上 下
1 / 9

出来損ないと呼ばれる男 

しおりを挟む
子供が嫌いな親なんていない。

この言葉を聞くたび、俺は嘘だと思ってしまう。

それならば虐待なんて起こらないし、家族を殺すなんてニュースを聞くはずがない。

少なからず俺の親、正確には父親は俺を嫌っている。

木崎昭蔵(きざきしょうぞう)。

木崎ファイナンスの社長で、数百億円とも言われる金を所有している。

俺、木崎智哉(きざきともや)はそこの次男だ。

長男、木崎誠治(きざきせいじ)は成績優秀、容姿端麗でなんでもそつなくこなす男だ。

一方俺は成績はまぁまぁ、容姿も普通、簡単にいうどこにでもいる男。


父は兄を溺愛している。

次期社長としても、自分の息子としても。

兄にはいろんなものを買い与え、愛情を注いでいる。

俺には愛情なんて一切ない。

なにかを買ってもらったことなんてないし、どこかに連れていったもらったことなんてない。

父は俺のことをよく「出来損ない」と言う。

多分、本気でそう思ってるんだろう。

彼の妻、つまり俺の母親、木崎幸枝(きざきゆきえ)は父に怯えている。

そのためなにも言えずに父の言うままに動いている。

俺とまともに会話したことはない。

兄は俺に優しくしてくれている。

本当の兄弟のように 。

しかし、俺には今一つ信用できないところがある。

こんなにも違う弟を本当に愛しているのか、俺に優しくしているのは自分をよく見せるための計算なんじゃないか。

そう疑わずにはいられないのだ。


桜島は今日も灰を出しながら鹿児島を見つめている。

今日はこっちに灰が降らなきゃいいなぁ。

そんなことを思いながら今日も1日が過ぎていく。




俺の朝は大体決まっている。

朝6:30分に起きて、食事して、学校に行く準備をして、出掛ける。

至って普通だ。


「おはよう、智哉。」

「おはよう、兄さん。」

朝食は大体兄と二人で食べる。

父は朝早くに会社に行くことが多い。

会社の方が落ち着くようだ。

「どうだ?学校は?」

「特に大したことはないよ。強いて言えば文化祭が近くなってきたから若干騒がしくなってきたくらいかな。」

「文化祭かぁ。懐かしいなぁ。」

兄は現在大学生だ。

県内で超有名な大学で特待生として注目されている。

「さて、そろそろ行くかな。」

「行ってらっしゃい。気を付けてな。」

「了解。」

兄は笑顔で見送ってきた。

…イケメンだなぁ。

そんな風に思いながら部屋のドアを開けた。

「行ってらっしゃいませ。智哉お坊っちゃま。」

「行ってきます。妙子さん。」

玄関で見送ってくれたのは家政婦の梅原妙子(うめはらたえこ)さん。

とても優しい女性だ。

僕の話をちゃんと聞いてくれる。

ただ、お坊っちゃまと呼ぶのはやめてほしい。

地味に恥ずかしい。

まぁ、言っても直してはくれないのだが。

若干諦めながら俺は家を出た。



11月になると学校は騒がしくなるものだ。

僕の通っている学校も例外ではない。

文化祭の準備でザワザワしている。

現在は昼休みだ。

「智哉、一緒に弁当食おうぜ。」

「OK。」

彼は霧島幸一(きりしまこういち)。

見た目はヤンキーっぽいが、性格は優しい。

サッカー部のエースだ。

俺たちが弁当を食べるのはいつも屋上だ。

静かだし空気が旨い。

「昨日試合だったんだろ?どうだった?」

「勝ったよ。俺の華麗なシュートでスパーっと。」

「何言ってんの?こーちゃんシュート一本も入らなかったでしょ。」

「ちょっ、言うなよ桜!」

霧島を「こーちゃん」と呼ぶのは、本田桜(ほんださくら)。

サッカー部のマネージャーだ。

この二人、お互いが好意を持っている。

端から見ると分かりやすいくらいに。

しかし、どちらも言い出せないでいる。

友達の観点から言わせてもらうと、早く付き合ってほしい。

間に挟まれてる俺の身にもなってほしいものだ。

そんな二人の会話を聞きながら、俺は黙々と弁当を食べていた。


俺は美術部に所属している。

自慢じゃないが、絵は得意な方だ。

俺は放課後は毎日美術部に行って絵を描いている。

家に帰るのが嫌だというのもあるが、単純に絵を描いてるのが楽しいからだ。

今日も変わらず絵を描いている。

美術部は基本部活に来る人は少ない。

たまに部員全員で先生の指導を受けたりしているが、それ以外は来たいときに来て、絵を描くというスタンスだ。

部活としてどうなんだろうか。

割りと熱心に部活に参加しているのは、俺ともう一人、後輩の神崎さなえ(かんざきさなえ)くらいだ。

今日は用事があったようで来ていないが。

彼女には絵の才能がある。

「コンクールに出したらどうか」と言っているのだが、「自分なんてまだまだです。」と言われるばかり。

彼女は少々引っ込み思案な性格だ。

もうちょっと自信を持ってもいいと思うのだが。

せっかく可愛いのだから。

本人にこれを言ったらゆでダコみたいに赤くなるだろうが。



俺には妙子さんの他にもう一人良き相談相手がいる。

「こんにちは智哉くん。」

「こんにちは巽さん。」

家の近所に住んでいる巽敬助(たつみけいすけ )さん。

5年前まで高校の教師をしていた人だ。

あることがきっかけで辞めてしまったが。

出会いはなんてこともないことだった。

たまたま家の近くで絵を描いていたら、それを見た巽さんが絵を絶賛してくれた。

それから流れで仲良くなったのだ。

今ではよく家にお邪魔している。

仏壇の前で手を合わせた。

「もう5年だ。」

「5年ですか…。確か病気で亡くなったんですよね。」

「ああ、生きていれば君と同い年だ。」

彼には娘がいた。

名前は巽咲(たつみさき)ちゃん。

昔から心臓が弱かったそうで、12歳の時に心臓発作を起こして亡くなってしまった。

それから続くようにして奥さんも亡くなってしまったそうだ。

そのショックからか、先生は教師を辞めてしまった。

今では少しずつ立ち直り、家庭教師をしているそうだ。

この話をするとき、巽さんは寂しそうな顔をする。

見ていて胸が痛い。


家に帰ってから、すぐに夕食になった。

夕食の時は家族が皆揃う。

兄も母も、そしてもちろん父も。

「どうだ大学は。勉強捗ってるか。」

「うん。何の問題もなく過ごしてるよ。」

「さすが私の息子だ。お前は私のあとを継ぐ人間だ。しっかりと勉強しろ。どこかの出来損ないと同じにならないようにな。」

我が家の会話は毎回同じだ。

兄を褒めちぎり、俺を貶す。

母はそれを見ている。

365日ほぼ変わらない。

家族が揃うときは俺にとっては地獄だ。


今日はやけに疲れた。

いつもと変わらない日常なのに。

ストレスが溜まってるのだろうか。

父は俺が秘密を握っていることを知っているのだろうか。

バレていないだろうと思い込んでいる秘密を。

多分、告発しても大したダメージにならないだろうが。

「兄さんに話したらどんな顔するかなぁ。」

そんなことを考えているうちに、自然と瞼が重くなった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤い口紅トリック

サッキー(メガネ)
ミステリー
あらすじ 白河圭吾と如月煌太は、黒咲百合花に誘われジュエリーブランドKITAHARAの創立60周年記念パーティーに来ていた。 そこで社長の喜多原要蔵が殺害され、百合花にあらぬ疑いがかけられることに。 圭吾は急転直下の早さで事件を解決に導いていく。 ドラマ化したいほどのキャラクター設定にしてみました。

「鏡像のイデア」 難解な推理小説

葉羽
ミステリー
豪邸に一人暮らしする天才高校生、神藤葉羽(しんどう はね)。幼馴染の望月彩由美との平穏な日常は、一枚の奇妙な鏡によって破られる。鏡に映る自分は、確かに自分自身なのに、どこか異質な存在感を放っていた。やがて葉羽は、鏡像と現実が融合する禁断の現象、「鏡像融合」に巻き込まれていく。時を同じくして街では異形の存在が目撃され、空間に歪みが生じ始める。鏡像、異次元、そして幼馴染の少女。複雑に絡み合う謎を解き明かそうとする葉羽の前に、想像を絶する恐怖が待ち受けていた。

残響鎮魂歌(レクイエム)

葉羽
ミステリー
天才高校生、神藤葉羽は幼馴染の望月彩由美と共に、古びた豪邸で起きた奇妙な心臓発作死の謎に挑む。被害者には外傷がなく、現場にはただ古いレコード盤が残されていた。葉羽が調査を進めるにつれ、豪邸の過去と「時間音響学」という謎めいた技術が浮かび上がる。不可解な現象と幻聴に悩まされる中、葉羽は過去の惨劇と現代の死が共鳴していることに気づく。音に潜む恐怖と、記憶の迷宮が彼を戦慄の真実へと導く。

願いの手紙

奥あずさ
ミステリー
「あなたの家で人が死んでいます」    突然かかってきた謎の電話・・・・・・かけつけると、そこには確かに遺体があった。  亡くなっている人は誰、電話をかけたのは何者、そして誰が殺したの?  全ては1つに繋がることになる・・・・・・

歪像の館と消えた令嬢

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽(しんどう はね)は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の親友である財閥令嬢、綺羅星天音(きらぼしてんね)が、曰くつきの洋館「視界館」で行われたパーティーの後、忽然と姿を消したというのだ。天音が最後に目撃されたのは、館の「歪みの部屋」。そこでは、目撃者たちの証言が奇妙に食い違い、まるで天音と瓜二つの誰かが入れ替わったかのような状況だった。葉羽は彩由美と共に視界館を訪れ、館に隠された恐るべき謎に挑む。視覚と認識を歪める館の構造、錯綜する証言、そして暗闇に蠢く不気味な影……葉羽は持ち前の推理力で真相を解き明かせるのか?それとも、館の闇に囚われ、永遠に迷い続けるのか?

暗闇の中の囁き

葉羽
ミステリー
名門の作家、黒崎一郎が自らの死を予感し、最後の作品『囁く影』を執筆する。その作品には、彼の過去や周囲の人間関係が暗号のように隠されている。彼の死後、古びた洋館で起きた不可解な殺人事件。被害者は、彼の作品の熱心なファンであり、館の中で自殺したかのように見せかけられていた。しかし、その背後には、作家の遺作に仕込まれた恐ろしいトリックと、館に潜む恐怖が待ち受けていた。探偵の名探偵、青木は、暗号を解読しながら事件の真相に迫っていくが、次第に彼自身も館の恐怖に飲み込まれていく。果たして、彼は真実を見つけ出し、恐怖から逃れることができるのか?

パンドラは二度闇に眠る

しまおか
ミステリー
M県の田舎町から同じM県の若竹学園にある街へと移り住んだ和多津美樹(ワダツミキ)と、訳ありの両親を持つ若竹学園の進学コースに通う高一男子の来音心(キネシン)が中心となる物語。互いに絡む秘密を暴くと、衝撃の事実が!

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

処理中です...