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第一章 すみません甘えてました

ケーキ食べ放題(実費)

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「まずは、お互いの自己紹介からよね」

 ふふふ、と美人さんが笑う。
 ここでは視線がうるさくて落ち着かないから、と、冒険者ギルドから可愛らしいカフェへと移動をしたのだが……。
 視線がうるさいのは変わらない……というか、普段なら恨みがましい目でしか見たことのないカップルたちに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 俺の正面に座っているのは、ヘタをすると下品にすら見えかねない真っ赤なドレスを、いとも美しく着こなした極上の美女だ。
 二の腕をふんわりと包む袖は、男心をそそらんばかりに透けていて、禁欲的に首を覆った襟を、逆に蠱惑的に見せている。
 内側から滲むように赤い唇も、頬まで影を作る長いまつ毛も、清楚なのに誘うようで、ついつい視線が吸い寄せられる。
 高く結い上げられた艶やかで真っ黒な髪の後れ毛が、もっと乱してほしいと強請ってくるように見えて、手を伸ばせと誘惑してくる。
 ……にも拘らず、その両脇に座った女性たちにも、目を奪われずにはいられない。

「エリー様ぁ、その前に注文しなきゃですよぉ。あーん、このクマちゃんケーキ可愛いぃ。いちごのぉ、お帽子みたいなケーキも可愛いけどぉ、どっちにしようかなぁ。迷うぅ~」
「両方頼めばいいでしょう。あぁ、私はここからここまで全部。それと、紅茶。エリー様も紅茶でよろしゅうございますか?」
「ええ」

 俺から見て右側に腰掛けている少女(?)は、声音こそやたらに甘く鼻に掛かっていて、纏う服も語尾の伸びた喋り方も、それにふさわしく甘ったるいが、どうみても少でも女でもない。
 ありていに言えば、ピンクのフリルをこれでもかと身に纏った壮年のおっさんである。
 パイピングリボンがたっぷりついた胸元をはち切れんばかりに持ち上げているのは、乳房などではなく大胸筋なのは想像に難くないし、バルーンスリーブの中にはみっちりと上腕二頭筋が詰まっていそうだ。
 顔の方も、彫の深さと瞳を長いまつ毛で縁取られているせいで、頬紅を塗られたキングロックエイプにしか見えない。
 顔の両サイド、高い位置で括られた金髪は縦にドリルを描いていて、飾られているリボンを抜きにしてもますますの迫力を醸し出している。
 左側に座している枯れ木の精霊(仮)が黒一色な分地味かといえば、そんなこともなく、頭上から鳥の巣でも垂らしているのかという髪はうねうねと絡み合っており、何でよりによってその形を選んだと聞きたくなる黒い丸眼鏡がうさん臭さをこれでもかと漂わせている。個人の相貌についてとやかく言うのもどうかとは思うが、顎も鼻もしゃくれているうえにやや曲がっているのが、ますます枯れ木じみて見える。

「あなたは、いかがなさいます?」

 あまりじろじろ見ては失礼だとわかっているのに、ついしげしげと観察したくなる面々に、どうにか目を反らしていると、エリーさんに問いかけられた。

「あ、はい。僕もそれで」

 何を注文したかは聞いていなかったが、この状況では何を飲み食いしたところで味なんかしないだろう。
 店員も他の客も、見てはいけないものを見ているかのように、あからさまにこのテーブルから視線をそらしている。
 そらした視線もまたうるさいだなんて、初めて知ったよ。
 注文を終えてからも、フリルエイプはきゃいきゃいメニューを見ながら枯れ木(仮)に話しかけていて、エリーさんはそんなふたりを温かい眼差しで見守っている……ように見えた。
 俺は、といえば、なぜ自分がここに居るのかよくわからず、ずっとテーブルと自分の腹の間の空間を見つめていた。
 やがて、ウエイトレスさんがぷるぷると手を震わせながら、紅茶とそれからテーブル一杯のケーキを持ってきてくれた。
 あらかじめ枯れ木(仮)に許可を取って、ケーキが複数種類一つの皿に盛りあわされている。それでも、テーブルの上に乗り切るにはぎりぎりだった。

「もぉう、スーちゃんはわかってなぁい。ケーキはぁ、盛り付けも美味しさのうちでしょお。目で楽しんで、シチュエーションも楽しんであげなきゃ、ケーキがかわいそう!」

 ぷんすこ、と唇を尖らせているが、その……それはエイプ似のおっさんがしていい表情ではない。というか、その感情表現が許されるのは幼女までだ。

 そして、スーちゃんこと枯れ木(仮)よ。
 お前はどれほどの砂糖を紅茶に入れたら気が済むのだ。
 飽和溶液でも作っているのか。
 ばっさばっさとカップに大量の砂糖を放り込んでは掻き混ぜている。
 それを飲むのか。……飲むんだな。
 なんだ、この状況。
 あぁ、周囲のカップルに申し訳ない。
 雰囲気ぶち壊しなんてもんじゃないよな。
 だが、俺は無力だ……すまん、すまん。
 謝って済む問題でもないが、すまん。
 俺はどうにか気持ちを落ち着けようと、カップに口を付ける。

「あ、美味い」

 砂糖なしでもほんのりとした甘みのある紅茶は薫り高く、普段俺が飲んでいるお茶とは比べ物にならなかった。

「それは、よかった。お連れした甲斐がありました。ここはケーキも美味しいんですよ」

 でしょうね。
 一口、口に運んでは頬に手を当てて身を震わせているフリルの塊が、それを主張してくれています。
 枯れ木(仮)が吸い込むような勢いで平らげているのも、きっととても美味しいからなんでしょうね。
 俺は見ているだけでおなかがいっぱいです。

「さて、改めて自己紹介をさせて下さい。私はエリーと申します。レベル123の魔法剣士です」
「123!?」

 白目を剥きかけた俺に、ピンクフリルエイプが追撃を喰らわせてきた。

「はいはーい。アリスはぁ、242の盾使いだよぉ!」
「私……ス……スザンナ、は、魔術師で先日レベル260になりました」

 242に260!?
 桁が違うどころじゃないじゃないか。
 見た目だけじゃない化け物に囲まれていることを知らされて、まだ温かいカップに触れているのにどんどんと指先が冷たくなった。
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