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第142話
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ガブちゃんは淀みなく筆を動かし続け、三十分もすると大まかな図案が出来上がった。それらが乾くのを待って、細い筆に持ち替えて細かい線を描き込む。
「ブヒョ、細い筆は更に擽った……ブヒィッ!」
「ア、ゴメンナサイ。お臍に引っ掛けてしまっタ」
「悲鳴に至っては丸切り豚じゃないか……」
ガブちゃんが絵の具を足そうと筆を離した拍子に、ほんの少し指先が臍に引っ掛かって俺は悲鳴を上げた。作業を見守っている京一郎が呆れて呟いたが無視して、ガブちゃんに質問する。
「マタニティペイントが完成したら、この部屋で京一郎が撮影してくれる予定なんだけど……その後は、せっかくだし腹を放り出して街を練り歩くのとかどーかな? ガブちゃん」
「腹を放り出して街を練り歩く!?」
「アア、練り歩くノ、イイネ。景色のイイ所で撮影するとイイ」
俺の提案を聞いた京一郎は素っ頓狂な声を上げたが、ガブちゃんは例によって賛成してくれた。すると、眉を寄せた京一郎が口を開く。
「景色の良い場所で撮影するのは良いが、腹を放り出して練り歩くのはやめろ」
「だって、せっかくガブちゃんが描いてくれた絵なのに、道行く人人に見せびらかしたいだろ!」
「駄目だ。りょーちゃんに何かあったらどうする。それに日焼けして、絵の色が変わってしまうかも知れない」
「言われてみればそうだな……」
「では、臍出しルックのお洋服を着テ、その上から透明のゴミ袋を被ったらどうデスカ? それに日傘を差したら、紫外線も防げル」
「言い出しっぺは俺だけど、中中とんでもないアイデアだな!! でも採用!!」
「……」
京一郎の指摘に納得し掛けていたら、ガブちゃんが妥協案を思いついて俺は目を輝かせた(京一郎は最早何も言わないでため息を吐いた)……。
一時間半後にはすっかり絵が完成した。あんなに早く筆を動かしていたのに、俺の腹に描かれた絵はとびきり細密だ——絵の具が完全に乾くまではその場を動くことが出来ないので、俺は京一郎に「鏡を持って来い! 京一郎きゅん!」と命令した。
「おお、おお……」
「素晴らしいですね! あずさが注文したピンクのう◯こ宝石まで芸術的だ……」
京一郎が持って来た大きな鏡で腹を写したら、真上から見るのよりもずっと美しかった。臍の直ぐ上には、京一郎こだわりの椋の木の葉っぱが大きく描かれており、その下からピンクのう◯こ宝石がちょこんと顔を覗かせている。その周りでは、全体的に緑掛かった宝石やアクセサリーが紋様のように絡み合っていて、俺達の要望を取り入れながらもちゃんとガブちゃんならではの作品だった。彼の才能に只只恐れ慄いていると、京一郎が目を輝かせて感想を言った。
「気に入って頂けて良かっタ。後五分位で動いてもダイジョウブだと思いマスカラ、思う存分撮影シテ下サイ、京一郎」
「はい! 素敵な作品を描いて下さり、本当にありがとうございました」
京一郎はガブちゃんに向かって深深と頭を下げてそう言い、俺も彼に倣って「ありがとな! ガブちゃん」と礼を言った。すると、広げていた道具を片付け始めたガブちゃんが、「ところデ京一郎、絵のモデルの話は引き受けてくれル?」と尋ねた。
「うっ、はい、勿論……」
「ありがとう! では、詳細は後ホドメールしマスネ」
「へえ、良かったじゃん、京一郎きゅん! 肖像画になったら世界中の人に見て貰えるし、ひょっとしたら美術館に収蔵されるかも知れないぞ! とびきり美形でも、スンゲー陰キャの京一郎きゅんにしては大出世だ!」
「ナチュラルに侮辱するのはやめろ」
素晴らしい作品を描いてくれたから、京一郎は小さく呻いたけれどガブちゃんの頼みを引き受けた。だからそう声を掛けてやると、仏頂面で文句を言った。一方、ガブちゃんは上機嫌になり、鼻歌を歌いながらさっさと片付けを済ませ、帰り支度を整えると「ソレデハ、失礼しマス」と言ってぺこりと頭を下げた。
「あっ、ちょっと待って下さい。現金でお支払いします」
「ありがとうございます。助かりマァス」
彼を呼び止めた京一郎は、慌ただしくスタジオを出て行くと直ぐに戻って来て、茶封筒を恭しく差し出した。それを受け取ったガブちゃんはさっと中身を確認し、ちらっと見えた諭吉が思ったより沢山居たので俺は目を見開いた。
「ハイ、確かニ。それでは、領収書をお渡ししますネ」
そうしてガブちゃんから領収書を受け取って、マタニティペイントの依頼が完了した……。
「ブヒョ、細い筆は更に擽った……ブヒィッ!」
「ア、ゴメンナサイ。お臍に引っ掛けてしまっタ」
「悲鳴に至っては丸切り豚じゃないか……」
ガブちゃんが絵の具を足そうと筆を離した拍子に、ほんの少し指先が臍に引っ掛かって俺は悲鳴を上げた。作業を見守っている京一郎が呆れて呟いたが無視して、ガブちゃんに質問する。
「マタニティペイントが完成したら、この部屋で京一郎が撮影してくれる予定なんだけど……その後は、せっかくだし腹を放り出して街を練り歩くのとかどーかな? ガブちゃん」
「腹を放り出して街を練り歩く!?」
「アア、練り歩くノ、イイネ。景色のイイ所で撮影するとイイ」
俺の提案を聞いた京一郎は素っ頓狂な声を上げたが、ガブちゃんは例によって賛成してくれた。すると、眉を寄せた京一郎が口を開く。
「景色の良い場所で撮影するのは良いが、腹を放り出して練り歩くのはやめろ」
「だって、せっかくガブちゃんが描いてくれた絵なのに、道行く人人に見せびらかしたいだろ!」
「駄目だ。りょーちゃんに何かあったらどうする。それに日焼けして、絵の色が変わってしまうかも知れない」
「言われてみればそうだな……」
「では、臍出しルックのお洋服を着テ、その上から透明のゴミ袋を被ったらどうデスカ? それに日傘を差したら、紫外線も防げル」
「言い出しっぺは俺だけど、中中とんでもないアイデアだな!! でも採用!!」
「……」
京一郎の指摘に納得し掛けていたら、ガブちゃんが妥協案を思いついて俺は目を輝かせた(京一郎は最早何も言わないでため息を吐いた)……。
一時間半後にはすっかり絵が完成した。あんなに早く筆を動かしていたのに、俺の腹に描かれた絵はとびきり細密だ——絵の具が完全に乾くまではその場を動くことが出来ないので、俺は京一郎に「鏡を持って来い! 京一郎きゅん!」と命令した。
「おお、おお……」
「素晴らしいですね! あずさが注文したピンクのう◯こ宝石まで芸術的だ……」
京一郎が持って来た大きな鏡で腹を写したら、真上から見るのよりもずっと美しかった。臍の直ぐ上には、京一郎こだわりの椋の木の葉っぱが大きく描かれており、その下からピンクのう◯こ宝石がちょこんと顔を覗かせている。その周りでは、全体的に緑掛かった宝石やアクセサリーが紋様のように絡み合っていて、俺達の要望を取り入れながらもちゃんとガブちゃんならではの作品だった。彼の才能に只只恐れ慄いていると、京一郎が目を輝かせて感想を言った。
「気に入って頂けて良かっタ。後五分位で動いてもダイジョウブだと思いマスカラ、思う存分撮影シテ下サイ、京一郎」
「はい! 素敵な作品を描いて下さり、本当にありがとうございました」
京一郎はガブちゃんに向かって深深と頭を下げてそう言い、俺も彼に倣って「ありがとな! ガブちゃん」と礼を言った。すると、広げていた道具を片付け始めたガブちゃんが、「ところデ京一郎、絵のモデルの話は引き受けてくれル?」と尋ねた。
「うっ、はい、勿論……」
「ありがとう! では、詳細は後ホドメールしマスネ」
「へえ、良かったじゃん、京一郎きゅん! 肖像画になったら世界中の人に見て貰えるし、ひょっとしたら美術館に収蔵されるかも知れないぞ! とびきり美形でも、スンゲー陰キャの京一郎きゅんにしては大出世だ!」
「ナチュラルに侮辱するのはやめろ」
素晴らしい作品を描いてくれたから、京一郎は小さく呻いたけれどガブちゃんの頼みを引き受けた。だからそう声を掛けてやると、仏頂面で文句を言った。一方、ガブちゃんは上機嫌になり、鼻歌を歌いながらさっさと片付けを済ませ、帰り支度を整えると「ソレデハ、失礼しマス」と言ってぺこりと頭を下げた。
「あっ、ちょっと待って下さい。現金でお支払いします」
「ありがとうございます。助かりマァス」
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「ハイ、確かニ。それでは、領収書をお渡ししますネ」
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