龍人

旭ガ丘ひつじ

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六話 業

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江戸時代中期。
陰陽道をなぞった秘術で人を龍神に変化させ、国に良い運気を巡らせようとした企みがあった。
場所は関西のーーにあるーー山。
そこは龍脈の集う龍穴で、計画は長い時間を掛けて秘密裏に進められた。
ところが上手くはいかなかった。
穢れた気は澱み、終ぞ周辺の村々に災禍をもたらした。
かくして龍穴は封印されることになる。

「陰陽道てことは、バランスの制御が上手くいかなかったということかな」

「僕に言われても分からないよ。そもそもこんなオカルト話……」

「朝陽はまだ信じられない?」

「いいや。続きを見てみよう」

要約する。
彼は大まかな情報をもとにして独自に調査した。
そして(仮名)廃線跡へ辿り着く。
彼の推理するところ、管理と隠蔽の目的を隠して鉄道計画を推し進めたようだ。
後に廃線となってから立ち入りを禁じたことで、それ幸いと忘れられたのだろう。
ところが最近になってハイキング目的で侵入する人間が増えてきた。
彼はヒントを出し過ぎたことを後悔しながらも、しかしインターネットの発達と共に明るみになるのは時間の問題だろうと続けている。

「問題はここからだけど、赤い法衣を着たお坊さんと会ったこと以外は、危険だからと言って詳細は省かれてる。それで、従兄弟と友人二人が死んだことが書かれてる」

「死んだ……か。笑えない冗談だといいけど」

樹は嘆息して天を仰いだ。

「内容はまあいい。それよりも、肝心の脱出方法は?出口はあるの?」

「洞窟を抜けて脱出したって書いてある」

「それがないから困ってるんだ」

「しかも二十八年経って昭和から平成になってたらしい」

「それはデタラメだね。何かを誤魔化すために嘘を書いてる可能性は十分ある」

「そうだね。あ」

「どうした?」

「中心に小さな廃村があるって書いてある」

「まさか……そこに出口が?」

朝陽は勢いよく立ち上がった。
希望が見えた気がする。

「きっとそうだよ!」

「二人が戻ったら相談しよう」

「ちょっと待って樹」

「何?」

「これは蓮がプリントアウトしたものだ。蓮は村のことも知ってたはずだ」

樹も痛みに顔を歪めながら立ち上がった。
そして、怒りを込めて岩壁を叩いた。

「あいつ!僕達を置いて逃げるつもりだ!」

「でも、大晴がいる」

「大晴は不良仲間だ。この意味は分かるね」

「そんな……」

朝陽は樹の悪い想像を簡単に受け入れたくなかった。
不良といっても、いじめっ子とは違い朝陽に味方してくれる数少ない友人だ。
それでもこの混沌とした状況では信じることも、信じないことも決められない。

「とにかく、僕達もあの神社へ行こう」

「朝陽はどう思う」

「分からないから確かめに行くんだ」

「やっぱり、いい奴だね」

「そんなことない。僕は……優柔不断なだけだよ」

朝陽は樹に合わせて歩く。
微かなお経以外は何も聞こえない。
二人はそこへいるのだろうか。
暗い神社の脇道を進んでいる時だった。
瞬間、肌が粟立つ。

「聞いたか!蓮の悲鳴だ!」

「何かあったんだ!」

二人は駆け足になる。
角を左に曲がって、鳥居を越えて境内へ踏み入る。
ちょうど向こうから蓮が走ってきた。
二人と合流すると、そのまま外へ強引に連れ出した。

「離せ蓮!何があった!」

「樹、朝陽」

蓮の顔は恐怖で引きつり憔悴していた。
肩で息をして、なかなか話すことが出来ない。
やっと口から出た言葉は希望を見失うのに十分だった。

「大晴は死んだ」

朝陽は心臓を掴まれた思いがした。
胸が詰まって息苦しさを感じる。

「歩きながら話す。落ち着いて聞け」

蓮と大晴は神社へ確かに戻った。
そこには変わらず顔が中心に向かって歪んだ坊主がひとりお経を唱えていた。
二人の侵入に動じる気配もない。

「坊さん。聞きたいことがある」

蓮は臆することなく正面に立って、見下ろして話を切り出した。

「ここの中心に村があるだろう。出口はそこにあるのか」

お経が止む。
緊張するほど音が去った。

「そこは、かつて宮大工の暮らしていた村。しかし出口というものは知らん」

「とぼけるな」

蓮は睨む。
坊主は目を閉じたまま黙っている。

「坊さんは人を助けるもんだろう。なあ、俺達を助けてくれや」

大晴が隣に座って坊主と肩を組んだ。
坊主は乱暴に絡まれても極めて冷静で呼吸の乱れもない。

「ダメだ蓮。いかれちまってる」

「お前達は助からない」

坊主が不意に、怒気を含めて一言だけ呟いた。
蓮がその言葉に過敏に反応して、憤慨して、あろうことか金の昇竜を畳へ叩きつけるように投げた。

「っざけんなクソ坊主!」

「人は業を孕む獣だ。龍神様は気の穢れを嫌い業を憎む。それでも、生き逃れるとすれば彼一人だろう」

おもむろに語る。
大晴が坊主の肩を威圧的に強く握った。

「そりゃ、どういう意味だ?あ?」

「お前こそ首魁だろう」

坊主の目がカッと見開いた。
あの龍人と変わらぬ純粋なほど異常な眼球が露わになる。

「大晴!」

蓮が叫ぶも間に合わない。
坊主の首は歪に捻れて大晴の首へ素早く食らいついた。
声はなく、肉がジックリ潰れて骨が砕けて口から血が湧く音だけがする。
大晴が抵抗して暴れるも坊主は全く微動だにせず気にする様子もない。
坊主は血を啜りながら蓮を凝視した。
大晴は痙攣でもしているように激しく暴れ出した。

「悪い……!」

蓮は背を向けて外へ飛び出した。

「それで、一人で逃げてきたのか」

樹が容赦なく責める。
蓮は言葉を一つも発することなく、ただ項垂れた。

「どうして村のことを僕達に教えなかった?まさか一人で逃げるつもりだったんだろう」

「馬鹿言え!コピーした紙を前に見せただろう!」

「レストランで見た時には、コレはなかったよ」

そのコピー用紙を見せつけて断言したのは朝陽だ。
珍しく、激しく怒って拳を握り締めている。

「たまたまだ。とにかく一人で逃げるつもりは初めからない。それだけは信じてくれ」

「仲間を見捨てる不良の言うことなんて信じられるか」

「何だとてめえ!」

樹と蓮がつかみ合いになった。
蓮が力任せに樹を岩壁に押しつけた。
獣の形相で取り乱して吠えたてる。

「あのクソ坊主のところには確認しに行った!一人で行くつもりだった!俺はな、もう見殺しにするつもりはねえんだよ!」

「何……言ってんだお前」

蓮は呆気に取られた樹を突き放して、彼を朝陽が受け止めた。
蓮は地面に置いていたリュックを蹴っ飛ばして頭を両手で抱えた。

「でも俺はまた逃げた。そこは言い訳しねえ」

「どこ行くんだよ」

朝陽が立ち去ろうとする蓮の肩を掴んで止めた。
蓮は振り向かない。

「離してくれ。もし間に合うなら助ける」

「間に合わないよ」

朝陽は自分でも不思議に思うほど冷静だった。
どこか、清々しささえある。

「蓮がハッキリ言った。死んだ、て」

「でもよ」

「村へ行こう」

朝陽は言い捨てて歩き出す。
二人は顔を一度見合わせて後に続いた。
大晴が食われた神社から物音はしない。
微かなお経だけが聞こえる。
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