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八話 救
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朝陽は池の前で立ち尽くしていた。
池の中で有象無象の人々が溺れ苦しんでいるのを呆然と眺めていた。
ふと、すべてを諦めたかのように懐中電灯を投げ入れた。
明かりは徐々に遠ざかって、人々の姿も消えて、朝陽は闇の中で小さくなった。
遠くから流れてくるお経が嫌で耳を塞いだ。
そこへ迎えがやって来る。
足音を聞いて振り向くと、赤い法衣で身を包み提灯を手に持った坊主がいた。
「ついて来なさい」
坊主はそれだけ言って朝陽を導く。
半ば無意識に後をついて行く。
霧の中を歩いていると、まるで夢の中にいるような気持ちで、この悪夢が覚めてくれたらと心細く願った。
気が付けば洞窟の前に一人で立っていた。
側には大晴に踏まれてグチャグチャになった花火が落ちていた。
朝陽は足元に置かれた提灯を拾って洞窟の中へと進む。
「母さんに会わせてくれ!」
しばらく歩いて、背後から蓮の叫びが聞こえた。
ここで正気を取り戻した朝陽は走って引き返す。
「蓮!」
「朝陽」
蓮は一体の龍人と向かい合っていた。
朝陽は腰を抜かして後ろへ倒れた。
「樹は死んだのか」
冷静にきく。
朝陽は頷いた。
「そっか。じゃあ、お前は先に行け」
「ダメだ、そんなの」
「行けって!俺は家族に会うためにここに来たんだ」
「家族に?どういうこと?」
蓮は朝陽の言葉を無視して龍人に一歩近づいた。
朝陽が呼び止めるも聞こうとしない。
「神様なんだろう。だったら会わせてくれ」
朝陽は洞窟の壁を頼りに力なく立ち上がって、事の成り行きを見守ることにした。
「母さん……!」
蓮が喜びの声を上げた。
幼い子供のような無邪気な声だった。
しかし、朝陽の目には龍人しか見えない。
「今度こそ俺を連れて行ってくれ。また一緒に三人で暮らそう」
龍人は蓮を抱き寄せた。
まるで母親みたいに。
「母さん!」
蓮の肩越しに龍人と目が合う。
朝陽は、たまらず一歩後退した。
龍人が蓮の頭を丸呑みにしたからだ。
硬く鈍く瑞々しい音がして背中を向けた。
ジュルジュルとすする音が遠ざかる。
躓きながらも朝陽はひたすらに走った。
「何でこんなことになったんだ!ちくしょう!」
壁に打って提灯が壊れた。
「蓮!」
投げ捨てて壁の蝋燭を頼りに進む。
「大晴!」
にわかに明かりが途絶えて、朝陽は前のめりに倒れた。
「樹……!」
這って進む。
出口を求めて闇の中を進む。
と、固く冷たい鉄に手が触れた。
すがるように立ち上がって押し開く。
そこから数歩、進んで行くと硬いものに躓いた。
頼りを求めて伸ばした手はトンネルの壁らしきコンクリートに触れた。
左に小さな明かりが見えた。
「やった……助かった!」
親の顔が浮かぶ。
会いたい。
帰りたい。
生きたい。
朝陽は無我夢中で駆けた。
足元の軋る振動に気付かない。
光が間近に迫る。
次第に大きくなって悲鳴を上げた。
そして、消えた。
池の中で有象無象の人々が溺れ苦しんでいるのを呆然と眺めていた。
ふと、すべてを諦めたかのように懐中電灯を投げ入れた。
明かりは徐々に遠ざかって、人々の姿も消えて、朝陽は闇の中で小さくなった。
遠くから流れてくるお経が嫌で耳を塞いだ。
そこへ迎えがやって来る。
足音を聞いて振り向くと、赤い法衣で身を包み提灯を手に持った坊主がいた。
「ついて来なさい」
坊主はそれだけ言って朝陽を導く。
半ば無意識に後をついて行く。
霧の中を歩いていると、まるで夢の中にいるような気持ちで、この悪夢が覚めてくれたらと心細く願った。
気が付けば洞窟の前に一人で立っていた。
側には大晴に踏まれてグチャグチャになった花火が落ちていた。
朝陽は足元に置かれた提灯を拾って洞窟の中へと進む。
「母さんに会わせてくれ!」
しばらく歩いて、背後から蓮の叫びが聞こえた。
ここで正気を取り戻した朝陽は走って引き返す。
「蓮!」
「朝陽」
蓮は一体の龍人と向かい合っていた。
朝陽は腰を抜かして後ろへ倒れた。
「樹は死んだのか」
冷静にきく。
朝陽は頷いた。
「そっか。じゃあ、お前は先に行け」
「ダメだ、そんなの」
「行けって!俺は家族に会うためにここに来たんだ」
「家族に?どういうこと?」
蓮は朝陽の言葉を無視して龍人に一歩近づいた。
朝陽が呼び止めるも聞こうとしない。
「神様なんだろう。だったら会わせてくれ」
朝陽は洞窟の壁を頼りに力なく立ち上がって、事の成り行きを見守ることにした。
「母さん……!」
蓮が喜びの声を上げた。
幼い子供のような無邪気な声だった。
しかし、朝陽の目には龍人しか見えない。
「今度こそ俺を連れて行ってくれ。また一緒に三人で暮らそう」
龍人は蓮を抱き寄せた。
まるで母親みたいに。
「母さん!」
蓮の肩越しに龍人と目が合う。
朝陽は、たまらず一歩後退した。
龍人が蓮の頭を丸呑みにしたからだ。
硬く鈍く瑞々しい音がして背中を向けた。
ジュルジュルとすする音が遠ざかる。
躓きながらも朝陽はひたすらに走った。
「何でこんなことになったんだ!ちくしょう!」
壁に打って提灯が壊れた。
「蓮!」
投げ捨てて壁の蝋燭を頼りに進む。
「大晴!」
にわかに明かりが途絶えて、朝陽は前のめりに倒れた。
「樹……!」
這って進む。
出口を求めて闇の中を進む。
と、固く冷たい鉄に手が触れた。
すがるように立ち上がって押し開く。
そこから数歩、進んで行くと硬いものに躓いた。
頼りを求めて伸ばした手はトンネルの壁らしきコンクリートに触れた。
左に小さな明かりが見えた。
「やった……助かった!」
親の顔が浮かぶ。
会いたい。
帰りたい。
生きたい。
朝陽は無我夢中で駆けた。
足元の軋る振動に気付かない。
光が間近に迫る。
次第に大きくなって悲鳴を上げた。
そして、消えた。
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