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16.病名

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賑わう街の声が聞こえないくらい遠くまで走ったところで、自分の息が荒いことに気付いて、ハッと立ち止まる。

人気の少ない路地の壁に背中をもたれかけると、そのままずるずると座り込んでしまった。

「…っ…、ぅ…!」

震える唇を強く噛み締めて、嗚咽を堪える。
俯いて、ぽたぽたとこぼれ落ちた涙が黒いシミをつくって地面を濡らしていく。




すぐに泣いてしまう弱い自分が嫌になって、必死に涙を拭っていると、通りを歩いていた複数の人影が僕の前で止まった。


「可愛い子ちゃんみっけー!」

「…え…」

まさか話しかけられるとは思っていなくて顔を上げると、スッとこちらにのばされた手が僕の手首を掴み、軽く引き寄せられた。

「うっわ、超美人じゃん。泣いちゃってるけど、失恋でもしたの?」
「辛いなら、俺らが慰めてあげよっか」

「…何を――!?」

言っているんだ、そう紡ごうとした言葉は、突然自分の視点が変えられたことによって空気に溶ける。

ドンっ、と背を強く地面に打ち付けて、痛みに思わず顔をしかめた。

僕の手を引いた男に押し倒されたのだ。

「っ、何するんですか!!離して下さいっ!」

手首をつかむ男の手を必死に振りほどこうと抵抗するが、周りにいた他の男達に体を抑えつけられ、動けなくなってしまう。

「大丈夫。オニーサン達上手だし、優しくしてあげるから。」

男の荒い息が耳にかかり、嫌悪感に鳥肌が立つ。

「本当にやめてくださいっ!!それに、僕は女性ではなく男です!お願いだから、離して……!」

半ば発狂するように懇願しても、男たちはなかなか離れてくれない。

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら服の上から僕の体を這わせていた手が局部に触れ、ビクッと肩が震えた。

「へぇ、驚いた。キミ、本当に男の子なんだね。
…じゃあ、今から俺達のメス女の子にしてあげよっかなー」

ばッと着ていたワンピースが捲られたかと思えば、服のはだけた部分から覗いていた太腿に触れられたり、挙句の果てに下着の上から後孔をトントンとつつかれてぞわぁッと総毛立つ。

「やだ、嫌、離してッ!!」

男達の手から逃れようと身を捩り、足をジタバタと動かして暴れる。

すると、僕の頭上で手首を拘束していた男が拳を振り上げた。

殴られる…!そう思って思わず強く目を瞑った――が、いつまで経っても衝撃はやってこなくて、僕は恐る恐る目を開けた。


「無理矢理はダメだよ。ね、ルキ」

「暴力はいけないことだよ。ね、ルカ」


……僕を殴ろうとしていた男の手を掴んでいたのは、先程街で出会った二人の男性だった。


二人は息の合った動きで僕を囲んでいた男達を蹴散らし、すぐには起き上がれないほどまでにしていた。


「…怪我はない?」

二人が「怖かったよね」と、唖然としていた僕の手を優しく取り、立ち上がらせてくれる。


「…どうして…」

「言ったでしょ?『簡単に襲われる』って。君は多分エルフだろうし、魅力的で可愛い。……だから、もしかしたら、って心配になって追い掛けてきたら案の定。」

苦笑を浮かべて肩をすくめた男性に僕は「ごめんなさい」とか細い声で告げた。

「謝らなくていいよ。君は何も悪くないでしょ?」

「…っ、…!」



助けが来て安心したからなのか、今日何度目かの涙が、また溢れ出した。

怖かったし、嫌悪感もあった。

なにより、知らない人間に触れられている感覚が気持ち悪くて仕方がなかった。









ルドルフさんの小屋から逃げ出した時、レオンさんにも一度触れられて、半強制的に達させられたことがあった。

それも下着越しからなどではなく、直に触れられて。

あの時はいくら薬の効果にやられていたとはいえ、正気が保てない程ではなかった。

それなのに。

固く、大きな手に触れられても、怖くはないし、嫌でもないのだ。

最初は、自分が誰かに触れられることにあまり恐怖を感じていないのかと思って、深く考えてはいなかった。

でも、違った。


違ったんだ。

僕は、レオンさんに触れられることには恐怖を感じていなかった。
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