いとしのチェリー

旅立ち

４ 真実

息子が喫茶店に入ろうとしたのを親父が食い止めて蕎麦屋に入った
親父は見た目が美少女でも親父らしく、まずはおしぼりで顔をガシガシ拭った

NPC、ノンプレイヤーキャラクターの娘が水を運んで注文をとりにきた
息子はゲームの中だからいらないと意味不明なことを口にして断った
親父は天麩羅蕎麦を頼んだ
そして店の娘が去ると、ここの蕎麦は美味いんだぞ、と少し意地悪く言った
対して息子は溜息を吐くと、ここはゲームの中なんだよ、と面倒そうに言った

息子の言葉に親父は首を愛らしく傾げた
ポニーテールがつられて揺れる
だが美少女でも可愛くは感じない

お前が夢中になって、お母さんによく叱られていた、あのゲームのことか

息子は頷いて、ここが決して死後の世界でないことを改めて強調した
親父は眉を八の字にして、口を少し尖らせて戸惑う

さっきの人はNPCで、、、
基本的に名前付きがプレイヤーであり、NPCでも名前付きの者がいるが見分けはつくなど色々と教えてくれたが全く飲み込めない

息子は何がどうなっているのか、親父が事故で植物状態になった時から順を追って教えてくれる
ところへ天麩羅蕎麦が届いた
親父の顔は喜色で染まった
七味を多めに振りかけて、箸をわざわざ口に咥えて割る
これは親父の癖
息子は幼い頃から見ている

あの世は凄い！
疲れんし眠くならんし、腹も空かない
それでも飯がこんっなに美味い
お前も何か食え、遠慮すんな

いらない
あと、あの世じゃないって

息子が言い返すと、親父は話を聞いてるのか蕎麦が美味いのか二度大きく頷いて水をガブガブ飲み干した
親父というのは何故やたらと水を飲むのか
それよりも話が進まないことに、息子の中で苛立ちが募りはじめていた

親父が入院した翌年、こういうフルダイブ型のゲームがブームになった

フルダイブ？

ゲームの世界に入って遊べるようになったんだ

息子はそこからヒントを得たようで、親父を助ける為に色々と調べて、あることを思い付いたと言う
テレビに出てた偉い医者が言うには

「人間の脳というのはね。一部がダメになっても、他のところが機能を補うんですよ。未知なる可能性がまだまだあると思います」

そこで、親父の脳をゲームに繋いで、ゲームの世界でリハビリしたら、いつか脳機能が回復するかもって俺は考えた

親父は音を立てて勢いよく蕎麦をすすった
それから海老の天麩羅を丸っと頬張った
旨味を絞り出すように尻尾をバリバリと噛み締める
目の前のよく食べる美少女が、正真正銘純真無垢な美少女なら可愛げもあったのに、、、

ストレスしか感じない！

人の話を聞け、と息子が静かに怒る
親父は悪い悪いと簡単に謝って、店の娘を呼んで水のお代わりを頼んだ