びんの悪魔 / 2023

yamatsuka

文字の大きさ
上 下
14 / 62
第八章

第一話

しおりを挟む
 “困った時は、人に助けを求めるべきだ”

 智香はその言葉を、額縁に入れて、自分の心の部屋に飾っている。それは、何も、説教好きな先生から言われたとか、道徳の授業で学んだとか、好きな小説の中に書かれていたからではない。彼女は本当に経験から、そのことを痛感することがあったのだ。
 
 “自分ことは、なるべく自分ですべきだ”

 そして、これもまた、智香が思っていたことだった。だが、この言葉が意識されることは少なかった。あまりにも自然にこの言葉は智香の意識に溶け込んでいた。

 智香が、この言葉を思い浮かべる時、それは、自分の中の矛盾を感じる時でもあった。

 というのも、誰かに助けを求めようとする時は、大抵いつも相手の負担を考えがちだし、自分一人で抱え込んでいると気付いた時には、誰かに言ってもしょうがないと思うことが多かったからだ。

 だからこの二つの言葉はいつも、どちらも正しいと感じるわりには、呆れるくらいに効果をもたらさないことの方が多かった。

 放課後、失くしたノートを一人で探そうと麻由里と別れてから、一通り教室中を探し、そのノートが失くしたのではなく、盗られたのだと気付いた時も同じ感覚だった。

「やられた。まさかこんなことをするなんてね」

 すっかり誰もいなくなった教室で一人、智香は自分の机に手をついて、呟いた。正直まだ確証はなかった。ただの勘違いだってこともある。もしそうなら、そっちの方がずっとよかった。

「変だと思った。百川さんがウチの教室に来るなんて、滅多にないから」

 智香は、どうしてあんなにも百川が突っかかってきたのか、納得がいったような気がした。もちろん、だからといって理解はできなかったが。

「どうして、あんなことするんだろ」

 智香は教室内を探すのを諦めて教室を出た。足音の響く校内を歩き回りながら、あの女ならどこに隠すだろうか、と考えた。自分で大事に持っておく? 例えば、自分の机の中、鞄の中? いや、憎んでいる私の物を、持っていたくないはずだ……。

 智香は足を止めて、ため息を漏らした。どうしてこんなことを考えなくてはいけないのか、と思い、嫌になった。

「……やめた。探すのも、考えるのも馬鹿らしい」

 智香はそれでノートのことはきっぱり諦めた。これからは私物を机の中に置くのはやめて、失くしてしまったことを麻由里に言って、コピーを取らせてもらおうと思った。そうやって現実的な策を考えていくと、嫌な気持ちはなくなって、途端にスッキリしたような気になった。

 “自分の感じたことを、はっきりと言った方がよい”

 これもまた、智香の信じている言葉の一つだ。この信念と相反するものは、

 “人に悪口をいってはいけない”

 だった。

 智香は、百川に対して行った反撃の数々を思い出していた。あれから何度も考えて、必死に自分のしたことを正当化しようとしてきた。だが結局ため息交じりに出てくる結論は、いくらなんでも、あんなに感情的になって、ひどいことを言う必要なんてなかった、というものだった。

 そうもっと……もっと上手くやれていたら。智香が考えていたのは、そのための言葉だった。

「あれ……?」

 智香はそこで見覚えのある姿を、窓の向こうに発見して、目を凝らした。彼女はその正体を見極めた。それから急いで校内を出た。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】ホウケンオプティミズム

高城蓉理
青春
【第13回ドリーム小説大賞奨励賞ありがとうございました】 天沢桃佳は不純な動機で知的財産権管理技能士を目指す法学部の2年生。桃佳は日々一人で黙々と勉強をしていたのだが、ある日学内で【ホウケン、部員募集】のビラを手にする。 【ホウケン】を法曹研究会と拡大解釈した桃佳は、ホウケン顧問の大森先生に入部を直談判。しかし大森先生が桃佳を連れて行った部室は、まさかのホウケン違いの【放送研究会】だった!! 全国大会で上位入賞を果たしたら、大森先生と知財法のマンツーマン授業というエサに釣られ、桃佳はことの成り行きで放研へ入部することに。 果たして桃佳は12月の本選に進むことは叶うのか?桃佳の努力の日々が始まる! 【主な登場人物】 天沢 桃佳(19) 知的財産権の大森先生に淡い恋心を寄せている、S大学法学部の2年生。 不純な理由ではあるが、本気で将来は知的財産管理技能士を目指している。 法曹研究会と間違えて、放送研究会の門を叩いてしまった。全国放送コンテストに朗読部門でエントリーすることになる。 大森先生 S大法学部専任講師で放研OBで顧問 専門は知的財産法全般、著作権法、意匠法 桃佳を唆した張本人。 高輪先輩(20) S大学理工学部の3年生 映像制作の腕はプロ並み。 蒲田 有紗(18) S大理工学部の1年生 将来の夢はアナウンサーでダンス部と掛け持ちしている。 田町先輩(20)  S大学法学部の3年生 桃佳にノートを借りるフル単と縁のない男。実は高校時代にアナウンスコンテストを総ナメにしていた。 ※イラスト いーりす様@studio_iris ※改題し小説家になろうにも投稿しています

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

願いの物語シリーズ【立花光佑】

とーふ(代理カナタ)
青春
後の世に伝説として語り継がれる試合があった。 『立花光佑』と『大野晄弘』 親友として、ライバルとして、二人の天才はそれぞれの道を歩んだ。 この物語は妹に甘く、家族を何よりも大切にする少年。 『立花光佑』の視点で、彼らの軌跡を描く。 全10話 完結済み 3日に1話更新予定(12時頃投稿予定) ☆☆本作は願いシリーズと銘打っておりますが、世界観を共有しているだけですので、単独でも楽しめる作品となっております。☆☆ その為、特に気にせずお読みいただけますと幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

処理中です...