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第3章

第32話 御曹司の護衛官

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お昼休み、涼華から呼び出されて地学準備室に来ている。
ここには、木葉やルナもいるのだが涼華は気にしてなさそうだ。

「それで涼華、どうしたの?」

涼華の纏っているオーラは薄紫色。
この色が何を意味してるのか、確定してないが何か迷いがあるような、そんな色だと勝手に判断する。

「この間の蛇とのことなんだけど、私……」

それだけ言って、口をつぼんでしまった。

「まあ、涼華の相手はあの赤い服を着た女だったし、桜子婆さんもあの敵の女は手練れだって言ってたから、落ち込む必要はないと思うんだけど」

「そうじゃない!私……光彦君の護衛官やめるわ」

はい!?そんな重い話なの?

「え~~っと、理由を聞いてもいいかな?」

「だから、私は光彦君の護衛官に相応しくないって言ってるの」

「じゃあ、やめれば?」

そう一言、ルナが涼華に向けて言い放った。

すると、涼華は、目に涙を溜めてこの部屋から飛び出して行ってしまった。

「え~~と、どういう状況?」

何か青春ドラマを見てるようなシチュエーションだ。

「もう少し根性がある奴だと思ったのだが、期待はずれでござった。ニンニン」

ルナは、そう言って楓さんの作ったお弁当を食べ始めた。
木葉は、自前のデカい弁当箱と格闘している。

「これって、追いかけるパーターンなのか?」

「主人がそうしたければ……ですが、去る者は追わず、自分で決めたことに主人が何を言っても無駄であろう、とルナは思うのであります」

まあ、そうだよな。
護衛官は危険な仕事だ。
下手をすれば涼華はあの赤い服の女に殺されてたかもしれないのだ。
護衛対象の俺が口を挟んでいいとも思えない。
何せ俺の為に死んでくれって言ってるようなものだしな

涼華自身で決めたのなら俺には何か言う資格は無い。

俺は、詳しい理由を聞きたかったが追いかけるのをやめた。





私は、愚かなことをしてしまった。
走りながら自分の不甲斐なさに呆れる。
校舎から出てグランド近くで、私は足を止めた。

涙が意図せず流れ落ちる。
私はこんなにも弱い女だったの?

近くにあったベンチに腰掛けて、何故こうなってしまったのか考える。
原因はわかっている。

私は護衛官というより、私的な思いであの赤い女と戦った。
でも、それは当初からの目的でもあり、それを悪い事だとは微塵も思っていなかった。

光彦君がヘリコプターから落ちるまでは……

私は護衛官として光彦君の側にいる。
勿論、会社から少なくないお給料ももらっているし、待遇に不満など無い。

でも、護衛対象である光彦君を助けられなかった。
彼の行動は、少しおかしいところもあったが、それが光彦君なのだ。
どのような行動をしようとも私は彼より先に死ななければならない。

お父さんが命をかけて守った子だ。
私が守らなくてどうする?

赤い女との戦いに夢中になり、その間光彦君のことなど考えもしなかった。その結果が、光彦君の暴走を止められなかった。

あの時、私は気づいてしまったのだ。
光彦君がヘリコプターから落ちた時、私は護衛官失格なのだと……

「…………どうして、私はこんなにも愚かなの?」

「え~~と、如月さん、こんなところでどうしたんだ?」

声をかけられて、その人を見ると木葉のお兄さんの大輝さんが立っていた。

「なんでもありません」

「そうは見えなかったが、まあ、いいか。ここに座るぞ」

大輝さんは遠慮なく私が腰掛けていたベンチの隣に座った。

「昼に素振りしてたんだけど、どうも調子が乗らなくてジュース買いにきたんだ。ほらよっ」

そう言って私にペットボトルのお茶をよこした。

「もらえませんよ」

「いいんだ。俺は水道の水飲んできたから。ところで1人でこんなところにいて……もしかしてボッチなのか?」

「ち、違います。ボッチじゃありません。少し外の空気を吸いたくなっただけです」

「そうか、まあ、俺は女の子の扱いなんてわからないから、昨日だって木葉に思いっきりケツ蹴られたしな」

「そうなの?」

「ああ、朝練終わって木葉が和樹と遊んでたから野球誘ったんだけどいきなり蹴りを入れられた。昔はお兄ちゃんと遊ぶって言って俺の後をちょこちょこついて来たのによ、全く女ってのは理解ができない」

「大輝さんは昼休みにまで野球の練習をしてるんですね」

「ああ、今年が最後の夏だからな。去年は準々決勝まで行ったんだ。今年こそは甲子園に行きたい」

「行けそうですか、甲子園」

「ああ、今年は絶対に行く。木葉と小さい頃約束したんだ。お兄ちゃん、野球頑張って甲子園に連れてってね、ってさ。だから、俺は甲子園に絶対、木葉を連れてってやるんだ」

わあ~大輝さんって妹思いなのね、というかシスコン?

「そうなんですね。良いお兄さんなんですね」

「うむ、そうでもないぞ。木葉が保育園に通ってる時、俺は野球をやり始めて間もなかった頃なんだけど野球に夢中になり過ぎて、母親から頼まれてた木葉の迎えに行かなかった時があるんだ。忘れて家に帰ると母親からは思いっきり怒られ、木葉はギャン泣きしてるし、俺は良いお兄ちゃんなんかじゃないよ」

夢中になって周りが見えなくなるところなんか私に似てる……

「私もそうなんです。ある事に夢中になりすぎて大事な人を疎かにしてしまったんです……」

「そうなのか?夢中になることは悪い事じゃないし、それで大事な人を疎かにした事を気付けたのなら、これからは気をつければいいだけだ。俺もそんな感じで生きてるしな」

「そうなのだけど、私の場合は少し違う」

あの時、光彦君が死んでたら、もうやり直すことなど出来ない。

「大事な試合で9回の裏ツーアウトランナー、一塁と三塁。そんな場面でポカをやらかしたことがある俺が言うのもなんだけど、気付けてもやり直すことができないこともある。あのサードゴロをなんで弾いてしまったのか、今考えても冷や汗ものだ。体調が悪い時はその場面が必ず夢に出てくるしな。だけど、ここで頑張るのをやめてしまえばこの先後悔だけが残ってしまう。だから、あの時のポカを埋め合わせ、違うな。上書きかな。上書きできるような未来を掴みたいんだ」

上書き……

「だから甲子園なんですか?」

「ああ、俺自身の為、そして木葉の為にな」

そうか……私は、少し勘違いをしてたのかもしれない。
私如き人間が最初から護衛官の仕事を完璧にできるはずがないよね。
正式な護衛官になって、まだ数十日しか経ってないのになんで一人前の護衛官のつもりでいたのだろう。

「大輝さん、ありがとうございました。少し元気が出ました」

「おうよ、如月は凛々しい顔の方が似合うぞ」

この人は、きっと天然なのだろう。
女の子の扱いがわからないと言いながら、そんな言葉を惜しげもなく私にくれるのだから……





その日の放課後。

「如月涼華、光彦君の護衛官に復帰します!」

メッセージで涼華に呼び出されて地学準備室に来てみれば、涼華は敬礼をしてそんな事を言っていた。

「涼華はそれでいいのか?」

「はい、私は光彦君の護衛官として職務を全うすると決めました」

敬礼しなくても良いのだが……

「わかった。大変だろうけどよろしく頼む」

「はい!」

そう言った涼華のオーラは黄色く輝いていた。
あの短い時間に何があったのかわからないけど、落ち込んでる涼華を見るよりよっぽど良い。

そう言えば、スマホでニュースをチェックしてたら、ネット・ライジング社の社長三橋雷電とその息子が国家転覆罪の罪で逮捕されたらしい。
その影響で株価と為替が大変なことになっている。

嘉信叔父さんが動いたのだろうけど、国家転覆罪ってやり過ぎだよね。
美鈴ちゃんが絡むと容赦ないからなあ~~くわばら、くわばら……

「短い退職だったね」

そう言ったのはこの部屋に入ってきたルナだった。

「お生憎様、光彦君の専属は私よ」

「今度は長く続くといいね」

「ええ、白髪になって腰が曲がるまで頑張るつもりよ」

何か、ルナと涼華の間に火花が散っているのだが……

「うん、2人は仲が良いね」

「「良くない!!」」

相性抜群じゃん。

まあ、これで何も起きなければ最高なんだけど……

平穏な生活って貴重だしね。


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