』スタイルは、三条智恵には不評のようだ。

「そう?私は見慣れてるから違和感がないけど、逆に素のスタイルの方が話しにくいわ」

銀髪イケメン姿の光彦の姿は涼華にとって、眩しすぎるようだ。

「それ、何となくわかるし、朝起こしに行くと『誰?このイケメン』とかたまになるし」

美幸はそう言いながら美味しそうにウインナーを口に入れた。

「私は前の姿の方が見慣れてますから、前のお姿の方が好きです」

美鈴が話した言葉に美幸が、

「あ~~美鈴っち、今ミッチーのこと好きって言ったあ~~」

「あっ、そう言う意味じゃなくてですね、その~~」

恥ずかしがって下を向いてしまった美鈴。

「まあ、でもこの学校ではあの格好が正解なのかもしれませんね。未だに私達を見にくる男子が後を絶ちませんし、光彦さんが前の格好で現れたら今度は女子生徒が群がってくるのが目に見えますし」

美鈴を気遣って話題を変えた三条智恵は、前の学園での光彦の人気を思い出していた。

「それは困ります!これ以上可愛い子が増えたら私との時間がなくなってしまいます」

美鈴は思わず立ち上がって力説してしまった。
フォローしたつもりの三条智恵も苦笑いだ。

「美鈴っち、ミッチーのこと好きすぎるっしょ!」

「「「わははは」」」

周りの子もそのツッコミに笑いがでる。

美幸に言われ、周りの子からも笑われた美鈴は顔を赤くしてまた下を向くのだった。

地学準備室では、そんな和やかな空気が立ち込めていた。





車の中でハンドルを握っている岡泉綺羅楽刑事は、助手席にいる砂川刑事に話しかけた。

「はあ~~何でこんな些細な暴行事件の調査が本庁に回って来たんですかね~~」

「普通は所轄案件だわな。まあ、これは雨川本部長の嫌がらせだろう。たまたまその所轄にいた本部長がその話を聞きつけて本庁で捜査するって強引に持って来たらしいぞ」

「だから、何で私達何ですか?」

「そう言うな、キララ。社会人になれば縦社会の厳しさを目の当たりにすることなどたくさんあるんだぞ」

「岡泉です!そういえば雨川本部長と砂川さんとは同期と聞きましたが?」

「まあな、あいつは若い時から生簀かない奴でな、人の手柄を横から掻っ攫っていくんだ。頭に来た俺は、あいつがお気に入りだったスナックのママさんを掻っ攫ってやったんだ。ははは」

自慢するように砂川刑事の顔は笑っていた。

「どうして嫌がらせのような仕事が私達に回ってくるのかやっと理解できました。最低です、砂川さん」

岡泉刑事は呆れて、話しかけるのをやめた。

車は日本橋にある近藤商事の駐車場に辿り着いた。
車から降りて、近藤商事のエントランスからロビーに入って行く。
受付では、綺麗な若い女性が笑顔で来客の対応をしている。

「砂川さん、受付の子が綺麗だからって何をぼーっと見とれているんですか?さあ、行きますよ!」

そう言われて、少し真面目な顔に戻り砂川刑事だが、どこか締まらない顔をしている。

「すみません、営業2課の高田航平さんに用があるんですけど」

「はい、高田ですね。失礼ですがどちら様でしょうか?」

そう言って岡泉刑事は鞄から警察手帳を取り出して見せた。

「警視庁捜査第一課の岡泉と言います。昨夜この会社で起きた暴行事件について被害者である高田航平さんからお話をお聞きしたいと思いまして伺わせてもらいました」

そう言うと少し慌てた素振りを受付嬢は見せたが、笑顔を崩さず応対した。

「畏まりました。ただいま連絡を入れています。あちらの席でお待ちいただけますか?」

受付嬢が細い手をかざして示した場所にはパーテーションで区切られた来客用の簡易な応接室があった。

「おい、キララ。この会社って美人が多いな」

「だから岡泉です。受付嬢は会社の顔ですし綺麗どころを持ってくるのは普通だと思いますけど?」

「じゃあ、キララには無理だな」

「はっ!?それはどう言う意味ですか?返答次第ではセクハラで訴えますよ。それに岡泉です!それと砂川さん、少し席を離れますので被害者が来たら先に話を聞いておいて下さい」

「うんこか?」

「ち、違います!砂川さんはもう少しデリカシーというものを学んだ方がいいと思います!」

そう言いながら岡泉刑事は女子トイレに向かったのだった。





「それじゃあ、新しい部所の人選を野方さんにお願いしても良いのですか?」

「ええ、お任せください。優秀な人材を集めておきます」

エレベーターの中で秘書の野方胡桃さんとそんな話をしてる間に一階に着いたようだ。

「ちょっとトイレに寄ってくるね」

「では、私は車を正面に回しておきます」

楓さんは駐車場に停めてある車に向かった。

「野方さんもここで大丈夫だよ」
「そんなわけには行きません。玄関先でお待ちしておりますので」

そんな事までしなくて良いのにと、思っていたがトイレの方が先だ。
コーヒーの飲み過ぎで膀胱が大変なことになっている。

急いで一階にあるトイレに向かい用事を済ませる。
この瞬間は、別の意味での賢者タイムだ。
頭が冷静になってくる。

手を洗いながら鏡を見ると黒いオーラが少し濃くなっている。それに脇腹部分がドス黒いのが気になる。

「こんな現象は初めてだな?命に別状はないけど脇腹に怪我でもするのかな?」

そう思いながら、あれこれ考える。
脇腹の怪我ってもしかして誰かに刺されるとか?
う~~む……

悪組織の『蛇』は、最近ではその活動に関して耳にしていない。
となれば、別口か?

考えても無駄なので、取り敢えずは気をつけることにする。
あとで楓さんに相談してみるか?

手を備え付けの温風器で乾かして外に出ると女子トイレから出てきた女性と危うくぶつかりそうになった。

「あっ、すみません」

そう挨拶をすると、その女性はいきなり俺の腕を掴んだ。

「て……天使さま?」

「へ!?」

いきなりのことでわけがわからなかったが、よく見るとその女性はあの時の女刑事だった。

「こんなところでお会いできるなんて、これも天使さまのお導きだったんですね」

天使とかわけのわからないことを言ってるけど、俺は思考を巡らす。
今の姿でこの女性刑事と会ったのはヘリコプターから落ちた時だけだ。

「あなたはあの時に手を差し伸ばしてくれた優しい女性の方ですね?連絡を入れようと思っていたのですが、日頃の忙しさにかまけておくれてしまいました。お礼をしなければならないのに、すみませんでした。確か名刺に岡泉さんと書かれていました。岡泉さんであっていますか?」

「はい!そうです。岡泉です!」

やけに嬉しそうだ。
犬なら尻尾が引きちぎれんばかりに左右に振られているだろう。

「私は貴城院光彦と言います」

と出来たばかりの名刺を渡す。

「えっ、この会社の会長様ですか?天使様なのに会長様だなんて、すごいです!」

その天使って何?

「いずれ時間を作ってお礼を致しますので。どこか美味しいところにでも食事に行きましょうか?」

「はい、是非に」

「では、改めてこちらからご連絡を……」

「はい、お待ちしています!」

嬉しそうに返事をする岡泉さんを見てると、社交辞令では済まないな、と思う。

その場は「人を待たせてますので」と申し訳ない風を装おってその場を後にした。

でも何でこんなところに刑事さんが?

疑問に思いながら、楓さんの車に乗り込んだのだった。





「おせ~~な、キララのやつ。やっぱうんこか?」

砂川刑事はイライラしながら、周りを見渡していた。
タバコを吸いたいのだが、ここには喫煙所は無いようだ。

すると、先程の受付嬢が被害者らしき男性を案内してきた。

「高田です。刑事さんですか?」

そう言われて砂川刑事は警察手帳を見せた。

「それで、昨夜の暴行事件のことをお聞きしたいんですがね?」
「警察署で話した通りです」
「悪いんですが、もう一度お話頂けませんか?」
「はあ~~、ええっとですね。…………………」

目の前にいる高田という男を観察する砂川刑事。
良くも悪くも凡庸な人間にしか見えない。
今年は入りたての営業マンらしいが、営業には向かないだろう、と思っていた。

「お待たせしましたあ」

被害者の男性が話している時に岡泉刑事が戻ってきた。
何故か、心ここにあらずといった顔をしている。

「わかりました。お時間を取らせて申し訳ない。また連絡させてもらいます」

砂川刑事は、そう言って席を立とうとすると、岡泉刑事は宙を見上げてボーッとしている。

「おい、キララ。終わりだ。もう行くぞ」
「え、そうなんですか?」
「どうしたんだ。さっきからボーッとして。仕事中だぞ」
「わかってますよ。ああ、天使様とお食事なんて……何を着ていこうかしら」

「はあ、ダメだこりゃあ……」

砂川刑事は諦めたように岡泉刑事の袖を引っ張って会社を出て行くのだった。
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