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第56話【検討】
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「これで前みたいに早く動けるんですかね? 試してみますね」
そう言ってクロムは部屋の中を動き始めた。
ところがどう見てもこの動きで暴れ牛を圧倒できたとは思えない。
「クロム?」
「あれ……?」
私の呼びかけにクロムは首を傾げる。
どうやら思った通りの効果が得られていないようだ。
「おかしいですねぇ……魔法を受けた感覚は前と同じように思ったんですけどね」
「そう……でも、別の魔法も試してみたらいいし。ちょっと待ってね」
私は次に考えていた解呪の魔法と攻撃魔法の複合を試してみようと、準備を始めた。
治癒と解毒の魔法と違い、解呪の魔法は対象になる呪いによって、練る魔力が異なってくる。
今回試してみるのは【鈍重】を解く魔法。
まずは初めにいつも通りに魔力を練る。
治癒の魔法に必要な魔力と比べて解呪に必要な魔法は多いけれど、最近の私には数回の解呪の魔法ではなんの問題も無くなった。
次に、さっきと同じ要領で攻撃魔法の魔力を練り始める。
コツが分かった今は、先ほどよりも上手くいくだろう。
何か怒りを覚えることを頭に思い浮かべる。
そういえば、以前第二衛生兵部隊の元隊長が自分に治療を施してくれた衛生兵をひどい目にあわせたことがあった。
すぐにデイジーが駆けつけて大事には至らなかったけれど、あれは今思い出しても虫唾が走る。
ふつふつと沸き起こる怒りの感情に任せて、下腹部に意識を向け魔力を練る。
二度目のおかげか、よほど怒りが強かったのか、先ほどよりもすんなりと魔力を練ることができた。
「さて……今度はどうかしら。クロム。いくわよ?」
「はい! いつでも大丈夫です‼︎」
私は練り上げた二つの魔力を合わせて、再度クロムに魔法をかける。
今回もクロムは紫色の光に包まれ、そして光は消えていった。
「じゃあ、もう一回試してくれる? 今度は上手くいくかしら?」
「分かりました! いきますよー」
「⁉︎」
突然クロムの姿が目の前から消えた。
驚きのあまり私は絶句する。
辺りを見渡しても、部屋の中をすごい速さで動く何かがいるのが分かるだけで、クロムの姿を捉えることは私にはできなかった。
なぜ動くものがいるか分かるのかというと、床を蹴り上げるすごい音と、凄まじいほどの風圧を感じているからだ。
身に付けている衣服はなびき、机に置かれたままになっていた書類が中を舞う。
やがてクロムが先ほどと同じ場所に姿を表した。
その顔には、やってしまった、と言う文字が書いてあるようだ。
私が数度瞬きをするくらいの間に全てが起こった。
「あちゃー。すいません。すぐに片付けます」
「クロム! あなた……上手くいったのね⁉︎」
右手で頬をかいてたクロムは、腕を下ろし、満面の笑顔を作った。
「はい! びっくりするくらいの速さで動けるようになりました!」
「やったわね! と、なると……解呪の魔法との組み合わせが正解ってことなのかしら……」
私はその場で考え込む。
だとすると、大きな課題がある。
そもそも今いる衛生兵の中で、攻撃魔法の魔力を練ることのできる者は一人しかいない。
アイオラから魔力の練り方を教わっていた妹のロベリアだ。
だけど彼女はまだ解呪の魔法は扱えない。
これから学んだとしても、【鈍重】を解く魔法を身に付けることができるのはかなり時間がかかるだろう。
となると、すでに解呪の魔法を唱えることができるデイジーやサルビアが考えられるけれど、二人が使えるのも【苦痛】や【恐怖】で、【鈍重】はまだだ。
さらに彼女たちは攻撃魔法の魔力の練り方を身に付けなければいけない。
他の多くの衛生兵はその全てを身に付けないといけないのだから、言うまでもないだろう。
つまり、現状この強化魔法とも呼ぶべき第三の魔法を扱えるのは、私一人だけだということだ。
しかし私にも問題がある。
暴れ牛にかけられたままの【鈍重】の呪いのせいで、一人で動くのもままならないのだ。
さすがにもう戦闘に同行するのはやらないけれど、少なくとも攻略のために設置されている最も近い陣営まで向かわなければならない。
果たしてデイジーたちがそれを許してくれるだろうか。
「そうだわ……アンバー隊長にもこのことを伝えておいた方がいいわね。彼なら、きっといずれ扱えるようになってくれるはずよ」
「これって、自分にも使えるんですかね? 俺も魔法の練習始めてみようかなぁ」
「今なんて言ったの?」
「え? あはは……魔法おぼえてみようかなぁって。さすがに才能のない俺には無理ですかね?」
「違うわ。その前よ。自分に使えるのか。そうね。ダメで元々。試してみる価値はあるかもしれない」
「え? どう言うことです? え?」
私は再び解呪の魔法と攻撃魔法の複合魔法を唱えた。
ただし今回の対象はクロムではなく、自分自身だ。
自分も含めて、自分よりも大きな魔力を持った回復魔法でなければ効果が得られない。
これは身をもって経験した事実だ。
では、たった今創り出されたばかりのこの魔法では?
その結果は、誰もまだ知らないはずだ。
紫色の光に温かい光に包まれ、胸の辺りと下腹部が火照ってくるのを感じた。
光が消えた後、私は恐る恐る、呪いのせいで重く動かすのも大変になってしまった右腕をゆっくりと持ち上げた。
そう言ってクロムは部屋の中を動き始めた。
ところがどう見てもこの動きで暴れ牛を圧倒できたとは思えない。
「クロム?」
「あれ……?」
私の呼びかけにクロムは首を傾げる。
どうやら思った通りの効果が得られていないようだ。
「おかしいですねぇ……魔法を受けた感覚は前と同じように思ったんですけどね」
「そう……でも、別の魔法も試してみたらいいし。ちょっと待ってね」
私は次に考えていた解呪の魔法と攻撃魔法の複合を試してみようと、準備を始めた。
治癒と解毒の魔法と違い、解呪の魔法は対象になる呪いによって、練る魔力が異なってくる。
今回試してみるのは【鈍重】を解く魔法。
まずは初めにいつも通りに魔力を練る。
治癒の魔法に必要な魔力と比べて解呪に必要な魔法は多いけれど、最近の私には数回の解呪の魔法ではなんの問題も無くなった。
次に、さっきと同じ要領で攻撃魔法の魔力を練り始める。
コツが分かった今は、先ほどよりも上手くいくだろう。
何か怒りを覚えることを頭に思い浮かべる。
そういえば、以前第二衛生兵部隊の元隊長が自分に治療を施してくれた衛生兵をひどい目にあわせたことがあった。
すぐにデイジーが駆けつけて大事には至らなかったけれど、あれは今思い出しても虫唾が走る。
ふつふつと沸き起こる怒りの感情に任せて、下腹部に意識を向け魔力を練る。
二度目のおかげか、よほど怒りが強かったのか、先ほどよりもすんなりと魔力を練ることができた。
「さて……今度はどうかしら。クロム。いくわよ?」
「はい! いつでも大丈夫です‼︎」
私は練り上げた二つの魔力を合わせて、再度クロムに魔法をかける。
今回もクロムは紫色の光に包まれ、そして光は消えていった。
「じゃあ、もう一回試してくれる? 今度は上手くいくかしら?」
「分かりました! いきますよー」
「⁉︎」
突然クロムの姿が目の前から消えた。
驚きのあまり私は絶句する。
辺りを見渡しても、部屋の中をすごい速さで動く何かがいるのが分かるだけで、クロムの姿を捉えることは私にはできなかった。
なぜ動くものがいるか分かるのかというと、床を蹴り上げるすごい音と、凄まじいほどの風圧を感じているからだ。
身に付けている衣服はなびき、机に置かれたままになっていた書類が中を舞う。
やがてクロムが先ほどと同じ場所に姿を表した。
その顔には、やってしまった、と言う文字が書いてあるようだ。
私が数度瞬きをするくらいの間に全てが起こった。
「あちゃー。すいません。すぐに片付けます」
「クロム! あなた……上手くいったのね⁉︎」
右手で頬をかいてたクロムは、腕を下ろし、満面の笑顔を作った。
「はい! びっくりするくらいの速さで動けるようになりました!」
「やったわね! と、なると……解呪の魔法との組み合わせが正解ってことなのかしら……」
私はその場で考え込む。
だとすると、大きな課題がある。
そもそも今いる衛生兵の中で、攻撃魔法の魔力を練ることのできる者は一人しかいない。
アイオラから魔力の練り方を教わっていた妹のロベリアだ。
だけど彼女はまだ解呪の魔法は扱えない。
これから学んだとしても、【鈍重】を解く魔法を身に付けることができるのはかなり時間がかかるだろう。
となると、すでに解呪の魔法を唱えることができるデイジーやサルビアが考えられるけれど、二人が使えるのも【苦痛】や【恐怖】で、【鈍重】はまだだ。
さらに彼女たちは攻撃魔法の魔力の練り方を身に付けなければいけない。
他の多くの衛生兵はその全てを身に付けないといけないのだから、言うまでもないだろう。
つまり、現状この強化魔法とも呼ぶべき第三の魔法を扱えるのは、私一人だけだということだ。
しかし私にも問題がある。
暴れ牛にかけられたままの【鈍重】の呪いのせいで、一人で動くのもままならないのだ。
さすがにもう戦闘に同行するのはやらないけれど、少なくとも攻略のために設置されている最も近い陣営まで向かわなければならない。
果たしてデイジーたちがそれを許してくれるだろうか。
「そうだわ……アンバー隊長にもこのことを伝えておいた方がいいわね。彼なら、きっといずれ扱えるようになってくれるはずよ」
「これって、自分にも使えるんですかね? 俺も魔法の練習始めてみようかなぁ」
「今なんて言ったの?」
「え? あはは……魔法おぼえてみようかなぁって。さすがに才能のない俺には無理ですかね?」
「違うわ。その前よ。自分に使えるのか。そうね。ダメで元々。試してみる価値はあるかもしれない」
「え? どう言うことです? え?」
私は再び解呪の魔法と攻撃魔法の複合魔法を唱えた。
ただし今回の対象はクロムではなく、自分自身だ。
自分も含めて、自分よりも大きな魔力を持った回復魔法でなければ効果が得られない。
これは身をもって経験した事実だ。
では、たった今創り出されたばかりのこの魔法では?
その結果は、誰もまだ知らないはずだ。
紫色の光に温かい光に包まれ、胸の辺りと下腹部が火照ってくるのを感じた。
光が消えた後、私は恐る恐る、呪いのせいで重く動かすのも大変になってしまった右腕をゆっくりと持ち上げた。
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