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第八章
第一話
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“困った時は、人に助けを求めるべきだ”
智香はその言葉を、額縁に入れて、自分の心の部屋に飾っている。それは、何も、説教好きな先生から言われたとか、道徳の授業で学んだとか、好きな小説の中に書かれていたからではない。彼女は本当に経験から、そのことを痛感することがあったのだ。
“自分ことは、なるべく自分ですべきだ”
そして、これもまた、智香が思っていたことだった。だが、この言葉が意識されることは少なかった。あまりにも自然にこの言葉は智香の意識に溶け込んでいた。
智香が、この言葉を思い浮かべる時、それは、自分の中の矛盾を感じる時でもあった。
というのも、誰かに助けを求めようとする時は、大抵いつも相手の負担を考えがちだし、自分一人で抱え込んでいると気付いた時には、誰かに言ってもしょうがないと思うことが多かったからだ。
だからこの二つの言葉はいつも、どちらも正しいと感じるわりには、呆れるくらいに効果をもたらさないことの方が多かった。
放課後、失くしたノートを一人で探そうと麻由里と別れてから、一通り教室中を探し、そのノートが失くしたのではなく、盗られたのだと気付いた時も同じ感覚だった。
「やられた。まさかこんなことをするなんてね」
すっかり誰もいなくなった教室で一人、智香は自分の机に手をついて、呟いた。正直まだ確証はなかった。ただの勘違いだってこともある。もしそうなら、そっちの方がずっとよかった。
「変だと思った。百川さんがウチの教室に来るなんて、滅多にないから」
智香は、どうしてあんなにも百川が突っかかってきたのか、納得がいったような気がした。もちろん、だからといって理解はできなかったが。
「どうして、あんなことするんだろ」
智香は教室内を探すのを諦めて教室を出た。足音の響く校内を歩き回りながら、あの女ならどこに隠すだろうか、と考えた。自分で大事に持っておく? 例えば、自分の机の中、鞄の中? いや、憎んでいる私の物を、持っていたくないはずだ……。
智香は足を止めて、ため息を漏らした。どうしてこんなことを考えなくてはいけないのか、と思い、嫌になった。
「……やめた。探すのも、考えるのも馬鹿らしい」
智香はそれでノートのことはきっぱり諦めた。これからは私物を机の中に置くのはやめて、失くしてしまったことを麻由里に言って、コピーを取らせてもらおうと思った。そうやって現実的な策を考えていくと、嫌な気持ちはなくなって、途端にスッキリしたような気になった。
“自分の感じたことを、はっきりと言った方がよい”
これもまた、智香の信じている言葉の一つだ。この信念と相反するものは、
“人に悪口をいってはいけない”
だった。
智香は、百川に対して行った反撃の数々を思い出していた。あれから何度も考えて、必死に自分のしたことを正当化しようとしてきた。だが結局ため息交じりに出てくる結論は、いくらなんでも、あんなに感情的になって、ひどいことを言う必要なんてなかった、というものだった。
そうもっと……もっと上手くやれていたら。智香が考えていたのは、そのための言葉だった。
「あれ……?」
智香はそこで見覚えのある姿を、窓の向こうに発見して、目を凝らした。彼女はその正体を見極めた。それから急いで校内を出た。
智香はその言葉を、額縁に入れて、自分の心の部屋に飾っている。それは、何も、説教好きな先生から言われたとか、道徳の授業で学んだとか、好きな小説の中に書かれていたからではない。彼女は本当に経験から、そのことを痛感することがあったのだ。
“自分ことは、なるべく自分ですべきだ”
そして、これもまた、智香が思っていたことだった。だが、この言葉が意識されることは少なかった。あまりにも自然にこの言葉は智香の意識に溶け込んでいた。
智香が、この言葉を思い浮かべる時、それは、自分の中の矛盾を感じる時でもあった。
というのも、誰かに助けを求めようとする時は、大抵いつも相手の負担を考えがちだし、自分一人で抱え込んでいると気付いた時には、誰かに言ってもしょうがないと思うことが多かったからだ。
だからこの二つの言葉はいつも、どちらも正しいと感じるわりには、呆れるくらいに効果をもたらさないことの方が多かった。
放課後、失くしたノートを一人で探そうと麻由里と別れてから、一通り教室中を探し、そのノートが失くしたのではなく、盗られたのだと気付いた時も同じ感覚だった。
「やられた。まさかこんなことをするなんてね」
すっかり誰もいなくなった教室で一人、智香は自分の机に手をついて、呟いた。正直まだ確証はなかった。ただの勘違いだってこともある。もしそうなら、そっちの方がずっとよかった。
「変だと思った。百川さんがウチの教室に来るなんて、滅多にないから」
智香は、どうしてあんなにも百川が突っかかってきたのか、納得がいったような気がした。もちろん、だからといって理解はできなかったが。
「どうして、あんなことするんだろ」
智香は教室内を探すのを諦めて教室を出た。足音の響く校内を歩き回りながら、あの女ならどこに隠すだろうか、と考えた。自分で大事に持っておく? 例えば、自分の机の中、鞄の中? いや、憎んでいる私の物を、持っていたくないはずだ……。
智香は足を止めて、ため息を漏らした。どうしてこんなことを考えなくてはいけないのか、と思い、嫌になった。
「……やめた。探すのも、考えるのも馬鹿らしい」
智香はそれでノートのことはきっぱり諦めた。これからは私物を机の中に置くのはやめて、失くしてしまったことを麻由里に言って、コピーを取らせてもらおうと思った。そうやって現実的な策を考えていくと、嫌な気持ちはなくなって、途端にスッキリしたような気になった。
“自分の感じたことを、はっきりと言った方がよい”
これもまた、智香の信じている言葉の一つだ。この信念と相反するものは、
“人に悪口をいってはいけない”
だった。
智香は、百川に対して行った反撃の数々を思い出していた。あれから何度も考えて、必死に自分のしたことを正当化しようとしてきた。だが結局ため息交じりに出てくる結論は、いくらなんでも、あんなに感情的になって、ひどいことを言う必要なんてなかった、というものだった。
そうもっと……もっと上手くやれていたら。智香が考えていたのは、そのための言葉だった。
「あれ……?」
智香はそこで見覚えのある姿を、窓の向こうに発見して、目を凝らした。彼女はその正体を見極めた。それから急いで校内を出た。
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