上 下
1 / 1

隣のA子さん、今日も笑ってる。

しおりを挟む
 またあの2人だ…。

 私が利用しているバスの中で、いつも見かける2人組の女の子。
 1人はショートカットでボーイッシュな女の子、もう1人は髪の長い女の子だ。
 彼女たちはこのバス路線の近くにある、○○女子高校の生徒達だ。

 ショートカットの女の子は、「田中さん」というらしい。
 バスの中に居た同じ学校の生徒に、そう呼ばれていた。
 もう1人の髪の長い女の子は、呼ばれなかったので分からなかった。
 なので、私は彼女のことを「となりのA子さん」と名付けることにした。

 A子さんはいつも田中さんに寄り添うように、そばにぴたりとくっついている。
 そしてニコニコと、いつも可愛らしい笑顔を浮かべていた。
 田中さんはそれを嫌がるでもなく、平然と受け入れている。
 思春期の女の子同士のたわむれというやつなのだろう。
 そして彼女たちはそのまま寄り添いながら、高校前のバス停でバスを降りて行った。
 私はまだ降りる予定はなかったので、そのまま彼女たちを見送った。

 別の日も、あの2人は居た。
 田中さんは座席に座り、うとうと居眠りをしていた。
 A子さんは隣に座り、そんな田中さんを見て笑っていた。
 そうしている間に、彼女たちがいつも降りるバス停が近づいてきた。
 田中さんはそれに気づいたようで、目を覚ますと慌ててバスを降りて行った。
 A子さんもその後に続き、バスを降りて行った。
 …何だか今、A子さんさんがちらりとこちら見た気がする。
 いつも同じバスに乗り合わせていることに、彼女も気づいたんだろうか。
 それとも、少し見すぎてしまったかもしれない。
 失敗したな、と私は思った。

 何日かして、私はまたあの2人と同じバスになった。
 田中さんのスマホが着信を知らせ、彼女はその相手と話をしていた。
「ごめん、今バスの中。また連絡する。え、今?1人だけど。じゃあ。」
 …おや?今、田中さんは1人だと言った。
 彼女の傍には、ちゃんとA子さんが居るじゃないか…もしかして、喧嘩けんか中?
 わざと隣に居るA子さんに聞こえるように、嫌味のつもりで言ったんだろうか。
 でもA子さんは笑っているし…。
 やがて彼女たちの降りるバス停が近づき、2人は席を立った。
 私の横を、A子さんが通り抜けた時だった。
 彼女は私の方を見て、ある言葉を残した。
「私の邪魔じゃまをしないで。」

 そういえば、あの2人を見ておかしいな、と感じたことはあった。
 それは田中さんとA子さんが、全く会話をしないことだ。
 あれだけ仲良さそうにA子さんが隣に寄り添っているのに、話をしている所を未いまだ見たことがない。
 いや…思い返してみると、笑っているのはA子さんだけで、田中さんは何のリアクションも返さなかった。
 その様子は、A子さんの姿などまるで見えていないとばかりに。
 …もしかすると、A子さんの正体はこの世の物ではないのかもしれない。
 そこであの言葉…もしや彼女は田中さんに取り憑ついて、その命を自分の物にしようとしているのでは…。

 私は今度あの2人に会ったら、こちらから話しかけることにした。
 田中さんには見えないモノに気をつけろと、A子さんにはあきらめて彼女から離れろと。
 何もせず見過ごすより、そうした方がいいい。
 …居た、あの2人だ。
 私は早速、田中さんに声をかけた。
 ところが彼女は、私に何の反応も示さなかった。
 それどころか、こちらを見ようともしない。
 聞こえなかったのか…?
 そこで私は、彼女の肩を軽く叩こうとした。

「この子に触らないで。」
 私のすぐ隣で、地をうような低い声が聞こえた。
 それはA子さんだった。
 やっぱり、田中さんの命を狙っていたのか…何て恐ろしい!
 私はA子さんをにらんだ。
 すると彼女はため息をつきこう言った。
「この子の命を狙っているのは、あなたの方。まだ気づかないの…自分が死んでることに。」
 
 死んでいる…?
 この子は、何を言っている?
「疑うなら、バスの窓を見ればいい。映ってないでしょう、あなたの姿。」
 私は顔を上げ、窓を見た。
 そこには、何も映っていなかった。
 そして「隣のA子さん」も。

「あなたは死んでいる、しばらく前に。このバスに乗っていて、心臓発作で倒れてそのまま…。突然のことで自分が死んだことを理解できず、魂だけがこのバスに留まり続けた。そして生命力あふれるこの子に目を付けた。私たちのこと、ずっと見てたでしょ。」
「じゃあ、君は何…君も映ってないだろ。ずっと彼女の隣に居て笑ってたじゃないか!」
「私は、この子の友達。死んでからもずっと、この子の隣に居るの。例え私が見えてなくても、これからもこの子を守り続ける。だから、あなたにその邪魔をされたくない。あなたはあなたの行くべき場所に行って。」

 私にそう言い残し、田中さんとA子さんはバスを降りて行った。
 私も次のバス停で降りることにする…そのバス停は、私がいつも降りていた場所だから。
 そこで降りれば、私の行くべき場所に行けるような気がする…。

※※※

「隣のA子さん」は、今日も田中さんの隣で笑っている-。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

名もない香りに包まれて。

羽月☆
恋愛
ずっと好きだと思って信じてた男はあっさりと目の前からいなくなった。 それなのにまだ私の周りではあいつの残したものが漂ってる。 松下 涼、全く人を見る目がなかった小娘だったらしい。 そんな私はあいつの複数の相手と同じ香りを纏って満足していたのだから。 何度も洗って風に当てた服からもかすかに感じられる残り香。 だってムキになって捨ててない香水はまだ部屋にある。 それもわざわざつけることもあるくらい。 今日もつけてきた。 新しい出会いに連れてきた。 それなのに『似合わない』ってはっきり言われた。 もちろん初対面の男に。 そんな最悪な感想で始まった出会い。 それは彼にはどうしても許せないポイントだったらしい。 川瀬 ほうか 『香り』を仕事にしてる人だった。 そんな人と出会った日から、新しい香りに慣れるまで。 そんな二人の話です。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。 だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。 そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。

崇神朝そしてヤマトタケルの謎

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
崇神天皇から景行天皇そしてヤマトタケルまでの歴史を再構築する。

女王曰く、

野良
青春
倉林宏樹は、もうずっと片想いをしている。天羽やちるは、もうずっと退屈している。そんな二人が同じ高校に通い、数多ある部活から弓道部を選択し、先輩後輩として関係を築いたことでそれぞれの日常が変化していく。

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

処理中です...