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第十一話②

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 ダーツをする。ルールもわからないまま、とりあえずスタートし、矢を投げた。実体がないので力の調整が難しい。気を抜くと明後日の方向に飛んでしまう。現実と違って矢を抜かなくていいのは楽なところだ。なかなか白熱した。僕が勝つと君人は負けず嫌いを発揮して、勝つまで勝負を挑んできた。

「これ、ここが倍になって、ここが三倍になるんだよね」あと一投で、逆転できる時になって、君人は不安になってボードに近づいて指差した。

「ああ、そうだよ。真ん中は五十点な。だけど焦って的を外すなよ。そうしたらゼロ点だから」

「そんなことわかってるって! いいから黙って見てろ!」

 君人はかっとなった後、サッとダーツを持ち構えた。僕は、そっちが聞いたんだろ、と思いながら、君人が意気込んだ後、一向にダーツを投げないので、退屈してぼんやりと公民館の中を眺めていた。

 別にダーツをしに来たわけじゃないのに、随分長い間、ダーツをしてしまっていた。向こうのスペースではさっき話したピンク髪の女性と、うさ耳の女の子が喋っている。

 色々な人と話してみて、シュガーはほとんど例外的に親切で、気さくなんだ知った。年齢の差とか、初対面だとか、そういう壁をものともしないで僕たちを案内してくれた。シュガーのおかげでオブスキュラにいられる側面は確実にあった。

 だが、シュガーのそういった魅力は、現実では十分に評価されていないようだった。シュガーが、あの街を破壊していた時に言っていた言葉が忘れられない。金か。気が重くなった。

 向こうで、木の形をしたアバターの人の元に、少女漫画から出てきたみたいな姿をした女性が近づいて話し始めたのが見えた。最初、僕はその二人に対してそれ以上の興味を覚えなかった。

 オブスキュラ公民館でよくある光景の一つだとしか認識していなかった。だが、一通り会話が終わってその二人が手を振って解散して女性が背を向け、髪留めに使われている蝶を見た時、僕は立ち上がっていた。

「おい、どこ行くんだよ。逃げるつもりか」

 後ろで君人がそう訴えたが、僕はろくに聞いていなかった。その女性を追い、彼女がメイド服を着た人と話している後ろに、ミュートのまま、さりげなく近づいた。二人が話している。好きな食べ物の話。蝶の髪留めをしている女が主導している。僕は蝶の柄を観察した。間違いない。あのライブでベストを着た男の横にいた女性のリボンと同じ柄だった。さっきまで見ていたからわかる。女性の顔を見ると、あの日と化粧が違うだけで同一人物だとわかった。

 そこまでは確信が持てた。なんという偶然だろう、という驚きも遅れてやってきた。

 だが、なんだろう。それ以外で、なにかとても胸がざわざわとする。違う、そうじゃないと警鐘が鳴っている気がした。奇妙な感じだった。覚えがある。そうだ、あれだ。頭にその形とかが浮かんでいるのに、名前が思い出せない時のあの感じ。

 その女性に対して、僕はその感覚を思い出させた。それはとても単純で簡単な答えなはずだという気がした。しかし、何かが僕にそれを思い出させるのを決定的に阻んでいた。

 たぶん、もし僕が小説の登場人物でこれを読んでいる人がいるなら、どうしてこいつはわからないんだと言われかねないくらいに、単純な答えのはずだった。だがそれがいっこうにわからなかったのだ。なんだ、どうしてわからない、と必死に考え、自分を叱責する。あと少し、あと少しでわかるはずなんだ……。

「おい、いつまで逃げているつもりだ?」

 声を掛けられる。振り返った。君人が腕を組み、僕を睨んで立っていた。

「え?」
「え? じゃないよ。とぼけちゃって。ちゃんと自分でスコアボードを身に行くんだな」

 君人はそれだけ言うと勝ち誇った様子でダーツ場を指差した。戻って確認する。君人の最終得点は三百二十七点。僕より十点多かった。君人の最後の一投は、ギリギリ的に入り、二十点のダブルに入ったのだった。

「僕の勝ちだ」君人が胸を張って宣言した。

「ああ」僕はぼんやりと答えた。

「最後に勝った人が勝ちだからな」

「ああ」

「なんだよ、聞いているのかよ。それとも、負けるわけないとか思ってた?」君人が不満を爆発させて僕に迫った。

「そんなことどうでもいいよ」僕はそう答えた。女性は行ってしまった。まさに蝶のように消えてしまったのだ。

「くそっ」僕が悪態をつくと、君人は満足そうに笑った。しばらく君人は勝利の余韻に浸っているようだった。それから、

「……これから、どうする?」と聞いた。

 結局、オブスキュラ公民館にやって来たけど、新しい友達は作れていなかった。そして門限は確実に迫ってきていた。それでも無理して誰かと会話するか、今日は運が悪いと見做して諦めるか、と君人は聞いてきたのだ。

「今日は、もういいんじゃないか。疲れた」

 僕は正直に答えた。こんなにも知らない人と(と言ってもたかだか五六人だが)喋ったのは久しぶりだった。ライブも体験し、公民館で交流し、ダーツもし、〝Galatia〟の文字も見てしまった。そしてあの蝶の女。奇妙な偶然だ。あまりにも色々なことが起こり、目が回りそうだった。

「そうだね」君人がふうっと息を吐いて同意した。

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