34 / 104
34話 名無しの正体
しおりを挟む放課後。
俺はいつものミーティングが行われる前に、紅と2人きりで図書室にいた。
「なあ、紅……少し、ペースが激しすぎるんじゃないか?」
新メンバーのぎんにゅう加入、大手YouTuber海斗そらとのコラボ。同時並行で高級グルメの通販運営。
そして前回の防衛戦で……危うく紅は、【有翼の娘】が吹く炎に呑まれて死にかけた。
そう、きるるんは死にかけたんだ。
異世界はゲームじゃない。
現実だ。
死んだら終わりなんだ。
「大丈夫よ」
そう軽くあしらう紅だが、俺は納得できなかった。
どうもこいつは……何かを生き急いでるような、そんな感じが否めないのだ。
今は順次うまくいっている。
だから焦る必要なんてないのに、紅はいつも前へ前へと突き進む。
「でもさ。もうちょっとパンドラ配信は慎重にやらないか? この間だって、死にかけたし……」
「私が危機になれば話題になるでしょ? みんなにスリルを味わってほしかったのよ」
そんな風に気丈に振舞ってはいるが……あの場で、きるるんのもとに駆け付けた俺は知っている。あの時、確かにきるるんの身体は震えていた。
いつも熱意に燃える深紅の瞳にすら、恐怖の色が濃厚に広がっていたのだ。
紅が心底、怯えたのだと理解していた。
でもあの時は配信中で……。
だから俺は、そんな彼女の本音を隠すように震える手を握った。
本当は『二度とこんな危ない突撃をするな!』と怒鳴ってやりたかった。
でも、推しを支える名無しとして、あそこでは『無理をしてはいけません』と無難な言葉しか送れなかった。
そして俺は理解している。
同じことがまた起きても……きっと紅は突撃するはずだ。
なぜならあの時、紅の特攻がなければ怪鳥と戦っていた冒険者の1人が確実に死んでいたからだ。
あとで配信を見直してわかった。
俺が気付けていなかったピンチを、紅は察知して突貫したのだと。
口では憎まれ口や、軽口を叩いても……怖くても。
彼女は本気で魔法少女として……誰かを守ったり、助けたり、そういうのが好きなんだと思った。
「どうして、そんな風にできるんだ?」
「藪から棒になによ? 楽しいからに決まっているからじゃない」
「でも、あと一歩で本当に死ぬところだったんだぞ!? どれだけ、きるるんが! 誰かの希望になっているのか理解してほしい! 紅が死んだら悲しむやつがいるって、わかってくれ!」
「リスクヘッジは十分にとってるわよ? あの時はナナシなら————きっと、助けに来てくれるって。感謝してるのよ?」
「リスクヘッジ……」
俺が本音をぶちまけても、紅は至極冷静な態度を貫き通している。
あんなに怖い思いをしたのに、だ。
何なんだよ、この温度差は。
「俺は、紅が何を目指しているのか……いまいち、わからない」
何を考えているのかも、だ。
いつも楽しそうに、ぎんにゅうや海斗そらと配信するきるるんは……クラスで見る紅とはかけ離れている。
クラスじゃ常に威圧的で、同級生を虫けらでも見るかのように牽制している紅が……配信じゃリスナーと一緒に笑って、仲間と苦楽を共にして。
「なあ……クラスの時の紅と、配信のきるるん。どっちが本物のお前なんだ?」
「————どちらもれっきとした私よ」
正面からそう言い切る紅が眩しかった。
「リスクヘッジと言えばだけど、ナナシ。銀条さんに私を引き合わせる時、【手首きるる】の中の人ってバラしていたらしいわね。今度から誰かに紹介するときは、そういうのは辞めてほしいわ。もう、登録者100万人の魔法少女VTuberなのよ?」
紅の言ってることは尤もだった。
でも、やっぱりわからない。
なら、どうして。
「リスクヘッジか。じゃあ紅が……最初、俺に【手首きるる】だって正体を明かすのは危険だと思わなかったのか? 例えば俺が勧誘を断って、お前の正体をSNSで晒すとか」
「べつにそれならそれでよかったわよ」
「どうしてだ?」
「その問いに一つだけ、言葉を重ねるのなら————」
紅は一呼吸おいて、ちょっとだけ顔を背けながらポツリと声にする。
「——————には……、ちゃんと私を知ってほしかった、から」
ん?
……誰に知ってほしかった?
ん、あ、ああ!
紅がとっさに口にしたのは……俺の名前だ。
あまりにも言われ慣れなくて、一瞬だれのことを言ったのかわからなかった。
ちょっと照れながら、俺をナナシと呼ばなかった紅。
推しに名前で呼ばれたと理解すると、逆に思考が停止してしまう……言葉なんて出てこなかった。
「ぷーくすくす……ほ、ほら! あなたはチョロすぎるのよ!」
紅は照れくささをごまかすようにまくしたてる。
その頬が紅色に染まっているのは、図書室の窓から差し込む夕日のせいなのか、それとも————
「だ、だから名前でなんか呼びたくなかったのよ! こ、このナナシッ!」
「あ、あぁ……おう……」
「こんなだからナナシちゃんって呼んであげているのよ? まさか配信中に、ナナシがぽかーんってバカみたいにアホ面ひっさげていたら仕事にならないじゃない!」
「…………へえへえ、少しは俺の仕事も評価してくれよ、きるる様ー」
俺も少し照れくさくなって、話題を切り替えようと愚痴っぽく返答してみる。
「あら。ナナシの仕事は十分評価しているつもりだけれど? それともなに? ナナシも私みたいに様付けされたいわけ? 執事の分際で生意気ね」
「いや、べつに様付けとかいらな————」
「いいわ。それほどまでにナナシが望むのなら呼んであげるわ」
「いや、俺は別に————」
俺が否定するより早く、紅はぐっと俺の腕を掴んで引き寄せる。
今度はどっちなのか判別がついた。
なにせ驚くほど綺麗に整ったご尊顔が、すぐ触れられる至近距離に迫ってきたのだ。
紅の頬は、夕日のせいで紅色に染まっているわけではなかった。
そんなゼロ距離で、不意に紅がふわりと微笑む。
その笑みは、満開の桜が咲き誇るかのように美しかった。
「いつも、お世話してくれてありがとう————私の桜司様?」
俺の名は七々白路桜司。
その場にいない方がマシだと揶揄される【名無し】でも、バイトで毎日疲れ切った【オジ】と呼ばれても何でもいい。
だけど、推しの前では絶対に————
彼女を、彼女たちを支える、名無しの執事であろうと思う。
「王子様なんて待っていても来ないのだから、こっちから迎えに行けばいいだけなのよ」
ぽそりと呟いた彼女の独り言が、いかにも紅らしいと笑ってしまった。
あーあー、俺まで頬が紅色に染まってるんだろうな。
もうこれは仕方ないだろ。
控えめにいって推しは最高に可愛かった。
2
お気に入りに追加
1,218
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
異世界召喚された俺は余分な子でした
KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。
サブタイトル
〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる