星飾りの騎士

旭ガ丘ひつじ

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夢を描いて生きてゆく

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ゴウッと唸りが轟いて地面が渦巻いた。
二人は驚いてすぐ、この出来事に抵抗することも許されず引きずり込まれた。
しかし解放されるまでも、あっという間だった。

体が妙に、ふわふわと軽い。
そっと、目を開けてみた。
見渡す限り満天の星が輝いている。
そこには馴染みのある九つの惑星も浮いていた。

二人は小宇宙を漂っていた。

「まさか、地面の底にこんなところがあるなんて」

クレイドは大きく目を見開き、この絶景にただ驚嘆するばかりで、アレッタのひどく怯えるほどの不安には気付いていない。
目を心を奪われるほど美くしくても、ここは間違いなく死の世界なのだ。
二人はそこへ否応なしに引きずり込まれた。
ここで彼らを待ち受けるものは、たった一つしかない。

「クレイ……」

死だ。

「……ド」

彼は巨大な口に飲まれて絶命した。
突然で、呆気なくて、一瞬のことだった。

「クレイド!」

敵の全貌がぼんやりと不気味に浮き上がる。
青に緑の滲む体色をした巨大な蛇らしき怪物が現れた。
その大きさを比較すると、アレッタは怪物の牙にも満たないほど小さい。

消し去ったはずの死が蘇り、彼女は悲鳴を上げて逃げ場のない空間でもがく。
敵はそんな彼女を弄ぶように頭突きをした。
彼女は硬い水星に激しく叩きつけられた。

体に痛みはないが、心が痛む。
潰れて破裂しそうな強い痛みを感じた。

敵は水星ごと彼女を尾で打った。
水星は砕けて、次に金星に叩きつけられた。
金星は砕けて、焼かれるような痛みに悶える彼女の体はまた小宇宙を漂う。
敵の尾がすかさず捕らえて全身を締めあげる。

心が絞られて涙がこぼれそうになった。
どうにか堪えて歯を食い縛った。

敵は勢いをつけて彼女を投げつけた。
その先にある地球に飛沫を高く上げて沈んだ。

深い絶望の中を必死に泳いで陸へ上がる。
負けまいと敵を鋭く睨み付けた。

お構い無く尾が振り落とされ、地球は砕けた。
彼女はさらに追い討ちを受けて、火星に叩きつけられた。
体は柔らかく受け止められたが、敵は彼女ごと火星を噛み砕いた。

心に大きな穴が開いた。
想いがドロドロと流れ出ていくのが分かった。

敵は牙から毒を流し込んでいた。
毒は全身を素早く支配して、心が死に蝕まれていく。
小宇宙を漂って、彼女は木星の気体に包まれた。

とても息苦しい、目眩がするほどだ。
それでも生きようとして小刻みに呼吸を繰り返す。

敵は暴風のような息を吹き掛けて、木星を巻き込んで彼女を吹き飛ばした。
やがて、小さな氷の欠片の集まりである土星の輪に巻き込まれた。

恐怖に凍え萎縮して震える。
また、身も心もズタズタに引き裂かれた。

ところが、彼女はまだ生きようともがいている。
敵はまるで憤慨して、土星に尾を何度も叩きつけた。
土星は砕けて、彼女は完膚なきまでに打ちのめされて意識がモウロウとしはじめた。
ふらっと漂いたどり着いた天王星では冷気が吹雪いていた。

心はすっかり凍えて、体は麻痺して動かない。
虚ろな目でゆっくりと瞬きをして浅く呼吸する。

敵はトドメにと、再度、頭突きをして天王星を破壊した。
海王星に落ちて転がった彼女の意識は、あと僅かしかない。

荒々しい風に吹かれて命も風にさらわれてしまいそうだ。
全てが壊滅的に擦り切れた彼女は楽になりたいと、ついに死へ身をゆだねる。

「だめ……」

はずだった。

「死んじゃだめなの……」

彼女はほとんど意識のないまま、不安定ながらも少しずつ立ち上がる。
敵は冥王星をくわえて投げ放った。
直後、惑星同士が衝突して大爆発が起きた。

どうしようもなく耐え難い衝撃に何もかもが滅茶苦茶になる。
彼女は狂気に駆られて叫んで暴れた。

そこで、光が瞬いた。

「元気を出して!アレッタお姉ちゃん!」

刹那の輝きが、遠い未来の夜空まで届く。

「……あの日」

鼓動が高鳴り、燻っていた命が燃え上がる。

「私はあの日、生きるって決めたの」

さらに死の中で希望が閃いた。
敵の体を突き破り、黄金のドラゴンが翼を大きく広げて羽ばたいた。

「あなたが残した希望を思い出したよ」

それは言葉通り。

「死んでも諦めないこと!」

クレイドはどんな困難を前にしても、たとえ挫けそうになっても、決して諦めはしなかった。
アレッタや家族、大切な人たちの想いと共に最後まで戦った。
死んでも変わることのない、強かな想いを武器に戦い抜いた。
それをアレッタは受け継いだ。
ルディアの元気でより輝かせて懸命に生きている。

「どんなに辛くたって、私は負けないもの」

アレッタの体と心が温もりに満ちた。
傷が愛撫されているような感覚で、心地よく癒えていく。

「ありがとう。フィナ」

飛んで駆けつけたドラゴンが彼女を優しく背に乗せた。
とても大きくて立派な背中だ。

「さ、行くよ!」

「うん!」

ドラゴンは迫る尾を軽やかにかわしてみせた。
彼女を乗せて、敵の追撃をかわしながら、颯爽と星空を飛びまわる。

「お星さま。どうか私たちの最後の願いを叶えてください」

あまねく純粋な願い、満天の星がいっぺんに瞬いて応えた。
色々に煌めく線を描いて降り注いだ星たちは、一まとめにほうき星となって敵を目指す。
敵はたまらず、とぐろを巻いて防御した。
星の輝きは果てることなく、まだまだ増して輝き続ける。

「クレイド。これでお別れよ」

「ああ、最高の別れだよ」

アレッタの手からクレイドへ真っ直ぐに揺るぎない想いが伝わる。
出会いから別れまで、愛する思い出が渦巻く激流となって心を巡る。

「さようなら。アレッタ」

ドラゴンの開かれた口に彼女の募る想いが、惑星の力が集束する。
アレッタの涙が一滴だけこぼれて落ちた。

「さようなら」

放たれた閃光は、ほうき星の力を加えてとぐろを削り散らした。
敵は光の中へ溶けるように滅んでいく。
眩い光は世界を瞬く間に白く染め上げた。

そのなかで彼が遠く離れていく。

彼女はめいいっぱい手を伸ばしたが、ふと、途中で引っ込めて、満足して目を閉じた。

体が軽くなって、意識が現実へ移ろう。

はじめに頬を撫でるそよ風を感じた。
続けて、香ばしい匂いがした。

「あ、起きた?」

重いまぶたをこすって、徐々に陽の光に目を慣らす。
ルディアの可愛い笑顔を見つけた。

「あら、おはよう」

「おはよう!」

アレッタは怠い体を頑張って起こしたものの、夢のような世界の名残に微睡んだ。
恋しくて、また、眠りたくなった。

「あ!ダメだよお姉ちゃん!」

ルディアが慌てて彼女を揺り起こす。
アレッタはクラクラしながらも、やっと目を覚ました。

「私、せっかく朝ごはんを用意したんだから二度寝は勘弁して」

「起きたよー。起きました」

「ほら、しゃんとして。まずは顔を洗ってきなさい」

まるでいつもとは真逆の関係に、アレッタはおかしくてクスクスと笑った。
彼女は心配しなくてもしっかりさんなのだ。

「わあ、美味しそう」

アレッタが顔を洗って部屋に戻ると、きちんとした朝食がテーブルの上に綺麗に並べて用意されていた。
メニューはパンにシーザーサラダにオムレツに、ハチミツをかけたヨーグルト。

「オムレツ、上手に焼けたと思うんだ。食べてみて」

「いただきます」

フォークでオムレツを割ると、中から細かく刻まれたトマトを中心とした熱々の野菜がトロッと飛び出した。
それをすくって、卵にくるんで一口食べてみる。

「うん!上出来!」

「でしょー!」

ルディアは胸を張って自慢気に調理方法を語りだした。
アレッタは耳を傾けて、彼女の話を楽しみながら朝食を食べる。

「あ、そうだ!私ね、夢でお兄ちゃんに会ったんだ!」

ふいに切り出された話題にアレッタは非常に驚いた。
あの世界で出会ったルディアは、紛れもなくここにいる彼女だったのだ。

「子供に戻ったみたいでさ。懐かしかった」

「お兄ちゃんと何かお話した?」

「したよ!」

「どんなお話をしたの?」

「ハッキリとは思い出せないけれど、楽しいことをたくさん見つけたら心配することはないよ、そんなこと言われた」

ルディアの目はキラキラしている。
言葉の一つ一つから前向きな想いが伝わってきた。

「これから私は何をしようかな」

ルディアは空想を広げて愉快に夢を語る。
アレッタは彼女に昔の自分を重ねて見た。
夢は星の数ほどたくさんで、彼女の話は朝食を終えるまで続いた。

「ルディアは、たくさんやりたいことがあるのね」

「諦めずにやれるだけやってみるよ。お姉ちゃん、困ったときは手伝ってくれる?」

「うん。何でもお手伝いするよ」

「やったー!」

アレッタが喜んで引き受けると、ルディアはすっかり甘えて彼女に飛び付いた。

「あのさ。私、これからたくさん甘えたいと思うんだ。いいかな?」

「まあ嬉しい。もちろんいいよ」

「じゃあ、覚悟してね!」

そう言って、悪戯に笑って胸に顔を埋めるルディアの髪を慈しみ撫でてやる。

「ねえルディア、久しぶりに島に行かない?」

アレッタは何となく思い付いて提案した。

「今日!?遠いよ!」

「まだ朝早いから、夜までには帰れると思うよ」

「わかった!行こう!」

ということで、二人は支度をして故郷を訪ねることにした。
電車を乗り継いで港町まで行き、そこから船に乗って島を目指す。
通り過ぎる潮風が気持ちいい。
アレッタは独特な香りのするこの潮風が子供の頃から大好きだった。

「いい風ね」

「あんまり潮風にあたると髪が痛むらしいよ」

「あらそうなの」

「わかんないけど!」

「ふふっ、なによそれ」

「でもほら見て。さっきから、自慢のさらさらヘアーが顔にまとわりつくんだよ」

「あらまオバケみたい」

二人は一緒になって笑った。
楽しい船旅はあっという間で、お昼になって島に着いた。
船から降りると、懐かしい町並みをのんびりと観光して、それからなだらかな坂を登り歩いた。

「よくこんなキツいところに住んでたなー」

ルディアはくたくたになって息を切らしている。
アレッタは歩幅を合わせて彼女について歩いた。

「お姉ちゃん疲れないの?」

「私もくたくたよ」

「そうは見えないけれど」

「あ」

アレッタはつまづいて危うく転びそうになった。
コンクリートの一部がかけていて、そこに足を引っかけたのだった。

「ねえ、お姉ちゃん。昔ここでよくこけなかったっけ?」

「気のせいよ」

「一回、すごい勢いで下まで転がってった記憶があるよ」

「記憶違いよ!」

「ふーん……」

アレッタはおもむろにルディアの手を取る。

「さあ、行こう!」

「ええー!」

二人は駆け出した。
体が火照って熱いけれど、足が重くて疲れるけれど、楽しくて仕方ない。

「ゴール!」

が、先に到着したのはルディアひとりだった。
アレッタはずいぶんと遅れて到着した。

「大丈夫?」

アレッタは、平気よ、と答えようとしたけれど息ばかりが出て言葉が出なかった。

「ほら見て。家はもうないけれど、景色は変わってないよ」

言われて見上げる。
そこには確かに変わらない、色とりどりの花が彩り鮮やかに咲く花畑が広がっていた。
家の傍らにあった一本の木もまだあった。
地元の子供だろう、小さな男の子と女の子が残されたブランコで仲良く遊んでいた。

「あのブランコ現役か、すごいね」

「そうね……ふう」

「本当に大丈夫?無理して走るから」

「平気よ」

ようやくその言葉を出して、アレッタは崖の方へふらふらと歩き出した。
ルディアは昔の弱った彼女の姿を思い出して、もしかしてそのまま落っこちるんじゃないかと、はらはらして落ち着かなくて、先回りして彼女を待った。

「どうしたの?」

「そのまま落ちるんじゃないかって心配で」

「ありがとう。もう大丈夫よ」

アレッタは腰を下ろして、広大な海を見渡した。
果てしなく続くきらびやかな水面が心をときめかせる。
世界は想像を遥かに越えて広い、そして溢れるほどの楽しいことで満ちている。
それをルディアに伝えると、いつか海外に行ってみたいと言った。

「いいね。いつか一緒に海外旅行に行きましょう」

「世界四週くらいしようね!」

「それは……面白そう!」

その時。
大きな風が羽ばたいて二人の頭上を吹き抜けていった。

「すごい風」

「まるで、私たちの背中を押してくれたみたい」

「さすが小説家。発想力が違うなあ」

「何となくそう思っただけよ」

「ねえ、もう本は書かないの?」

「またその話?物語を描くって大変なのよ」

「でもお姉ちゃんの話が好きだから。もっと聞きたいなーって」

「そうね。あなたがそこまで言ってくれるなら」

私はこれからも夢を描いてゆく。
それこそ星の数ほどたくさん。

生きて、いつまでも。
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