いとしのチェリー

旭ガ丘ひつじ

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両想い

8 うさぎ追いしかの山

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アングロッサ山脈の峠道を駆けていた
桜桃の叫びがこだまする

待てーい!

親父、娘、息子
足の速い順に追う

ほらほらーどうしたー!

なぜ二つ足の人類が四つ足の小動物に追いつけないのだろうか

待ちなさーい!

やだよーだ!

さっき滞在していたオトギという町では、妖精の村で間もなく開催される月見祭に向けて団子をこしらえていた
それは妖精の女王に献上するものでとても貴重なのだが、それをまた猫研究同好会が盗み出した
町の外れでその話を聞いていたところ
町人が、あっと声を上げ、親父は団子を食べる一匹の銀の首飾りをしたうさぎを発見した
それが三分前のこと

お父ちゃん
お兄ちゃん見えなくなっちゃったよ

なに!
あいつ何やってんだ

とは言え仕方ない
うさぎは親父の俊敏のステータスを基準にした速度で走っている
つまり、最も俊敏の低い息子が置いてかれるという珍事になるのは必然なのだ
それを息子も理解して呑気に散歩している

すとーっぷ!止まりなさい!

そう叫んだのは、うさぎ
親父も素直に立ち止まる
うさぎの背後には崖があって、吊り橋が掛かっていた
一歩、二歩と下がって吊り橋の上に乗る

わっはっはっ
ここでmeはyou達に捕まる訳にはいかないのだ

言って、うさぎは瞬く間にロープを噛み切った
親父が駆け出す間も無く橋が落ち始める
うさぎは難なくその速度を超えて、向こうへ渡り切ってしまった

ええい!また逃した!

ゲームだから

親父とは対照的に娘は冷静だ
クエストが更新されて道を探そうと表示された
そこへ息子がやや駆け足で合流する

遅いぞ誠清!

そういうシステムになってるから

よく分からん
ちゃんと説明しろ

絶対に追いつけないようになってんの

うーん、、、それなら仕方ないか

それから親父は迂回する道を探すため崖に沿って歩いた
二人の子供達も後に続く
崖は少しずつ下って、とうとう森に入った
木の先を削って尖らせた槍を持つゴブリンキャットと戯れながら森林浴を楽しむ
ほどなくして、滝の手前に石橋が架かっているのを見つけた
そこに矢印の形をした二股の看板があった

橋を渡れば檎源郷
このまま森を進めばエルフィン村に行くらしいぞ

息子に意見を求めて先の道へは進まず、素直に石橋を渡って、そのまま道なりに行くと洞窟に行き着いた
クエストが更新され、いざ中へ

わくわくするな

振り向いて、歯を見せ無邪気に笑う親父の背中に一本の矢が刺さった、ぽい演出
突然のハプニングに娘が思わず吹き出す

お父ちゃんどんまい

ここはゴブリンキャットの巣
そして彼らは悪戯好き
縄張りに入った者は容赦なく襲われる
ムキになった親父が可愛らしくズカズカと反撃に向かう
その腹に矢が刺さった、ぽい演出

うわあー!刺さった!

ぽい演出でそもそも当たらない
怪我もない

大丈夫、刺さってないよ
ゲームだから平気

声が平坦で愛想はないけど、娘に優しく労ってもらい戦意が復活する
そこへ、物音に気付いた他のゴブリンキャットが集まってきた
石弓、木槍、錆びたナイフ
複数の武器を扱うのが彼らの特徴である

親父、手を貸そうか

いやいい
二人は下がってなさい

親父は魔法の剣デスクラー剣を召喚した
扱いは、さきほど森の中でゴブリンキャットと戦いながら息子に教わった
炎や氷のエフェクトが息子を巻き込んで驚かせ、その度に怒られながらよく学んだ
この剣は便利だ
直接、斬らなくてもエフェクトを当てればダメージがいく
息子いわく、むしろエフェクトの方がダメージがでかい
だから中距離で戦うことが望ましい
それがなんと戦い易いことか

お!こりゃ凄い!

たまたま相手の弓を炎の斬撃で燃やすことに成功した
これで自信のついた親父は適度な距離を保ちながらダイナミックな動きで次々と敵を斬り払う

「子供を守るのが親の願い」

親父は背中で語り威厳を見せつけた
ザコ敵のゴブリンキャットが相手でなければ
その見た目じゃなければ
少しは格好がついたのになあ、と息子は些か残念に思う

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