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第三章 過去が背中を追いかけてくる

初めてのコーヒー

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 一日目の夜は何事もなく明けた。
 幸い、俺が夜番の時にはぐれボアが訪ねてきてくれたので、朝から心置きなく肉が食える。たまにこういう好奇心の強い個体がいて、野営地に近寄って来ちゃうんだ。
 そこそこの大きさだったから、この護衛中の肉には困らなさそうだ。
 さすがに夜番中に捌くほどの手間は掛けられないから、今日の休憩時間にでも捌くとしよう。
 残りのホーンラビットを全部使って、スープと焼肉を作る。
 昨日の飯と変わり映えはしないけど、なかなか上手くできて満足だ。

「うわぁ、朝から肉! マジで? 冒険者って豪勢なもの食ってんね」
「いやなら食わなくていいぞ」
「逆逆! 普段よりずっといいもの食えて感謝してます!」

 キースは美味そうに朝食を平らげると、けふ、と満足そうな息を吐いた。

「ンじゃ、俺はコーヒー淹れるよ。へへ、俺コーヒーにはちょっと自信あるんだよね」
「……コーヒーは初めて飲むな」

 村では見かけたこともなかったし、いい香りだけど紅茶に比べて高いうえに、黒々とした色が不気味だ。
 だから、試しに飲んでみようか、って気にはならなかったんだけど、せっかく淹れてくれるっていうなら……。
 キースが不思議な器具をセットして、まったりした優雅な手つきでコーヒーを淹れる。

「はい、どうぞ」
「いい香りだな……にがっ」

 期待たっぷりに口にして途端に裏切られた……。
 なんだよ、煎じ薬にも負けないくらい苦いじゃないか。

「慣れるとこの苦みが美味いんだけどね。砂糖入れる?」
「砂糖入れたぐらいでこの苦さが変わるか?」
「町に行ったらミルクコーヒーをごちそうするよ。きっと気に入るぜ?」

 砂糖をたっぷり入れてもらって甘苦くなったコーヒーを啜る。
 うーん、やっぱり苦手な苦さだけど、コーヒーも砂糖も高いもんだし残すのはもったいない。

 今日からはいよいよ山に入る。
 ここからが本番だ。

 王都、ファラネーサ間は、馬車でなければおよそ3日で着く。
 5日掛かるのは馬車に乗ったときの話だ。なお5日という移動日数は余裕を持って見積もられているので、実際には大体4日で着く。
 平地で整備された道であれば、馬車は徒歩よりずっと早いが、山道では泥濘に車輪を取られたりして遅くなる。
 もちろんどちらも運よく魔獣に襲われることがほとんどなければ、という注釈が付くし、徒歩での移動であれば馬車移動に比べてはるかに魔獣に襲われやすい。
 体格から強さを図っている魔獣も多いのか、馬車に乗っているとそれだけで襲われにくくなるのだ。
 ファラネーサ手前にあるこの山は、奥に行くほど強い魔獣が生息している。
 街道が通るあたりはもちろん強い魔獣の生息地は迂回しているのだが、それでも同じ山の中だけあって、運が悪いと思いもよらないようなデカい魔獣と出くわすことになる。
 護衛についた冒険者たちは、各々気合を入れなおし、武器の点検をしてから馬車に乗り込んだ。
 今日俺たちと同じ馬車に乗ったのは、イスルガとゾルガの兄弟だ。

 山に入ってしばらくすると、急に周囲が騒がしくなった。

「敵襲だ!」

 哨戒役からの鋭い警戒が走る。

「ほらぁ、やっぱりこっち側だっただろ?」

 得意げにイスルガがゾルガに言う。

「はいはい、お前は本当に俺に似ず賢いよ」

 ゾルガは軽くいなしながら、のっそりと馬車の外に出て行った。

「敵襲があるって知ってたんですか?」
「ほっほぅ、そのあたりの情報戦はわしらの戦いかのう」

 知ってたのに避けなかったのはなんで?
 あ、いや、『双轍そうてつ』を雇い入れてるのが対策ってことか。
 俺はどうしよう……と、キースの方を見ると、キースは落ち着かなさそうにきょろきょろしていた。
 そうだよな!
 護衛雇うの初めてで、どんな判断をしたらいいのかわからないよな。
 俺より焦っているキースを見ていたら、俺は急激に落ち着いた。
 外からは剣戟が聞こえている。
 このまま中にいたんじゃ状況がわからない。
 キャーキャー上がっている悲鳴は、襲撃を受けてのものか、それともただの恐怖からか、どちらだろう?

「キース。ご主人様、一体どうする?」
「えーと、えーと……」

 『双轍そうてつ』みたいなベテランがいるからには、この一瞬で命運を分けるということもないだろう。
 守る相手は一人なのに、勝手な判断をするわけにもいかないから、雇い主に判断を仰ぐと、キースは少しだけ逡巡してから叫ぶように言った。

「まずは状況確認! しかるのちに救援が必要そうなら手伝いを。俺はここで待機する」
「了解」

 ここには錬金術師のイスルガがいるから、防護だけなら問題はないはずだ。
 俺も馬車の外に出ると、外はひどい騒ぎになっていた。
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