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79話 黒色の配信

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「わっ、わっ、しろ先輩っ!」

 夜宵やよいは人形たちの波に流されそうになっていた。
 俺はとっさに人形たちを押しのけようとするが、人形たちは思いの他もろく、容易たやすくバキリと一部が破損してしまった。
 ん……もしかして俺が焦って力を込めすぎた……?

 そんな動揺しているうちに、俺たちと夜宵やよいの距離はどんどん開いてしまう。
 ここは強行突破するべきか、いや、ここで人形たちと敵対したらどうなるかわからない。そんな迷いが大きな逡巡となって、さらに夜宵との距離を空けてしまう。


「ナナシくん。安心して……【人形の支配師ドミネーター】」

 タロさんが何か呟くと、すぐ横にいたブルーホワイトさんがビクンッと何かに引っ張られるかのように宙に舞う。まるで操り糸に手繰り寄せられたかのように、不可思議に飛び跳ねる。だが、その躍動感あふれる飛翔は、ふわりと広がるドレスもあいまってひどく優美だった。
 
「————【道なき道をゆけギミック・ロード】」
「————【銀氷が咲く乙女の道アイス・ヴァージンロード】」

 タロさんとブルーホワイトさんの声が重なる。
 その瞬間、ゾワリと心の臓を掴まれるような、冷ややかな音調が空に響く。同時に夜宵への架け橋を生み出すがごとく、青白い道がちゅうにかかる。
 二人が奏でた美しすぎる氷雪を見て、俺はつい呆気に取られてしまった。

「ほらっナナシくん! 追うよ!」

 タロさんに手を掴まれ、そのまま導かれるように空中へと伸びた氷雪の花道へ駆け込む。
 足元が滑りやすいが、どうにか踏ん張って夜宵やよいを追いかける。
 
 もはや人形たちの興奮は常軌を逸していて、ヌーの大群が大移動するかのように大きな荒波となって夜宵の自由を奪っていた。

夜宵やよい! もうすぐ、追い付くぞ! 闇魔法は使えるか!?」

「うちがここで暴れてッ、人形たちと敵対するよりッ、しろ先輩たちの方がうまくできるけん!」

 人形たちの波に呑まれつつも、夜宵やよいは混乱せずに俺たちを信用してくれている。

「それに、こんなビッグイベント、配信するまたとないチャンスだっちゃ。タロりんッ、よか?」

「あははは。もう配信に巻き込まれるのは慣れっこだから、大丈夫」

 俺の横を並走するタロさんは軽やかに笑う。
 ああ、【にじらいぶ】はこの人に大きな借りができそうだ……。

「恩にきるばい。【記録魔法】————あなたの瞳に思い出を」

 氷道を走る俺の瞳に、夜宵はどうにか記録魔法を命中させた。
 彼女のそういう配信者魂はなんというか……ちょっと尊敬に値する。

「じゃあっ、ナナシ先輩っ! 任せたっちゃ!」

「ああ、任せろ後輩!」

 こうしてアグレッシブすぎる緊急配信が幕を開けた。





 暴露配信系VTuber、【闇々よる】が何の告知もせずに配信を始めたので、彼女のリスナーたちは何事かと騒めき立った。
 いつもなら必ず【大物YouTuberの●●●が裏で未成年淫行】などと、しっかり告知してから人を集めて断罪配信をするのがセオリーだ。
【にじらいぶ】関係の配信も必ず彼女は告知をしている。

 それが今回は何の前触れもなく始まったのだから、リスナーたちは事件の匂いをかぎつけてワクワクしている者が大半だった。
 彼女のリスナーたちは良くも悪くも、こういった興奮が大好物なのである。


:緊急配信っぽいなw
:ん? なんだここ?
:氷の橋を走ってる?
:おいおいおい、橋が作られてる最中じゃねええか!
:魔法か!?
異世界パンドラ配信か
:マジの緊急事態!?
:うわ! 下見ろよ……人形だよな、あれ……
:めっちゃいるやんw
:すごい勢いで移動してね?

:おい! あそこだ! ヤミヤミがやべえ!
:ヤミたん流されてるwww
:ってことは、この視覚はナナシちゃん?
:ん!? なんか隣に銀髪の美少女が走ってないか!?
:んんんんー? あれって双子アイドルの【クラルス】とよくコラボしてる子じゃないか?
:【天導の錬金姫エル・アルケミスス】だな
:まっじかよ……
:どういう状況だよこれ

:まあ、人形の行進に巻き込まれたヤミたんをどうにか救出しようってところだろうな
:かなり必死、というか手を出しあぐねてる?
:ナナシちゃんならあの集団をとっくに粉砕できるだろうし
:いやいや……あんなん敵に回したら怖すぎるぞ
ありの大群っていうか……人形の王国?

:てか、ここって異世界パンドラのどこよ?
:人形……? おい、まさか……
:おいなんだよ! 知ってるならもったいぶるなよ!
:いや……ちょっとした噂というか、不確定要素が多すぎて何とも言えん
:いいから言えって

:ごく一部の冒険者だけが行ける領域があるらしい。そのうちの一つは、人形が大きく関わってるかもって、この間【絶剣】さんが配信で言ってた
:おいおいおいまたまたサラっと【にじらいぶ】がやりやがったwww
:未知の領域を初公開ってやつかw
:ヤミヤミ、秘密領域を暴露してしまうw
:ヤミたんまじの冒険者やってんのなww


 リスナーたちが配信状況を楽しんでゆくうちに、舞台は目まぐるしく変わってゆく。ナナシちゃんや【天導の錬金姫エル・アルケミスス】は、何度となくヤミヤミに手を伸ばすが寸でのところで彼女に届かない。
 じれったい追跡劇が続き、舞台は機械仕掛けの街並みの中央、巨大な城の上階へと移る。そして人形たちの大移動がようやく落ち着いた頃になれば、彼女がどこに連れていかれたのか大体のリスナーたちが把握する。


:街が一望できる、広間?
:床が巨大な歯車とかちょっと怖いなw
:そうか? ファンシーじゃね?
:けっこうな高所だよな
:周りにそびえ立つ歯車の塔? みたいのも武骨だけど、なんかほわっとしてるよな
:あれ? 日が落ちるの早いな
:演目が切り替わるみたいに……空模様が変化していくな
:まるで舞台劇みたいだ

:夜空の下、開放的なシチュエーション
:ん? あれって本物の空か?
:なんかすごく作り物っぽいな
:おっ、ようやくナナシちゃんがヤミたんの傍に着地できたぞ

 ヤミヤミとナナシちゃん、そして【天導の錬金姫エル・アルケミスス】と彼女に侍るようにひっそりと背後にひそむ青白い美少女。
 4人が立つ場所は、多くの人形たちが見上げる超高所にある劇場だった。

 全てが歯車で彩られた劇場には、彼女たち以外にも様々な人形が集まっている。
 そして豪奢な服を着こんだ人形たちが朗々と語り始める。

『最後の女王を追放して幾星霜いくせいそう!』
『かの【最後の女王マリーアントワネット】のような、傲岸不遜で蒙昧無知な女王を、二度と我々は頂かないと誓った!』
『女王のワガママ三昧に苦しみ、圧制に涙した日々を忘れない!』

『【最後の女王劇】は終焉を迎え、新たな女王を探す旅に出る、英雄の物語に変わった!』
『そして【勇者クルックドールの旅立ち】も終幕だ!』
『さあ今、この時を以って【女王の戴冠式ファッションショー】の開演となす!』

 大喝采と共に、それぞれ女王候補となる人形たちが前に出る。
 みな煌びやかな服を身にまとい、これから順々にその美しさを競い合うファッションショーが始まろうとしていた。


:いや、美しさで女王を決めるってwww
:またろくでもない女王が即位するんじゃないのか?
:これが人形の限界か
:いや、待て。これって流れ的にヤミヤミや【天導の錬金姫エル・アルケミスス】も出るんじゃないのか?
:え、まじ?
:どんな格好で出場するんだ!?


 そんなリスナーたちの予想は、半分だけ当たることになる。


『ヤミリスのみんな、ちゃんと説明できなくて申し訳なか。でも、うちらすごいところに来たやけん、みんなにも見てもらいたくて配信始めたんや』
『でもどうして、止まっていたはずの時が急に動き始めたんだろう?』

天導の錬金姫エル・アルケミスス】の疑問に、四者は首をひねる。そして、疑問を呈した銀髪少女本人が『あっ』と何かに気付いたそぶりをする。

『入場券だ! ヤミたんの入場券と俺の入場券に、何か違いがあるんじゃないか!?』
『あっ、うちのは【女王劇場への入場券】でタロりんのは……【人形劇場の入場券】……?』

『なあ、もしかして……追放された最後の女王マリーアントワネットの成れの果てが……【孤独な人形姫マリートワネット】だったりして?』
『やけん、うちがもらった入場券が、女王劇場のトリガーになった!?』

『そっかあ……じゃあヤミたん、【女王の戴冠式ファッションショー】がんばって!』
『えっ、うちだけ……? タロりんも出場するよね?』

『いや! いやいや! 俺はそういうのには興味ないっていうか! そ、そう! 今着てる服がお気に入りなんだ!』

 そう言って俺っ娘銀髪美少女はビシっとサーコートの襟を立たせる。
 

『衆目の前で着せ変え人形になるのは……恥ずかしいかなーとか……』

 その後、ボソリと本音を吐く【天導の錬金姫エル・アルケミスス】にヤミヤミは絶望した。

『た、たしかに……恥ずかしいけん……』

 しかし彼女はそうも言ってはいられない。
 周囲の人形たちの圧もある。なら、とりあえず形だけでも出場しておくといった中途半端な配信は……ヤミヤミの配信者としての矜持が許せないのだ。
 だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 その結果、彼女は一番信頼できる人物に意見を聞くのだった。


『今の服装のままでもよか?』

 画面越しに視線を向けての質問、つまりナナシちゃんに向けた質問だろう。もしくはリスナーに向けてなのかもしれない。
 現在のヤミヤミの恰好は、セーラー服ニーソといった魔法少女のオーソドックスな変身スタイルだ。

『そうですね……見る限りですが……他の女王候補の人形たちは、誰もが綺麗な衣装で着飾っています。しかし、元々は女王のワガママや圧制に苦しんだ民。彼ら彼女らが求めるテーマが含まれた服を、身にまとうのはいかがでしょうか?』

『ナナシ先輩、つまりどういうことだっちゃ?』

『滅私奉仕の姿をお見せするのです。私は今から技術パッシブ【神々を彩る裁縫士】で——————ごらんのとおり、最高のメイド服をお作りいたしましたので、こちらを着てみてはいかがでしょうか?』

 しゅるしゅると見事な手さばきで毛糸などを操り、圧倒いう間にフリフリのメイド服を完成させてしまうナナシちゃん。白と黒を基調にしていながらも細部には精緻なレースが施されており、かなり可愛らしいデザインになっていた。
 あとスカート丈がちょっと短い。

『めっメイド服!?』

 ヤミヤミは躊躇ちゅうちょしていた。
 というより、かなり恥ずかしがっていた。
 彼女は普段から髪をメッシュにしたりなど、ある程度はファッションに精通している。とはいえ、全身をメイド服やロリィタ系にコーディネートした経験はない。
 しかも配信時はだいたいが、ダボダボのパーカースタイルか制服姿がほとんど。
 そんなヤミヤミが、急に衆目の面前でフリフリメイドさんに大変身するわけだ。それなりの覚悟がいる。
 そもそも人の闇を暴く生意気なメスガキキャラと、親身なご奉仕メイドではギャップがありすぎた。


『ばってん……そういうのはうちのブランディング的に……』

『ここで優勝されれば、【にじらいぶ】に大きく貢献できるかと存じます』

『で、でも』

『なんだか私もヤミヤミ様のメイド姿を見たく存じます』

『うっ、くっ』

『私はこういった趣向のお洋服が大好きでございます』

 ヤミヤミはもじもじと抗うが、ナナシちゃんが追撃の手をゆるめない。
 しかもさりげなく自分の趣味嗜好をぶっこんでゆくナナシちゃんに、リスナーたちは舌を巻く。

『せっかく作ったのに……残念です……』

『わ、わかったばい! 着ればよかとね……!?』

 顔を真っ赤に染めながらも、ついにヤミヤミはメイド服に着替えるのを了承した。


:ナナシちゃんがヤミたんを洗脳してるwww
:いつも生意気なヤミヤミが恥じらいながら……従順だと!?
:メスガキが嫌々ながらも好みの服を着てくれる世界線……イイッ!
:さすがに最高すぎるだろ
:グッジョブナナシちゃん

:ヤミヤミのメイド姿……思ったより破壊力抜群だな
:メスガキが恥辱に震えながら奉仕してくる……いいロリメイドだな!

 着替え室から姿を現したヤミヤミは、それはそれは可愛らしい姿をしていた。恥ずかしさからプルプルと震えているところが、また何ともそそられる。まるでワガママ三昧の猫が衣装を着せられて大人しくさせられてしまったかのような、そんな愛らしさがあった。


『こげなフリフリのスカートはいたことなか……変じゃなかと……?』

 ヤミヤミはナナシちゃんから少し離れたところで、スカートのすそをつまんではブツブツと不安そうに独り言をつぶやいていた。

『お綺麗でございます。それとヤミヤミ様、スカートはあまりたくし上げすぎてはいけません。眼下の人形たちに見えてしまうかと』

『あ、ありがと……』

 ナナシちゃんの誉め言葉に、まんざらでもなさそうに頬を染めるヤミヤミ。
 後半の諫言は、全く彼女の頭に入っていない様子だ。

『ヤミヤミ様。これから見目麗しさを競うのであれば、こちら【宝石魚のカルパッチョ】をご賞味くださいませ。あっ、タロ様も、もちろんご一緒にどうぞ。今後とも【にじらいぶ】とはよしなに……』

『えっ、俺もいいの? うっわー……すごく美味しそう』

『ナナシ先輩、こ、これは……?』

『ヤミヤミ様の愛くるしさが一層の輝きを増すかと』

『……愛くるしさ』

 ヤミヤミはもはや頭からボンッと湯気が出てしまうのではと懸念するほど、耳まで顔が真っ赤に染まっている。


:え、今日のヤミヤミなんなん?
:まじで可愛いなおい
:ヤミナナが熱い
:あのメイドはどこで雇えるん?

:つーか、めっちゃカルパッチョが宝石みたいで綺麗だぞ
:うん、美味そう……
:そらちーの配信でも登場してた料理だな
:どんな味がするんだああああああ

 リスナーが見守る中、ヤミヤミと【天導の錬金姫エル・アルケミスス】が煌びやかなジュレに彩られたカルパッチョを食してゆく。
 すると二人の美少女はさらに輝きを増す。

『え……こんなの……タダでもらったら、錬金術士としての名が廃る! お礼に俺の錬金物をいくつか受け取ってほしい!』

天導の錬金姫エル・アルケミスス】がナナシちゃんに、せっせこ自作のアイテムを渡してゆく傍らで、ヤミヤミは深呼吸をしていた。
 それは高揚した気分を落ち着けるかのように、深くゆっくりとしたものだった。さすがのヤミヤミもこれだけお膳立てされてしまえば、舞い上がってしまう。そんな自分を律するかのようにも見える。


『う、うち、行ってくるばい……!』

 心なしか覚悟が決まったヤミヤミは女王候補が並ぶ壇上へと上がる。
 それから人形たちと騒ぎ、歌い、踊り、美しさを競い合った。この時のヤミヤミはいつもの3倍可愛いとリスナーたちに言われ、圧倒的なカリスマ性で他の人形娘たちを蹴散らしていった。

 そして一人の女王が選ばれる。
 無論、その偉業を果たしたのは————
 
 その場の誰よりも華麗に輝いた美少女だった。
 漆黒のツインテールに一筋の白メッシュを入れた彼女は、誰にも負けない強い意思で以て女王候補の頂点に立ったのだ。


『ナナシ先輩、うちの活躍見てくれてたと?』

 輝かしい笑みで、ナナシちゃんに駆け寄る姿はまるで可愛い後輩そのものだ。
 先輩に褒めてもらいたくて、うち、がんばったけん! そんな言葉が嬉しそうな表情に現れていた。

『お見事です、ヤミヤミ様』

『えっへっへー』

 メスガキメイドがとろける顔。
 リスナーたちは一発でやられてしまった。

 こうして【機械仕掛けの劇場世界デウス・ハロルド・マキナ】は、闇々よるの手に落ちた。

 さらにつぶやいったーのトレンドにも————

#ヤミたんメイド
#ヤミたん人形封域を独占配信
#ヤミたん錬金姫コラボ
#ナナシちゃんのメスガキ洗脳術

 1~4位に君臨してしまった。





 夜宵やよいの配信が終った俺たちは一気に脱力した。

「なんだかすごく楽しかった~! というかヤミたん、優勝しちゃうとかすごいぜ!?」
「うんうん! みんなとこうやって配信できたのはすっごく楽しかったばい!」

 タロさんの感想に、夜宵はひどく嬉しそうに顔をくしゃっさせて笑う。

「ここはお人形たちもいっぱいおるけん、今度そらも連れてこ! いっぱい喜ぶばい!」

 うんうん。確かにあおいは可愛いものが好きだから、こういう場所は楽しいだろうな。というか、夜宵はなんだかんだいつも【にじらいぶ】のことを想ってくれている。
 特に蒼とは付き合いが長いから大切なのかもしれないけれど、今回のファッションショーへの挑戦だって彼女なりにみんなを想っての行動だと思う。
 じゃなきゃ、あんなに恥ずかしがっていたのにメイド服を着て登壇しないだろう。


「またみんなで行こうな、夜宵やよい

「うん! またみんなで——————」

 俺の誘いにはにかむ夜宵だったが、ふとタロさんやブルーホワイトさんに視線を移す。それからまた俺を見つめた。

「あ……ナナシ先輩との二人きりデートのチャンス……」

 そんな事を呟いて項垂れる夜宵やよい
 さっきまで元気百倍だったのに、急に意気消沈するのだから傍から見ていてクスリと笑えてしまう。
 どんなに断罪配信だなんだって息巻いたって、夜宵やよいはまだまだ中学生の女の子なんだ。

 すぐ夢中になっちゃうところが、可愛らしい後輩だと思った。


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