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第七話⑤
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「ここでインタラクトするんだよね」
共にグリフィンの背中に乗ってから君人が言った。
「ああ」僕はグリフィンの背中を眺めた。
艶のある金の毛並みが、なだらかな曲線を描いて、くちばしまで覆っていた。グリフィンは目的地が入力されるまで、呼吸をしながら、きょろきょろと辺りを見渡していたが、ひとたび行き先が決まると、高らかに鳴き、その飛行機のような大きな翼を広げた。それからバサバサと羽音が響いて、空を飛んだ。
「〝わるぷるぎす〟って、それ自体が一つのワールドみたいだ」横で君人が言った。
「へえ、そう」君人から聞かされていたが、それぞれの宇宙がいくつものワールドに分かれているのは、求めるワールドを探しやすくするためと、処理を分散するという実際的な問題もあるらしい。
「楽しみだな」僕はぐんぐん小さくなっていくエントランスを見ながら言った。
「それは、野々宮だけだろ。ああ、また絡まれたらどうしよう」君人が弱音を吐いた。
「あんまり心配するなよ、あいつら、いないかもしれないだろ」
だが、それは大きな間違いだった。ワールドに入った途端、僕たちは、騒がしい声で出迎えられた。「いらっしゃ~い」「二名様ご入店」「あら、あなたたち、ここは初めて~?」
野々宮は、その声を聞いて、魂が抜けたように立ち尽くした。
「あら、犬」一瞬、僕は、現実世界での慣習を思い出して、身構えた。
「かわいい~」だが、天使が無邪気に僕に向かって走り出すと、抱き着いてきた。
「え、待って。なにこの犬、面白い顔~。見て見て」そして、紫色に光るカウンターの奥にいたサキュバスに向かって言った。
「え? あ、本当だ。変なの」そう言って、ボイチェンの声で笑う。それは鈴がころころ鳴るような笑い声で、とても男だとは思えない。
「あんまり笑っちゃ悪いわよ」猫耳銀髪美少女が、二人をたしなめながら奥から出てきた。
「ようこそ、バー・わるぷるぎすへ。こちらは初めて?」そして、丁寧に男の声で、僕たちに話しかけた。
「初めてというか、なんというか」一向に動き出す気配のない君人の代わりに、僕が答えた。「この間、カードをもらいまして」
「カード……?」猫耳が首を傾げた。どうやらそうすると、その耳も一緒に動くようだ。よくできていると感心した。
「ああ、あなたたち、この間、エントランスにいた人?」思い出したのか、声が大きくなった。「うるさ……」天使が、その姿に似合わず、冷徹に言い放った。
「あらごめんなさい」猫耳は口に手を当てた。
「でも、そう言えば、見覚えがあるかも、ねえ、シュガーさんと一緒にいなかった?」サキュバスが僕たちを見ながら言った。
「ええ、まあ」
「やっぱり!」僕が答えると、彼女も合点がいって飛び跳ねた。胸や羽が、現実じゃありえないくらいにぼよんと揺れる。
「え? じゃあこの子、もしかして、あの時一緒にいた子?」それから、猫耳が君人の存在を認識した。君人は、ジッと、三人の視線を集めた。
「だ、誰のことですか……?」それから、無駄に声を低くしてすっとぼけようとする。
だが、もはや手遅れだった。その後は、この間の再演になった。三人は、君人の周りを取り囲み、からかって、質問攻めにして、その都度たじたじになる君人の反応を楽しんだ(「えー来てくれたんだ。嬉しい。ありがとう」「ていうか、アバター変えたんだね。それ、竜騎士? 格好いいじゃん」「名前は?」「君人? え~かわいい、じゃない、かっこいいね」「歳は?」「十七歳なの? 若―い。あんたの半分くらいじゃない」「半分は言い過ぎだって」「その剣、使えるの?」)。
「あの、ちょっと、僕、トイレ行ってくるんで、しばらくいなくなります!」
君人は耐え切れなくなったのか、本当にそう言って、ゴーグルをつけたまま、接続を切ると、部屋を出て行ってしまった。バーでは、魂を失った竜騎士の身体だけがその場に残された。
共にグリフィンの背中に乗ってから君人が言った。
「ああ」僕はグリフィンの背中を眺めた。
艶のある金の毛並みが、なだらかな曲線を描いて、くちばしまで覆っていた。グリフィンは目的地が入力されるまで、呼吸をしながら、きょろきょろと辺りを見渡していたが、ひとたび行き先が決まると、高らかに鳴き、その飛行機のような大きな翼を広げた。それからバサバサと羽音が響いて、空を飛んだ。
「〝わるぷるぎす〟って、それ自体が一つのワールドみたいだ」横で君人が言った。
「へえ、そう」君人から聞かされていたが、それぞれの宇宙がいくつものワールドに分かれているのは、求めるワールドを探しやすくするためと、処理を分散するという実際的な問題もあるらしい。
「楽しみだな」僕はぐんぐん小さくなっていくエントランスを見ながら言った。
「それは、野々宮だけだろ。ああ、また絡まれたらどうしよう」君人が弱音を吐いた。
「あんまり心配するなよ、あいつら、いないかもしれないだろ」
だが、それは大きな間違いだった。ワールドに入った途端、僕たちは、騒がしい声で出迎えられた。「いらっしゃ~い」「二名様ご入店」「あら、あなたたち、ここは初めて~?」
野々宮は、その声を聞いて、魂が抜けたように立ち尽くした。
「あら、犬」一瞬、僕は、現実世界での慣習を思い出して、身構えた。
「かわいい~」だが、天使が無邪気に僕に向かって走り出すと、抱き着いてきた。
「え、待って。なにこの犬、面白い顔~。見て見て」そして、紫色に光るカウンターの奥にいたサキュバスに向かって言った。
「え? あ、本当だ。変なの」そう言って、ボイチェンの声で笑う。それは鈴がころころ鳴るような笑い声で、とても男だとは思えない。
「あんまり笑っちゃ悪いわよ」猫耳銀髪美少女が、二人をたしなめながら奥から出てきた。
「ようこそ、バー・わるぷるぎすへ。こちらは初めて?」そして、丁寧に男の声で、僕たちに話しかけた。
「初めてというか、なんというか」一向に動き出す気配のない君人の代わりに、僕が答えた。「この間、カードをもらいまして」
「カード……?」猫耳が首を傾げた。どうやらそうすると、その耳も一緒に動くようだ。よくできていると感心した。
「ああ、あなたたち、この間、エントランスにいた人?」思い出したのか、声が大きくなった。「うるさ……」天使が、その姿に似合わず、冷徹に言い放った。
「あらごめんなさい」猫耳は口に手を当てた。
「でも、そう言えば、見覚えがあるかも、ねえ、シュガーさんと一緒にいなかった?」サキュバスが僕たちを見ながら言った。
「ええ、まあ」
「やっぱり!」僕が答えると、彼女も合点がいって飛び跳ねた。胸や羽が、現実じゃありえないくらいにぼよんと揺れる。
「え? じゃあこの子、もしかして、あの時一緒にいた子?」それから、猫耳が君人の存在を認識した。君人は、ジッと、三人の視線を集めた。
「だ、誰のことですか……?」それから、無駄に声を低くしてすっとぼけようとする。
だが、もはや手遅れだった。その後は、この間の再演になった。三人は、君人の周りを取り囲み、からかって、質問攻めにして、その都度たじたじになる君人の反応を楽しんだ(「えー来てくれたんだ。嬉しい。ありがとう」「ていうか、アバター変えたんだね。それ、竜騎士? 格好いいじゃん」「名前は?」「君人? え~かわいい、じゃない、かっこいいね」「歳は?」「十七歳なの? 若―い。あんたの半分くらいじゃない」「半分は言い過ぎだって」「その剣、使えるの?」)。
「あの、ちょっと、僕、トイレ行ってくるんで、しばらくいなくなります!」
君人は耐え切れなくなったのか、本当にそう言って、ゴーグルをつけたまま、接続を切ると、部屋を出て行ってしまった。バーでは、魂を失った竜騎士の身体だけがその場に残された。
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