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第三章 過去が背中を追いかけてくる
上級冒険者の気遣い
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「お気遣いはありがたいが遠慮する」
「え、なんで……」
断られるとは思わなかったのか、カスハはポカンとしている。
「おたく、『蜜花の集い』だったっけ? ひょっとして複数商会合同時の護衛依頼を受けるのは初めてかな?」
アントスの断りを引き継いで、イスルガが声を掛けた。
「え、えぇ……」
戸惑っている風だけど、断られているのにちゃっかりと座っているあたりが度胸あるよな。
「今、アディにも説明するところだったんだが、複数の商会で移動するような時は、基本よそから差し出された飲食物には手を付けないもんだ。特に主だった商会に雇われた時なんかはな。毒を盛られたら困るだろう?」
「わ、私、毒なんて……!」
カスハが焦って反論するが、イスルガは掌を向けて言葉を遮った。
「そのシチューに毒が盛られていると言っているわけじゃないから、まぁ聞け。盛るつもりはなくても、うっかり採取した物の中に間違えて毒物が混入することもあるし、毒物ではなくても当たることもある。だから、そういう危険を避けるため、依頼中はパーティ内でもメンバーを分けて違うものを食べたり、食事時間をずらしたりするんだ。特に護衛依頼中はな。上級ランクのパーティならそういうところは多いぞ」
「なるほど……」
それで今回このメンバーが先に食事をするわけか。
「それなら大丈夫です。もちろん毒なんて入れていないし、食中毒を起こすほど料理下手ではないですから」
ほっとした様子のカスハの言葉に、イスルガは苦笑いをした。
「少なくとも我々は君たちと初対面だし、その言葉でますます受け取るわけにはいかなくなったな」
「どうしてですか?」
「まずひとつに、我々は信頼関係を築けていないのに、断ってなお進めてくるような相手が出すものは信用ならない。もうひとつは、食中毒は料理が下手だから起きるものだと思っているような見識の甘さが露呈したことだ」
カスハは何を言われているのはわかっていない顔をしている。
まぁ、俺もよくわかってないんだけど。
「食中毒なんて、言ってしまえば運だ。どれだけ気を付けても、発生するときはする。もちろん可能性を限りなく低くすることはできるけど、過剰な自信は常に危険性を引き上げる。気をつけろよ。護衛の食い意地が張ってたせいで身動きが取れなくて依頼失敗なんて笑い話にもならないからな」
カスハは不満そうなのを隠しているつもりなのか、曖昧に笑った。
「大丈夫ですよ。ここにいる皆さんだけじゃなくて、私たちも【狼牙】の皆さんもいますし……」
あ、全然わかってない。
俺もちゃんと理解できたとはいいがたいけど、カスハが俺以上にわかってないのだけは理解できる。
イスルガは溜息を吐いて、アストンを見た。
「顔合わせの時、お互いにお互いの領分を侵すことないよう、個々に動くことは伝えたはずだ。お引き取り願おう」
重々しくアストンが宣言する。
「確かに言ってましたけど、それならどうしてアディも一緒なんですか?」
「アディは我々が招き、彼がそれに応えた。それだけだ」
カスハはまだ困ったみたいな態度でグズグズしてたけど、はっとした様子で顔を上げた。
「あぁ、そういうことか。わかった、わかっちゃいました。うふふ、お邪魔してすみませんでした。ですけど、アディは私たちとずっと一緒にやってきたんですよ?」
……なにがわかったの?
「お食事ご一緒できないのは残念です。ねぇアディ、この鍋預かっててくれない?」
「先程の理由から食糧を預かるのは感心できんな。アディ君も妙な疑いは持たれたくなかろう」
俺が断る前に、パウルが間に入ってくれた。
「えー、でも私とアディの仲ですし」
「以前のことは存ぜぬが、今は別パーティで、違う御仁から依頼を受けている最中ではないか」
あくまでも口振りは穏やかだけど、有無を言わせずにパウルが断じる。
「あ、あ、お騒がせしました。それじゃ、失礼します」
さすがにこれ以上食い下がると、痛くもない腹を探られると察したのか、カスハは立ち上がる。
ボアシチューの入った鍋を抱えて、よたよたと自分たちのテントに戻っていった。
あとに残された俺たちは、呆気に取られてその背中を見送るばかりだ。
「……何がわかったんだろうな?」
「さぁ?」
「イスルガの教えがわかったわけではなさそうだ」
じっと静観していたマーカムが結論付ける。
なんだか妙な空気になったところで、キースがそろっと手を上げた。
「あのー……俺も、参加させてもらうしってんでお菓子持ってきちゃったんですけど……」
「出がけにごそごそしてたの、それかぁ……」
この空気だと気まずいことをよく言ったな。
だけど、キースの発言でようやく明るい雰囲気が戻ってきた。
「あぁ、それはありがたく戴くよ」
「え、いいんですか?」
「これでもし毒が入っているなら、俺たちの見る目がなかったってことだろう」
茶目っ気たっぷりにイスルガが片目をつぶる。
そこからようやく食事になった。
もちろんカスハに毒を盛るような意図はないって信じてるけど、一つ引っかかっていることはある。
……俺、別にボアシチューが特別好きってわけじゃない。
ボアシチューが好きだったのはガリオンだ。
「え、なんで……」
断られるとは思わなかったのか、カスハはポカンとしている。
「おたく、『蜜花の集い』だったっけ? ひょっとして複数商会合同時の護衛依頼を受けるのは初めてかな?」
アントスの断りを引き継いで、イスルガが声を掛けた。
「え、えぇ……」
戸惑っている風だけど、断られているのにちゃっかりと座っているあたりが度胸あるよな。
「今、アディにも説明するところだったんだが、複数の商会で移動するような時は、基本よそから差し出された飲食物には手を付けないもんだ。特に主だった商会に雇われた時なんかはな。毒を盛られたら困るだろう?」
「わ、私、毒なんて……!」
カスハが焦って反論するが、イスルガは掌を向けて言葉を遮った。
「そのシチューに毒が盛られていると言っているわけじゃないから、まぁ聞け。盛るつもりはなくても、うっかり採取した物の中に間違えて毒物が混入することもあるし、毒物ではなくても当たることもある。だから、そういう危険を避けるため、依頼中はパーティ内でもメンバーを分けて違うものを食べたり、食事時間をずらしたりするんだ。特に護衛依頼中はな。上級ランクのパーティならそういうところは多いぞ」
「なるほど……」
それで今回このメンバーが先に食事をするわけか。
「それなら大丈夫です。もちろん毒なんて入れていないし、食中毒を起こすほど料理下手ではないですから」
ほっとした様子のカスハの言葉に、イスルガは苦笑いをした。
「少なくとも我々は君たちと初対面だし、その言葉でますます受け取るわけにはいかなくなったな」
「どうしてですか?」
「まずひとつに、我々は信頼関係を築けていないのに、断ってなお進めてくるような相手が出すものは信用ならない。もうひとつは、食中毒は料理が下手だから起きるものだと思っているような見識の甘さが露呈したことだ」
カスハは何を言われているのはわかっていない顔をしている。
まぁ、俺もよくわかってないんだけど。
「食中毒なんて、言ってしまえば運だ。どれだけ気を付けても、発生するときはする。もちろん可能性を限りなく低くすることはできるけど、過剰な自信は常に危険性を引き上げる。気をつけろよ。護衛の食い意地が張ってたせいで身動きが取れなくて依頼失敗なんて笑い話にもならないからな」
カスハは不満そうなのを隠しているつもりなのか、曖昧に笑った。
「大丈夫ですよ。ここにいる皆さんだけじゃなくて、私たちも【狼牙】の皆さんもいますし……」
あ、全然わかってない。
俺もちゃんと理解できたとはいいがたいけど、カスハが俺以上にわかってないのだけは理解できる。
イスルガは溜息を吐いて、アストンを見た。
「顔合わせの時、お互いにお互いの領分を侵すことないよう、個々に動くことは伝えたはずだ。お引き取り願おう」
重々しくアストンが宣言する。
「確かに言ってましたけど、それならどうしてアディも一緒なんですか?」
「アディは我々が招き、彼がそれに応えた。それだけだ」
カスハはまだ困ったみたいな態度でグズグズしてたけど、はっとした様子で顔を上げた。
「あぁ、そういうことか。わかった、わかっちゃいました。うふふ、お邪魔してすみませんでした。ですけど、アディは私たちとずっと一緒にやってきたんですよ?」
……なにがわかったの?
「お食事ご一緒できないのは残念です。ねぇアディ、この鍋預かっててくれない?」
「先程の理由から食糧を預かるのは感心できんな。アディ君も妙な疑いは持たれたくなかろう」
俺が断る前に、パウルが間に入ってくれた。
「えー、でも私とアディの仲ですし」
「以前のことは存ぜぬが、今は別パーティで、違う御仁から依頼を受けている最中ではないか」
あくまでも口振りは穏やかだけど、有無を言わせずにパウルが断じる。
「あ、あ、お騒がせしました。それじゃ、失礼します」
さすがにこれ以上食い下がると、痛くもない腹を探られると察したのか、カスハは立ち上がる。
ボアシチューの入った鍋を抱えて、よたよたと自分たちのテントに戻っていった。
あとに残された俺たちは、呆気に取られてその背中を見送るばかりだ。
「……何がわかったんだろうな?」
「さぁ?」
「イスルガの教えがわかったわけではなさそうだ」
じっと静観していたマーカムが結論付ける。
なんだか妙な空気になったところで、キースがそろっと手を上げた。
「あのー……俺も、参加させてもらうしってんでお菓子持ってきちゃったんですけど……」
「出がけにごそごそしてたの、それかぁ……」
この空気だと気まずいことをよく言ったな。
だけど、キースの発言でようやく明るい雰囲気が戻ってきた。
「あぁ、それはありがたく戴くよ」
「え、いいんですか?」
「これでもし毒が入っているなら、俺たちの見る目がなかったってことだろう」
茶目っ気たっぷりにイスルガが片目をつぶる。
そこからようやく食事になった。
もちろんカスハに毒を盛るような意図はないって信じてるけど、一つ引っかかっていることはある。
……俺、別にボアシチューが特別好きってわけじゃない。
ボアシチューが好きだったのはガリオンだ。
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