水瓶座がいたぞ!

旭ガ丘ひつじ

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著、アンゴラウサギ大王

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世紀末、オカルトブームの最盛期に世界で大きな異変が起きた。
それは星座占いに起因する深刻な人権問題である。


そのきっかけこそ水瓶座の陥落であった。
六七八の位が基本的ポジションであった水瓶座が、とうとう八九十の位へと落ちたのである。


「最近、水瓶座の運わるくない?」


ある時に誰かが気付いた。
その言葉は動画サイトのコメント欄でもチラホラと見られるようになっていた。
これは端から見れば些細な出来事であるが、現実は世界を変えるほど大きなターニングポイントだった。


これを機に水瓶座はいらぬ不安と心配を抱えることになり、他の星座より見下されることになった。
偏見は差別へ。なきものがあり。
深刻な人権問題へと発展するまでにそう時間は掛からなかった。


事は次第に過激化して水瓶座は虐げられることになる。
いつか追いやられ、とうとう衣食住をも脅かされることになった。
隣人が、越えて親族が、ついには国までもが敵となり、水瓶座は大陸から隔絶された数多の島へと隔離され、そこで新たな生活を強いられることになった。


水瓶座は辛うじて生を許されていた。
他の星座と親しく交わろうものなら迫害の対象と強く見なされる。
そのため世界に定められた特別水瓶座永住区で忍び暮らす他なかった。


もちろん水瓶座がただ黙っているわけがない。
彼らは暗に革命を目論んだ。


十余年の後。


インドに本部を構え、いよいよ水瓶星座革命軍アクアリウスを秘密裏に組織して大陸への潜伏を開始。
しかし、今日のラッキーアイテムを見返りに裏切るアホたれが現れ、組織はあっという間に危機に瀕する。


「あなたの隣に水瓶座」


最悪のスローガンが人々を疑心暗鬼の渦へ巻き込み、水瓶座は甚だしく淘汰の対象となり、世界はかつてない冷戦状態となる。
誰が言ったか、水瓶座はアクエイリアンと揶揄され恐れられた。
もはや同じ地球人としてさえ見られなくなっていた。
それでも、水瓶座に手を貸す人々がいた。
彼らの働きで水瓶星座革命軍は徐々に勢いを取り戻していく。


世界各地のあらゆるところで内緒工作を行い、水瓶座の評価を上げようと必死に励んだ。
順位は已然と十二の位で、もはや星座占いから除外され、しまいにはその十二の位さえ無くなっていたのだが、まずはその位を取り戻すことに成功した。
しかし惜しまれること、結局それが最後の足掻きとなった。


残念ながら水瓶座が一位に返り咲くことはなかったのである。


水瓶星座革命軍の都市部からの撤退も進み、水瓶座は争わず穏やかに生きていく道を選んだ。
自分達の世界でなら星座による差異はない。
かつての自由に溢れた平和な世界がすぐ側にあると気付いた。


「えーここ日本においても水瓶星座革命軍の企みは未だ健在でありまして、しかしながら、我々がそれに脅かされることは絶対にあってはなりません。彼らの悪運によって人の、国の、果ては世界の命運が最悪になることは人類の歴史の存続におきましても、大変に忌々しき問題で必ず避けるべき事態であると考えます。そこで日本はこれからも世界各国と密に連携し、共に手を取り助け合うこと、また、我々政府が生活の安泰を約束することをここに誓います。国民の皆様におきましては不安になることはありません。家族を友を信じ、固い結束で今日も平和を守りましょう。」


日本国を代表する内閣総占星大臣の演説は人々に今日一日を生きる勇気と、そして揺るぎない安心を与えてくれる。
ところがそれを不満に思う人々がいた。


水瓶座である。


今日の星座占いの直前のジャンケンタイムでテレビを消してしまい出社する。
その男は水瓶座であることを、病院と役所のおかげで隠匿して家族と首都で暮らしていた。
親は蟹座と天秤座、水瓶座の彼が産まれたゆえに子は他にいない。


国民の義務として、水瓶座の子が産まれぬよう繁殖期は厳しく定められている。
しかしながら、徹底しても水瓶座の子が産まれることは希にあった。
その場合は当人だけが、もしくは一家まとめて特別水瓶座永住区へと島流しにされてしまう。
男は幸いにも、良心ある者達によって難を逃れることに成功した。
その方達と親に報いる意味でも、憤懣遣る方なくとも息を潜めて辛抱して頑張って生きてきた。


「水瓶座がいたぞ!」


それなのに、平穏は容易く崩壊した。
携帯端末からアプリを利用して通報をすれば警察が直ちに駆けつけ水瓶座を逮捕してくれる仕組みが世にある。
男が出社すると、何者かの通報を受けて駆けつけた、国の安全と秩序を維持する公安警察が六人も待ち受けていた。
男は何とか隙を見て逃げ出したが追われる身となった。
裏切り者はすぐに判明した。


「警察へ通報したことを許してほしい。僕は昨夜、居酒屋で、君の口から星座占いの愚痴を聞いてから怖くて仕方無かった。それが酔った勢いの冗談に思えず、君のせいで交通事故にでも合うのではと無性に心配になった。自分の保身のために君を売ったことを白状する。すまない。」


それは携帯端末に届いた、汗を流し切磋琢磨してきた同僚からの虚しいメッセージだった。
男は家族に一通だけ別れのメッセージを送ると、渋谷スクランブル交差点の真ん中で携帯端末をアスファルトに叩きつけて乱暴に踏み砕いた。
公安警察が男を捕らえて押さえつけると、往来する人々はそれを見下し回避した。
心がひび割れて悔し涙がどっと溢れた。


「これが事の顛末です」


男は島流しの先で、ホールに集まる大勢を前に悲劇を堂々と語り終えた。
初めて会う水瓶座の仲間達、いや星座で区別しない家族達は彼を優しく迎えてくれた。
そこでの暮らしは少しくらい不便でも窮屈はなく、もちろん星座占いもなく、まるで夢のように感じるほど幸せだった。
やがて家族と再会した。
度重なった尋問による疲労で痩せてしまっていたが、愛情に変わりはなかった。
男は全てを取り戻した気がした。


水瓶座が地球上からいなくなることは決してない。
水瓶座は今日も笑って生きている。
人間らしい誇りを秘めた胸を張って。


何も気にすることはない。


愛さえあれば毎日がラッキーデイ。
これでいいのだ。
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