龍人

旭ガ丘ひつじ

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四話 現

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天気は快晴。
山の緑は色を深めていた。
すぐそばの渓谷には川が激しく流れて岩を打っている。

「落ちないでくれよ」

樹が気遣ってくれる。
朝陽は下を覗くのをやめて山側に寄った。

「気持ちがいいね」

「うん。気が晴れるよ」

朝陽は不良二人に聞かれないように声をひそめて、今まで躊躇っていたことを樹にきいてみた。

「樹ってこういうの嫌いなんじゃない?」

「どういうこと?」

「いや、勉強熱心で真面目なイメージがあるから」

「お坊ちゃんらしいだろう」

「や、そういうことじゃ」

「いいんだ。でも、実は勉強なんかより外で体を動かす方が好きなんだ」

「そうなんだ。幼馴染なのに知らなかったな」

「気付けよ」

樹は思わず吹き出した。

「小学生の時はよく外で遊んだじゃないか」

「そうだっけ。ごめん」

「それに、朝陽が悪い友達付き合いをして不良にならないか心配なんだ」

樹は朝陽以上に声をひそめて、わざわざ耳元で囁く。

「はは、大丈夫だよ」

「だね。朝陽は他人に流されるタイプじゃないから」

「心配しなくても僕は不良になんかならない」

「ま、いつでも頼りにしてくれよ」

「ありがとう。僕の方こそ頼ってよ」

「ああ、頼りにしてる」

少年達は四つあるうち一つめのトンネルの前までやって来た。
ほっとしたのは、奥に一点の光が見えたからだ。
このトンネルは短いらしい。
中には冷たい空気が満ちていた。
少年達は懐中電灯でデタラメに照らしながら、無駄に叫び声を上げて反響を楽しんだり遊びながらトンネルを抜けた。

「あーあ。あんまし面白くなかったな」

蓮は退屈そうに言う。
大晴が肩を組んだ。

「お前の声が一番でかかったぞ」

「バレた?」

みんなで笑う。
雰囲気は最高だった。
二つ目のトンネルも短く、特に何もなかった。
雰囲気が変わったのは三つ目のトンネルに着く前、赤い鉄橋を渡る時だった。

「すっげえな。ここも線路がそのままだぜ」

大晴は線路を爪先で蹴りながら興味深そうに言った。
朝陽は橋の下を流れる川を覗く樹の隣に並んだ。
川は分岐して橋の下を通っていた。

「朝陽。あそこに人がいるんだ」

樹が川の分岐する角を指した。
目で追うと、確かに崖下の僅かに突き出した砂利のところに大人の男性が一人でぽつんと立っていた。
二十代だろうか。
厚い灰色のパーカーにジーンズを穿いていた。
彼はジッとこちらを見上げていたが、遠くて表情はよく見えない。

「おかしくないか?」

「あそこにいること?こっちを見てること?」

「どっちもだけど、それより格好がさ」

「真夏に長袖だね」

よく注意して見ると短いマフラーを巻いているのが分かった。

「そう。ちょっと気味悪くないか」

そこへ二人もやって来た。
大晴は中指を立てて男を挑発した。

「そんなとこで何やってんだよバーカ!こっち来いよ!」

「やめて大晴」

朝陽が注意をすると、不満そうにしながらも挑発するのをやめてくれた。

「自殺志願者かもな」

蓮がボソッと言う。
朝陽は気分が悪くなって三人を置いて橋を渡り切った。
その際にチラッと見下ろすと男は朝陽を追って頭を動かしていた。
ゾッとして歩く速度を早め、三つめのトンネルの前まで一人で来た。
奥に一点の光も見えない。

「このトンネルかもな」

「都市伝説の?」

追いついて隣に並んだ蓮は頷く。
さっきと変わって真剣な眼差しで奥を見つめている。

「一番長いトンネルの途中、左に空間があって、その奥にドアあるんだと」

「じゃ、さっさと確認しようぜ」

大晴が先に踏み込んだ。
三人も後に続く。
このトンネルもまた冷たい空気で満たされていた。
どこかで漏れた水の流れる音や、水滴の落ちる音がする。
躓かないよう足元をよく照らしながら進んで、トンネルがカーブを描くところにそれを見つけた。

「ドアだ!」

朝陽は空間の奥に見つけた、ふちが錆びた黒いドアを照らして叫んだ。
蓮が朝陽の背を叩く。

「開くか試してみろよ」

「どうして僕が。こういうのは蓮か大晴の役目だろう」

「肝試しだよ」

大晴に背中を突き飛ばされて、朝陽は危うく躓きそうになった。
抵抗は早々に諦めて仕方なく前へ進む。
妙に寒い。
白い息が目の前で霞んで消えた。

「いくよ」

朝陽は合図して、ドアノブを握った。
ピリッとするほど冷えていた。
強く握ってゆっくり回すとギギギと軋んだ。
錆びているのだろうか。
しかし、鍵が掛かっているような感じはしない。
力を込めて引くと、一度抵抗があって、それでもこちらへ動いた。
朝陽の背中が騒がしくなって三人が駆けつける。

「ちょっと開いた」

「焦らすな。早く開けてくれ」

大晴は朝陽の肩を抱いて言う。
朝陽はそれを肩で押し退けて、一気にドアを引いた。
軋む音はトンネル内で反響して凄い音を鳴らした。
朝陽は顔をしかめて樹は耳を塞いだ。

「おお……」

感嘆の吐息がそれぞれに漏れる。
みんなの息も白かった。
ドアの向こうには、岩をくり抜いたような洞窟が吸い込まれそうな暗闇の向こうへ続いていた。
強い冷気が漂ってきて朝陽は腕を擦った。
樹が言う。

「冷えるな」

「みんな上着は持ってきたな?」

蓮が確認すると、大晴だけが忘れていた。
三人は特に気にすることなくリュックから上着を取り出すと、さっさと羽織った。

「俺は寒かないから気にすんな」

大晴は飄々と強がる。
しかし、寒そうに腕を擦っている。

「確か、霊が近くにいると冷えるんだっけか。気をつけた方がいいぞ」

大晴は、からかい半分に呟いた。
それを鼻で笑い返したのは蓮だ。

「だからって、ここで引き返すバカはいないよな?」

蓮に挑発されて引き返すバカはいなかった。
一人残らず中へ進んで、最後に入った朝陽は後ろ手にドアを閉めた。
ほんの少し甘く、締め切らないように。
しばらく進むと寒さがマシになってきた。

「樹、どう思う?」

「どうって何が?」

「ちゃんと出口があるかってこと」

蓮にきかれて樹は即答した。

「風が吹いてくるから出口はあるだろう」

「おお、さすが俺達の中で唯一の優等生」

「朝陽もだろう」

樹は大晴のくだらない冗談にすぐフォローを入れてくれた。
朝陽を振り返って笑いかけてくれる。

「樹」

「さっきから何だよ蓮」

「もしマジで龍神がいたらなんだけど」

樹は思わず笑みを漏らす。

「まさか。よしてくれよ」

「まあ聞けって」

「いたら?」

「そん時は朝陽のこと頼むな」

朝陽はすかさず言葉を挟む。

「何を勝手なこと頼んでるんだよ」

「お前は弱いからな」

朝陽はムッとしたが、蓮は真面目に心配していた。
握った拳をそっと解く。

「俺は何かあった時は多分、余裕なくす。そん時に本当に助けられんのは幼馴染のお前だと思うんだ」

蓮はいつになく優しい口調で言った。
樹は、蓮が朝陽のことをいじめっ子から守っていることを当然知っている。
特別に断る理由はなかった。

「分かった。ただ、僕に何かあった時は朝陽に頼むからね。不良は信用できないから」

樹は突き放すように言った。
と、大晴が樹と蓮の背中を強く叩いた。

「なに都市伝説でマジな話してんだよ」

「この前にあんなことがあって、俺達は何も出来なかっただろう」

蓮に言われて大晴は言葉を返すことが出来なかった。

「朝陽。お前は真っ先に逃げていいからな」

蓮の言葉を朝陽は強く拒絶した。

「絶対に逃げない。これ以上、僕をバカにするなよ」

「別に……分かった。悪かったな」

少年達はいつの間にか落ち葉を踏んで進んでいた。
落ち葉の砕ける音に初めに気付いたのは先頭にいた蓮だ。

「待て。何で落ち葉がこんなとこに」

「昔に入り込んでそのままなんじゃないか」

対して樹は首を傾げた。
朝陽は特に気にしなかった。
それよりも気味悪いのが、忽然と目の前に現れた一人の巫女だ。
少年達は揃いも揃って情けない悲鳴を上げた。
逃げようにも突然の出来事に体は動かなかった。
一呼吸置いて冷静になる。
巫女は髪の長い綺麗な女性だった。
手を揃えて佇み、黙って見守っている。
その向こうに蝋燭が続いているのにも気付いた。

「当たりだ。この人は多分、案内人だよ。そうですよね」

樹の問い掛けに巫女は反応しなかった。
ただ無表情で黙っているばかり。

「気味悪い。行こうぜ」

女好きの大晴もさすがに気味悪がって先を促した。
少年達は懐中電灯を消して、警戒しながら巫女の側を通り過ぎた。
蝋燭は心許ないほど弱くて通路は薄暗い。
しかも嫌な獣臭がする。

「巫女がいねえ」

大晴に言われて三人が振り向くと確かにいなかった。
よくある恐怖映像のワンシーンみたいで朝陽はドキッとした。

「僕達とたまたま擦れ違っただけかもね。彼女はトンネルへ向かったんだろう」

樹の言葉に安堵して、引き続き先へ進むことにした。
そして数分後、ようやく出口に辿り着いた。
奥の方で点々と小さな灯りが続いているのが見えるだけで真っ暗だ。
改めて懐中電灯を点けて、あちこち振り回してみる。
岩が剥き出しの天井の高い空間が広がっているようだった。
そしてまた、神社が同じ方を向いて、輪になって整然と並んでいるらしい。
驚くほど異様な世界が目の前に現れた。

「やったぞ!俺達は辿り着いたんだ!龍神が暮らす龍穴に!」

蓮の歓喜の叫びは反響しながら遠くなっていった。
幸いにもすぐに何かが起こることは無かった。
蓮を除いて、少年達はしばらく呆然と立ち尽くした。
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