あしたがあるということ

十日伊予

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エイコとおばあちゃん

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 ちょっとした思い付きだった。
 ――ねえ、ぼくの家、おいでよ。おばあちゃん寝てるからさ。こっそり行けばばれないよ。
 ぼくはちゃんと知っていた。エイコの家の人間が、彼女がぼくのような彼女を知らないはずの存在と関わっていることを快く思わないだろうことを。ただ、思慮が足りなかっただけだ。彼女が本当は何なのかを、何も知ろうとしていなかっただけだ。ぼくはエイコを知ろうとして、エイコがぼくを厭ってしまうことが怖かった。
 エイコは目を伏せた。
 ――とも。
 そして彼女は、それまでぼくに見せたことがない、背筋が凍るような表情を見せた。顔を真っ赤にして怒っていたわけではない。泣き出したわけでもない。彼女の真っ白な顔には、ただ穏やかな笑みが浮かんでいた。それは、ぼくの中に最も強く焼き付いている彼女の中の像の一つだ。
 ――あたし行けんの。
 どうして、とは訊けなかった。エイコの声音は穏やかだったが、ぼくはどうにも恐ろしかった。
 ――ミチヱにはもう会えんの。そういうことしたから。
 ミチヱ。それはぼくのおばあちゃんの名前だった。どうしてエイコが、ぼくのおばあちゃんを呼び捨てにしたのか。彼女たちの間の関係は何なのか。当時、ぼくは到底想像なんてできなかった。
 ――それ、ミチヱには隠しておいてね。
 エイコはぼくの手の中の髪飾りを指さした。
 ――ミチヱにもらったもんなの。もともと、ミチヱの宝物でさ。
――そんなもの、ぼくがもらっていいの?
 ようやく、ぼくの口から出たのはそんな質問だった。愚問だ、とでも言うように、エイコは目を細めた。
 ――ミチヱの気まぐれだったし。それ以外に、ミチヱがあたしに物をくれたのも、あたしに気をかけてくれたのもそれっきり。
 エイコの表情は、笑っているようで、悲しげだった。いつもそうだった。エイコの笑顔は、ただ笑っているだけではなかった。やはりどこか、負の感情が混じっていた。エイコはそういう存在で、彼女は常にそうでしかあれなかった。いまになってようやく気がつけたけれど。
 ――ともの宝物はさ、今度来てくれた時でええけん。あ、きのう雨が降っとったやん。そしたらね、松の木の枯れたとこに、大っきい茸が生えてたんよ。身に行こうで。
 彼女は話をそらし、そしてそれは、それっきりだった。エイコは最後まで、自分の口で自分のことを話そうとはしなかった。
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