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第151話
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それから六日後の日曜は、朝から雨がしとしと降っていた。遂にTも梅雨入りしたのかと思ったが、気象庁はまだ宣言を出していない。
俺は朝の妊婦スクワットを済ませ、京一郎に命令して無糖のココアを淹れて貰い、キッチンの隅の専用スペースで一服していた。もう六月の半ばだけれど雨が降っていて少し肌寒いから、愛用のハリネズミ柄の大判ブランケットを腹に巻いている。
「あずさ、昼には久し振りにほうれん草のグラタンを作るつもりだが、良いか?」
「……」
「あずさ?」
エプロン姿の京一郎に何気無く尋ねられて、俺は彼を見たけれど何も答えなかった。すると京一郎は怪訝な顔になったが、ハッとした様子になり「まさか生まれるのか!?」と叫んだ。
「生まれないぞ! 今日は日曜だからだ」
「は? 日曜だと生まれないのか?」
「そうじゃなくて、今日は日曜だから耳も休ませてやったんだ。そういう俺なりのウィットだよ、ウィット」
「ええ……不安になるからやめてくれ」
因みに、発言の元ネタは伝説の漫才コンビ「ザ・ポンチ」のギャグである。京一郎も当然知っているが眉を寄せてそう頼んだので、俺はぺろっと舌を出すと「ごめんちょ!」と謝った。
「それはそうと、明日は予定日ですな! 今の所全然生まれる感じしないけど……」
そう、今日は六月の十二日で出産予定日の前日だった。しかし全く生まれそうな気配は無いから、俺はいつも通りに過ごしていた——一方、京一郎は朝からずっとそわそわしている。
「知らないうちに子宮口が開いているかも知れないんだろう? 明日測るが……」
「まあ、先生は予定日は確実に過ぎるって言ってたじゃん。だから今日明日は焦っても仕方無いぞ! 京一郎きゅん!」
「そうだが……まあ良い、とにかくグラタンを作るぞ」
「Kのチーズ屋さんが作ったミックスチーズ『ぶっ掛けちー』と茹で卵をこれでもか! という程入れてくれよな!」
「分かった。あずさちゃんの大好きなウインナーも沢山入れてやる」
「わーい! 流石京一ん◯ん! ウインナーと親和性が高い!」
「……」
京一郎の優しい言葉を、例によって俺はお下品発言で台無しにした……。
そうして京一郎は手際良く料理し、俺は正午過ぎには出来立てほかほかのほうれん草のグラタンに有り付くことが出来た。園瀬家では定番の献立だが、飽きるということが無いので俺はぱくぱく食べた。
「うー、お腹一杯じゃ。京一郎きゅん、テンキュー!」
「それは良かった。好きなだけ食べて最早妖怪卵達磨デラックスになっているが、いよいよお産だからな」
「妖怪卵達磨デラックス!? 勿論カラーはゴールドだよな!?」
「怒るのではなくてカラーを指定するのか……」
すっかりグラタンを平らげた後、京一郎の発言にノリノリで乗っかったら彼は呆れたように呟いたが、直ぐにフッと笑った。
「そういえば、京一郎きゅん! りょーちゃんが出て来るところの写真を撮るんじゃろう!? あっ、出て来るところって俺のお股って意味じゃないぞ!」
「そんなこと分かっている……それがどうかしたか?」
「りょーちゃんが大きくなって、写真を見た時にウケるネタを仕込みたいんだ! 例えば、額にマジックで『りょーちゃんへ 生まれて来てくれてありがとう』って書くとか……」
「額にマジックで書くのか!? いや、流石にそれは……」
「油性でも汗で滲んじゃいそうだよな。うーむ……」
「流石あずさだ。発想が斜め上どころか、宇宙空間まで突き抜けている」
「何だよその言い草!」
良いアイデアだと思ったのに、京一郎は呆れ顔でそう言ったから俺は憤慨した。しかし、額にマジックでメッセージが書かれた妊夫が苦しんでいる様子を長時間見ることになるスタッフさん達が気の毒かも知れないので、やめることにした。
「そうだな、じゃあ額はやめておっぱいに書くか! それなら分娩中は見えないからな! ガブちゃんが使ってたやつみたいなボディペインティング用のペンで……」
「ブッ」
本当に良いことを思いついた! と目をきらきら輝かせてそう言ったら、京一郎が飲んでいたカフェオレを盛大に噴いた。そしてゲホゲホと咳き込み、急いでボックスからティッシュを取るとテーブルの上を拭いた。それからゴホンと咳払いして言う。
「それで、おっぱいにメッセージを書いて、そこを写真に撮れというんだな?」
「そうそう。赤ちゃんって生まれた後、ママの胸のところに乗っけるだろ? そこにさっき言ったメッセージを書くんだよ!」
「ふむ。改めて聞くと割とまともなアイデアのような気がして来た……」
「だろ! やっぱり俺っちって天才だな! あっ、何なら今からペン買って来ようぜ! そんで予行演習する……」
「は? 試し書きするということか?」
「うん! 京一郎きゅん、俺のおっぱいに好きなだけ落書きして良いぞ!」
「おっぱいに落書き……」
「『俺専用乳首』とか『テストに出る! 乳輪が大きいのがポイント』とか……」
「例文が下品過ぎる……」
京一郎は俺の言葉にげんなりした顔になったが、すっくと立ち上がると「よし、文房具屋に行くぞ」と言った……。
俺は朝の妊婦スクワットを済ませ、京一郎に命令して無糖のココアを淹れて貰い、キッチンの隅の専用スペースで一服していた。もう六月の半ばだけれど雨が降っていて少し肌寒いから、愛用のハリネズミ柄の大判ブランケットを腹に巻いている。
「あずさ、昼には久し振りにほうれん草のグラタンを作るつもりだが、良いか?」
「……」
「あずさ?」
エプロン姿の京一郎に何気無く尋ねられて、俺は彼を見たけれど何も答えなかった。すると京一郎は怪訝な顔になったが、ハッとした様子になり「まさか生まれるのか!?」と叫んだ。
「生まれないぞ! 今日は日曜だからだ」
「は? 日曜だと生まれないのか?」
「そうじゃなくて、今日は日曜だから耳も休ませてやったんだ。そういう俺なりのウィットだよ、ウィット」
「ええ……不安になるからやめてくれ」
因みに、発言の元ネタは伝説の漫才コンビ「ザ・ポンチ」のギャグである。京一郎も当然知っているが眉を寄せてそう頼んだので、俺はぺろっと舌を出すと「ごめんちょ!」と謝った。
「それはそうと、明日は予定日ですな! 今の所全然生まれる感じしないけど……」
そう、今日は六月の十二日で出産予定日の前日だった。しかし全く生まれそうな気配は無いから、俺はいつも通りに過ごしていた——一方、京一郎は朝からずっとそわそわしている。
「知らないうちに子宮口が開いているかも知れないんだろう? 明日測るが……」
「まあ、先生は予定日は確実に過ぎるって言ってたじゃん。だから今日明日は焦っても仕方無いぞ! 京一郎きゅん!」
「そうだが……まあ良い、とにかくグラタンを作るぞ」
「Kのチーズ屋さんが作ったミックスチーズ『ぶっ掛けちー』と茹で卵をこれでもか! という程入れてくれよな!」
「分かった。あずさちゃんの大好きなウインナーも沢山入れてやる」
「わーい! 流石京一ん◯ん! ウインナーと親和性が高い!」
「……」
京一郎の優しい言葉を、例によって俺はお下品発言で台無しにした……。
そうして京一郎は手際良く料理し、俺は正午過ぎには出来立てほかほかのほうれん草のグラタンに有り付くことが出来た。園瀬家では定番の献立だが、飽きるということが無いので俺はぱくぱく食べた。
「うー、お腹一杯じゃ。京一郎きゅん、テンキュー!」
「それは良かった。好きなだけ食べて最早妖怪卵達磨デラックスになっているが、いよいよお産だからな」
「妖怪卵達磨デラックス!? 勿論カラーはゴールドだよな!?」
「怒るのではなくてカラーを指定するのか……」
すっかりグラタンを平らげた後、京一郎の発言にノリノリで乗っかったら彼は呆れたように呟いたが、直ぐにフッと笑った。
「そういえば、京一郎きゅん! りょーちゃんが出て来るところの写真を撮るんじゃろう!? あっ、出て来るところって俺のお股って意味じゃないぞ!」
「そんなこと分かっている……それがどうかしたか?」
「りょーちゃんが大きくなって、写真を見た時にウケるネタを仕込みたいんだ! 例えば、額にマジックで『りょーちゃんへ 生まれて来てくれてありがとう』って書くとか……」
「額にマジックで書くのか!? いや、流石にそれは……」
「油性でも汗で滲んじゃいそうだよな。うーむ……」
「流石あずさだ。発想が斜め上どころか、宇宙空間まで突き抜けている」
「何だよその言い草!」
良いアイデアだと思ったのに、京一郎は呆れ顔でそう言ったから俺は憤慨した。しかし、額にマジックでメッセージが書かれた妊夫が苦しんでいる様子を長時間見ることになるスタッフさん達が気の毒かも知れないので、やめることにした。
「そうだな、じゃあ額はやめておっぱいに書くか! それなら分娩中は見えないからな! ガブちゃんが使ってたやつみたいなボディペインティング用のペンで……」
「ブッ」
本当に良いことを思いついた! と目をきらきら輝かせてそう言ったら、京一郎が飲んでいたカフェオレを盛大に噴いた。そしてゲホゲホと咳き込み、急いでボックスからティッシュを取るとテーブルの上を拭いた。それからゴホンと咳払いして言う。
「それで、おっぱいにメッセージを書いて、そこを写真に撮れというんだな?」
「そうそう。赤ちゃんって生まれた後、ママの胸のところに乗っけるだろ? そこにさっき言ったメッセージを書くんだよ!」
「ふむ。改めて聞くと割とまともなアイデアのような気がして来た……」
「だろ! やっぱり俺っちって天才だな! あっ、何なら今からペン買って来ようぜ! そんで予行演習する……」
「は? 試し書きするということか?」
「うん! 京一郎きゅん、俺のおっぱいに好きなだけ落書きして良いぞ!」
「おっぱいに落書き……」
「『俺専用乳首』とか『テストに出る! 乳輪が大きいのがポイント』とか……」
「例文が下品過ぎる……」
京一郎は俺の言葉にげんなりした顔になったが、すっくと立ち上がると「よし、文房具屋に行くぞ」と言った……。
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