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第四話①
しおりを挟むその日の放課後、僕はその色白短髪の男と一緒に――彼の名は君岡と言った――そいつの家に向かって帰っていた。
「でもさ、驚いたよ」
君岡は駅から出ているバスに乗ってから遠慮がちに切り出した。
「野宮がVRに興味があるなんてさ。こう言っちゃなんだけど、野宮はそういうの、馬鹿にしてると思ってた。それがあんな突然、話しかけてくるなんてさ」
君岡はその時のことを思い出しながら、チラチラとこちらを伺うように言った。僕は弱気になっている君岡に少しイライラした。「悪いか?」言った後で、ちょっと言い過ぎたと思って後悔する。
「いや、悪いとは言ってないけどさ」
君岡は怖くなったのか、慌てて否定した。「ただ、意外だったからさ」そしてまた僕の方を伺い、話は途切れた。
僕はそれを見て、別にもう君岡にはイラつかなかったが、自分が嫌になった。
まるで自分が気の優しい君岡を脅して家まで向かっているような気がしたからだ。
「本当にいいのか?」僕は少しでも罪悪感から逃れたくて聞いた。
「いいよいいよ。実はさ、一人じゃ怖いなって思ってたからさ。ちょうどいい」
君岡は、愛想よく振る舞った。
「野宮はさ」僕の方をちらりと見て言った。
「〝オブスキュラ〟のことをどこで知ったの?」バスが揺れ、僕はバランスを取り、ポールを掴む力を強めた。
「ああ、ええと、この間さ、ネットで。〝ANNE〟って知ってる?」
「〝ANNE〟⁉」今までで一番大きな声だった。僕は驚き、バスの中の数人も何人かこっちを見た。君岡は口元に手をやり、声を抑えて言った。
「〝ANNE〟って今一番有名な、カリスマ的VRの住人だよ。それだけじゃない、巷では、新しい世界の指導者とか、預言者とか言われている。野宮は〝ANNE〟を知ってるの?」君岡は僕を食い気味に見ていた。
「いや、知らないよ。たまたまネットの記事を見ただけだ」
「なんだ」僕が言うと君岡は露骨に肩を落とした。
「そうだよな。そんな簡単にいくわけないか」君岡はため息をついて前を向いた。まるで試験に落ちた時みたいな顔をしている。
「……なあ、〝ANNE〟がどうかしたのか?」
気になって僕は聞いた。もしかしたら、君岡が〝Galatia〟についても知っているのかもしれないと期待して。
返って来た答えは、形は違えど、奇しくも僕の目標と一致していた。
「僕さ、〝ANNE〟に憧れているんだよ。〝オブスキュラ〟に行きたいのも、彼女に会いたいからなんだ」
「……別に、SNSなんかで連絡を取ることくらいできるんじゃないか?」
僕が水を差すと、君岡は首を振った。
「それじゃダメだ。僕はさ、直接〝ANNE〟に会いたいんだよ。〝オブスキュラ〟の中にいる〝ANNE〟にさ。それが僕の目標なんだ」
君岡は目を輝かせてそう言った。僕はその理由を詳しく聞かなかった。正直なところ、そこまで君岡に興味がなかったのもあるし、それに何より、僕は自分が〝オブスキュラ〟を体験できればそれでいいと思っていた。
「あ、次降りるよ」君岡がバスのボタンを押した。バスが停車する。降りる際、君岡がこう言った。
「正直、本当に有難いよ。兄貴が怪我した時、何してんだって思ったからさ。僕一人じゃ、〝オブスキュラ〟に行く勇気なんてなくてさ。かといって、クラスの奴らから、一緒に行く人を探すのも大変で。偶然、野宮と同じクラスだったなんて、本当に運がいいなあ」
君岡は、本心からそう言っているようだった。
「着いた。ここだよ」
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