上 下
1 / 1

私の婚約者と姉が密会中に消えました…裏切者は、このまま居なくなってくれて構いません。

しおりを挟む
「今日の約束は無しにしてくれ。俺は、大事な用が出来た。」

「…また、舟遊びに行かれるのですか?」

「あぁ…いつもの友人たちと、ちょっとな。」

 嘘よ…一緒に行く相手は、友人ではない癖に。

 私は神殿を出ていく彼の背中を、ぼんやりと見送った。

※※※

「それであいつ、何も知らずに俺を見送ったんだ。」

「あの子は、本当に鈍い子なの。昔から抜けてるから。」

 私を笑い者にし、抱き合う男と女。

 私の婚約者と姉は、今日もこうして密会中だ。

「まさかあいつも、こんな舟の上で俺たちが会ってるとは思わないだろうな。」

「ここはめったに釣り人も来ないし、あの子は海が怖いから近づきたくないなんて言ってるから…気づかなくて当然よ。」

 確かにそこには、めったに人は来ない。

 でもね、あなたたちがこうして会ってる事は、前から知ってるわ。

 私の居る神殿が、どこにあると思ってるの?
 この、小高い丘の上よ。

 あなたたちがそうして舟で密会してるのは、ここから丸見えだったわ。

 本当に、考えなしなんだから。

 それに、私には聖女の力があるから…こうして悪事を働くあなた達の様子や会話は、何もかもお見通しなの。

 私は祭壇の鏡に映し出された二人を見て、フッと溜息をついた。

 全く…二人揃って、幸せそうに眠ってるわね。

 舟の上でそんなふしだらな事をして、開放的な気分になり眠ってしまったのでしょうけど…あなたたち、私のご神託をすっかり忘れていますね─?
 
「…私は、以前お伝えしましたよ。今日この後すぐに、この地は大きな津波に襲われると。ですから、この地の民は高台に避難しておくようにって。でも…あなたは姉に会う事で頭がいっぱいで、あの人もあなたに会う事に夢中で、すっかりそれを忘れてしまったようね。」

 すると、海の方から轟々と音がし…真っ黒で大きな波が押し寄せるのが見えた。

 そしてその波は、二人が眠る小舟をあっという間に呑み込んでしまったのだ。

「昔…この海では、悪い事をした者を流し追放するという、流刑が行われてきた。まさに、今のあなたたちのようね。あなたたちは私に対する裏切りの行為の最中、消えて居なくなった…だからもう、二度と帰って来なくて結構よ─。」
 
 まぁ…私がこの津波からこの地を守らなかったのは、何もあの二人を消したかったからじゃない。
 あの二人はあくまでついで。

 この津波は神聖な津波で…この地に蔓延る悪の気配を全て流し持って行ってくれる。
 
 一時避難し戻ってこれば、結果的にこの津波の後には、この地に住む全ての善良な者たちに、幸運が訪れるのだ。

 そしてその幸運は、もれなくこの私にも─。

※※※

「今日も海を見ているのかい?君は、本当に海が好きだね。」

 そう言って優しく微笑むのは、私の新しい婚約者だ。

「昔は、その大きさと深さが怖かったんですけど…今はもうすっかり。この地に…私に幸せを運んできてくれた海ですから。」

「俺も…君のような立派な聖女様の婚約者に選ばれ、とても嬉しいよ。」

 そう言って彼は、私を優しく抱きしめてくれた─。

 そして彼に抱かれながら、私は再び海を見た。

 婚約者と姉が居なくなった理由は…表向きは、駆け落ちしたという事になっている。

 駆け落ちはこの地では罪に問われ、犯罪者として追われる事になるのだが…あの二人は、どうやっても見つかる事は無いわね。

 だって今頃二人は…。

 私を裏切った婚約者と姉。
 その罰として、二人はこの地から永久に追放されました。

 二人は揃って、海の藻屑になったのです─。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

散々許嫁の私を否定にしたくせになぜ他の人と結婚した途端に溺愛してくるのですか?

ヘロディア
恋愛
許嫁の男子と険悪な関係であった主人公。 いつも彼に悩まされていたが、ある日突然、婚約者が変更される。 打って変わって紳士な夫に出会い、幸せな生活を手に入れた彼女だったが、偶然元許嫁の男と遭遇し、意表を突かれる発言をされる…

旦那様のために一生懸命を尽くした私が邪魔者扱いですか⁉

ヘロディア
恋愛
幸せな結婚生活を送っていた主人公。しかし、ある日唐突に男の子が現れる。彼は、「パパはどこ?」と聞いてきて…

あなたは旦那様にふさわしくないなんて側室ですらない幼馴染の女性にけなされたので、私は離婚して自分の幼馴染と結婚しようと思います

ヘロディア
恋愛
故郷に愛している男がいるのに、無理やり高貴な貴族に嫁がされた主人公。しかし、そこでの夫には、幼馴染を名乗る女が毎晩のようにやって来て、貴族の夫婦のすべき営みを平然とやってのけていた。 挙句の果てには、その女に「旦那様にふさわしくないし、邪魔」と辛辣な態度を取られ、主人公は故郷の男のもとへ向かう決意を固めたが…

養子の妹が、私の許嫁を横取りしようとしてきます

ヘロディア
恋愛
養子である妹と折り合いが悪い貴族の娘。 彼女には許嫁がいた。彼とは何度かデートし、次第に、でも確実に惹かれていった彼女だったが、妹の野心はそれを許さない。 着実に彼に近づいていく妹に、圧倒される彼女はとうとう行き過ぎた二人の関係を見てしまう。 そこで、自分の全てをかけた挑戦をするのだった。

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。 彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。 その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。 数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

側室は…私に子ができない場合のみだったのでは?

ヘロディア
恋愛
王子の妻である主人公。夫を誰よりも深く愛していた。子供もできて円満な家庭だったが、ある日王子は側室を持ちたいと言い出し…

離婚届と喘ぎ声

ヘロディア
恋愛
私は今、離婚届を書いている。夫に突きつけられた離婚届だ。ー 結婚生活に行き詰った男女の物語。 しかし、主人公にとって、捨てたのは恋だけだったのかもしれないー

処理中です...