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第三章 過去が背中を追いかけてくる

リディの悔恨

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「アディがゾルガ殿に稽古を付けてもらっているところを見た。私が知っていた頃からは恐ろしく成長していて、己の目が信じられなかったくらいだ」

 そう言ってリディは自嘲した。

「アディに比べれば、私など全く動いていなかったも同然だ。こんな体たらくでよく君を見下していたものだ。我ながら反吐が出る」
「お、おう……」

 え、何? 何突然反省大会始まってんの?
 そして見下してたって、はっきり本人に言っちゃう?
 リディは俺への謝意を表明しているんだろうけど、他の面々と態度が違いすぎてついていけない。

「……あの後、神官を入れたんだ。レベルは低いが能力は高く、自分にするのと同じくらい他人にも厳しい女性だった。そしてその直後にポーターとしてアディと同じくインベントリ持ちの盗賊の少年が入った。彼女はノーマがガリオンと少年を弄ぶような態度を許さず、今度はノーマが追い出されることになった」

 それってジョーイのことかな。
 ガリオンとヨナがいちゃついてるのは認めてたっぽいのに、なんでノーマはダメだったんだろう。
 ふたりに色気を振りまいてたのがダメだったんだろうか。

「結局その後すぐに、盗賊の少年も辞めた。辞める時に少年に怒鳴られた。曰く、自分は便利に動くアーティファクトではない、と。怒鳴られた時、私はアディを思いだした。アディは私たちに言ってくれなかったが、彼と同じように思っていたんじゃないか?」

 問われても俺には答えられない。
 いろいろと文句を言いながらも俺は、切り離されたあの時まで、なんだかんだ言ってあのままずるずると一緒に居るつもりだったからだ。
 しばしばとどめを横取りされて思うようにレベルを上げられず、あれこれと雑用を回されては、それぞれの私的な用事まで言いつけられるのに、むしろ必要とされているからだと自分に言い聞かせていた。
 今思い返すと、我ながらバカだな、とは思う。
 でもあの時は、あそこにしか自分の居場所がないと信じ込んでいたんだ。
 それだけだった。

「多分、君は私たちを許してくれたのではなく、成長した今、過去にとらわれる必要がなくなったのだろうな」

 リディは深く溜息を吐くと、痛々しく見える笑顔を浮かべて、ことさらに背筋を伸ばしてみせる。

「そして色々あって、我が『蜜花の集い』の面々は次々に追放された。こうして新しくパーティを組んでいるが『暁の星』は解散したわけではなく、我々もアディと同じように追放されたのだ。そして、情けなくも我らはお互いに気心が知れた相手だからとつるんでいた」

 そして『暁の星』が結局瓦解したことは……知らないんだろうな。
 教える必要もないけどさ。

「私が追放され、皆と合流したのはごく最近のことだ。後任のポーターに怒鳴られてから、よくアディのことを考えていた。成長すべきは私たちだった。それなのに、結局私は何も変われなかった。情けない」

 リディが追放されたのは見ていた、とは言えないな。
 だけど、結局ガリオンと怒鳴り合っていたのは何だったんだ。

「リディはどうして『暁の星』を抜けることに?」
「意見の相違、と言えばキレイごとに過ぎるな。後続のポーターに怒鳴られてからずっと、アディ、君のことを考えない日はなかった」

 リディみたいな綺麗な子に、ずっと君のことを考えてた、なんて言われたら普通は浮かれるものかもしれない。
 でも、まっすぐに俺を見つめる目に、浮ついたところなんて少しもなくて、それで、そういう意味で考えていたわけではないと嫌でも知れてしまう。
 ……ちぇっ。
 少なくともかつての仲間たちと、そういう関係になりたいとは微塵も思えないけど、少しくらいは華やかな思い出があったっていいじゃないか。

「私なりにガリオンのやり方に意見するようになって……少しづつ私とガリオンの仲が険悪になって、彼は私に向かって『女のくせに』と言ったよ。いつだってリディはすごい、頼りになると言った、あの口で」

 リディは視線を床に落とすと首を振った。

「結局、あの男にとって、私はアディと同じだった。自分を飾り立てるための便利な道具、いつでも便利に使える相手、その程度の認識だったのだろう。そして、私自身、アディ、君を同じように扱っていたと知った」

 それから少しだけ苦い笑いの混じった声で、呟くように言った。

「本当ならこの護衛依頼の間に君に時間を貰って、話をしたいと思っていた。受け入れてもらえなくても、謝罪をすべきだと思いつつ、なかなか行動に移せずにいるうちにこんなことになってしまった。私は呆れるほどに愚鈍だ。今更だとは思うが聞いてくれないか」
「……あぁ」

 リディは改めて姿勢を正すと、しっかりと俺の目を見つめてきた。
 俺もそれに応えて姿勢を正した。

「アディ、私はずっと君に申し訳のしようもないことをしていた。許してくれなどとは言えない。ただ、謝罪をさせてもらいたい。長い間すまなかった」

 両手両足を拘束されたリディには、ただ頭を下げることしかできず、リディは這いつくばるようにしてひたすらに俺に頭を下げ続ける。
 俺たちを慮ってくれているのか、同乗している皆は何も言わない。

「……もう気にしていないから許すとは言えないけど、リディの謝罪は受け取るよ」

 これは俺の嘘だ。
 気にしていないなんて本当なら言えない。
 多分、俺だってこの先もきっと何度も、あの時どうして俺は追放されたのかと、何かにつけ考えてしまうだろう。
 でも、もうこれ以上リディを責めようとは思えなかった。
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