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第二話②
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僕は共用のゴミステーションに満杯になった袋を捨てに行った。それから同じ階段を上り、三階まで来て家に帰らずに、エレベーターに乗り換えた。そのまま最上階まで上がる。
そして廊下の端まで歩き、そこから見える景色を眺めていた。自分が普段歩いている町が見下ろせて、小さくなった人や車が動いているのが見える。その眺めは、人間がいかに小さくて、せせこましく生きているのだと思わせてくれる。
僕はその景色が、自分の憂鬱を吹き飛ばしてくれるのを期待していた。だがそれは見慣れた、退屈な景色でしかなかった。それは何も、新しい視点をもたらしてはくれなかった。
僕はうんざりとした。この世界の、どこにも自分の居場所なんてないような気がした。
それから、決してそんなことをするつもりもないが、例えば、このまま、ここから飛び降りることを考えた。
でも、仮にそうしても、僕は世界に何も影響を与えられないと思った。せいぜい、数人が同情し、他は自分の買ったマンションに傷がついて迷惑だ、くらいにしか思わないだろう。
でも、それが普通のことなのだ。僕だってそうだ。同じマンションで誰が死んでも、まったく気づかないし、同情もしない。
虚しくなった僕は、そこを後にして、僕はエレベーターに戻った。家に戻ると、仕事から戻って来た父さんがいた。
「伸一。母さんは?」
新しく生えた白髪を揺らして、ネクタイを緩め、僕に聞く。
「買い物だってさ」僕はそれ以上会話をするつもりがなく、父さんの横を通り過ぎた。父さんは僕に何か言いたげな視線を投げかけていたが、僕は無視して部屋にこもった。
そしてまたベッドの上に横になり、スマホをいじっていると、玄関の扉が開く音がして、母さんが帰って来た。すぐに父さんとの会話が始まり、それは廊下を隔ててもはっきり聞こえてきた。
「おい、お前、玄関開いてたぞ」
「あら、そう?」
「文句言うなら、伸一にしてくれない? 私、先に出たから」
「伸一なら、とっくに部屋にこもったよ。だからな……」
「だから? 代わりに私に言ったっていうの? どうせ、この家には盗まれる価値のあるものなんて何もないじゃない」
「おいお前、そんな言い方……」
適当に聞き流していた。どうせいつものことだったからだ。僕はどうにもしなかった。
「伸一」
だが、今日は、コツコツと、扉をノックする音と共に、父さんが不機嫌な顔をのぞかせた。僕は身体を起こそうとしたが、その前に父さんは言った。
「わかってると思うけど、家を出る時は鍵をしておけよ。万が一でも、盗まれたらたまったものじゃないからな」
父さんはそれだけ捨て台詞のように言い、僕の反応を見ることなく、去っていった。僕は父さんの顔のサイズに開いた扉を、わざわざ閉めるために立ち上がった。その際、廊下の向こうに耳をそばだてたが、会話は何も聞こえず、僕は再びベッドの上に倒れ込んだ。
そして廊下の端まで歩き、そこから見える景色を眺めていた。自分が普段歩いている町が見下ろせて、小さくなった人や車が動いているのが見える。その眺めは、人間がいかに小さくて、せせこましく生きているのだと思わせてくれる。
僕はその景色が、自分の憂鬱を吹き飛ばしてくれるのを期待していた。だがそれは見慣れた、退屈な景色でしかなかった。それは何も、新しい視点をもたらしてはくれなかった。
僕はうんざりとした。この世界の、どこにも自分の居場所なんてないような気がした。
それから、決してそんなことをするつもりもないが、例えば、このまま、ここから飛び降りることを考えた。
でも、仮にそうしても、僕は世界に何も影響を与えられないと思った。せいぜい、数人が同情し、他は自分の買ったマンションに傷がついて迷惑だ、くらいにしか思わないだろう。
でも、それが普通のことなのだ。僕だってそうだ。同じマンションで誰が死んでも、まったく気づかないし、同情もしない。
虚しくなった僕は、そこを後にして、僕はエレベーターに戻った。家に戻ると、仕事から戻って来た父さんがいた。
「伸一。母さんは?」
新しく生えた白髪を揺らして、ネクタイを緩め、僕に聞く。
「買い物だってさ」僕はそれ以上会話をするつもりがなく、父さんの横を通り過ぎた。父さんは僕に何か言いたげな視線を投げかけていたが、僕は無視して部屋にこもった。
そしてまたベッドの上に横になり、スマホをいじっていると、玄関の扉が開く音がして、母さんが帰って来た。すぐに父さんとの会話が始まり、それは廊下を隔ててもはっきり聞こえてきた。
「おい、お前、玄関開いてたぞ」
「あら、そう?」
「文句言うなら、伸一にしてくれない? 私、先に出たから」
「伸一なら、とっくに部屋にこもったよ。だからな……」
「だから? 代わりに私に言ったっていうの? どうせ、この家には盗まれる価値のあるものなんて何もないじゃない」
「おいお前、そんな言い方……」
適当に聞き流していた。どうせいつものことだったからだ。僕はどうにもしなかった。
「伸一」
だが、今日は、コツコツと、扉をノックする音と共に、父さんが不機嫌な顔をのぞかせた。僕は身体を起こそうとしたが、その前に父さんは言った。
「わかってると思うけど、家を出る時は鍵をしておけよ。万が一でも、盗まれたらたまったものじゃないからな」
父さんはそれだけ捨て台詞のように言い、僕の反応を見ることなく、去っていった。僕は父さんの顔のサイズに開いた扉を、わざわざ閉めるために立ち上がった。その際、廊下の向こうに耳をそばだてたが、会話は何も聞こえず、僕は再びベッドの上に倒れ込んだ。
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