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第6話【開かない箱】
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戦闘の音が聞こえた瞬間、私は治療場へと走り出していた。
今外で戦っている兵士たちが負傷しても、すぐに治療に当たれるようにするためだ。
「聖女様! 大変です‼ 外に魔獣が‼」
「デイジー! 状況は⁉」
治療場に着くと、すでに怪我をした兵士たちが運ばれていた。
デイジーを始め、総勢で治癒に当たっているが、何しろ数が多い。
やっと安定的に治療ができるようになってきたと思っていたけれど、ここは戦場。
そう簡単にはいかないようだ。
「毒を受けた者は私のところに運んでちょうだい! デイジー! こっちへ来て! 簡単な毒についてはあなたに任せるわよ‼」
「はい‼」
どうやら思ったよりも魔獣の勢いは激しいようだ。
どんどん負傷兵が運ばれてくる。
中には少し前に回復したばかりの兵士の姿もあった。
みな、牙や爪などで四肢を切り裂かれた状態で運ばれてきて、痛々しい。
運んできた兵士もすぐに戦闘に戻り、そして怪我をして、別の兵士に運ばれるような状況だ。
運が悪いことに、この第五衛生兵部隊に運ばれる兵士のほとんどは、身分もそして戦闘能力も低い者ばかりだった。
「聖女様! このままでは間に合いません! こんなに次から次へと運ばれるだなんて!」
「諦めてはダメよ! 兵士たちが頑張っているの! それを助ける私たちが頑張らないでどうするの‼」
言葉はかけるものの、私自身いつ終わるか分からない戦闘と、負傷兵の多さにどうすればいいか分からなくなっていた。
今では同じ兵士が何度も運ばれ、傷を癒してはすぐ戦闘に戻って行くような有様だ。
衛生兵たちも、魔力枯渇と魔法酷使の症状が出始めている。
このまま今の状態が続けば、そのうち一人、また一人と衛生兵が先に倒れて行くだろう。
「なんてこと! こんな時に、魔石があれば‼」
魔石とは魔法の触媒となる石の総称で、魔鉱石を精製して作られる。
砕いて身体に取り込めば魔力の回復、魔法を唱える際にうまく使えば、普段使うことのできないような上級の魔法を使うことができる、まさに魔法の石だ。
「魔石……ですか? 昔、全ての部隊にそれなりの量の魔石を支給されたと聞いたことがありますが……」
「それは本当⁉」
私の泣き言を聞いたデイジーが一縷の望みがあることを告げる。
もしなければどのみち間に合わないのだ。
私はデイジーに私の分の治療も一時的に任せて、再び司令室であるアンバーの部屋に急いだ。
「失礼します‼」
「なんだ。君か。申し訳ないけど今は忙しいんだ。君も知っているだろう? 魔獣がこの陣営を襲ってきたんだよ。まったく、嫌になるよ」
「分かっています‼ 部隊長‼ 軍から魔石が支給されたとは本当ですか⁉」
「うん? よく知ってるね。ああ、本当だよ。ただ……それを当てにしようたって無駄さ」
アンバーは部屋の棚に置いてある錠のついた箱に目線を送った後、顔を横に振った。
私は急いで箱の前に行き開けようとするが、鍵がかかったままで開くことができなかった。
「すぐにこの箱を開け、魔石を使わせてください。でなれけば……大勢死にます‼」
「無駄と言っただろう。まったく軍ってのは嫌になるよ。その箱の鍵だけどね。開けるためには長官に報告書を上げて、承認を得ないといけない。そんなのしている間に数日経ってしまうさ」
「そんなバカなことが‼ 鍵は! 鍵はお持ちじゃないんですか⁉」
「無いんだよ。承認状と一緒に鍵が送られてくるって手筈さ。だから、諦めて持ち場へ戻りたまえ。ここは君のいる場所じゃ無いだろう?」
どうやらこれ以上話しても無駄なようだ。
しかし、ここにある魔石がどれだけあるか分からないけれど、手に入れなければ確実に治療場は瓦解する。
私は拳を作り、そこに魔力を込めた。
右手が淡く光り輝くのを確認した後、私は大きく頭上へ拳を振り上げた。
「おい……何をする気――」
アンバーの言葉など無視して、私は拳を錠のついた箱に勢いよく振り下ろす。
箱の蓋と錠は激しく歪み、すでに中の物を守るという役目を担えなくなっていた。
「開くじゃないですか。それでは、この魔石もらっていきますね」
「たまげたね。まさかそんなことするなんて。正気かい?」
「戦場で正気でいる者など居るはずがありません。居るとしたら、それは死人だけです」
「あっはっは! 君は僕が思っていた女性とは随分違うようだね。分かったよ。その魔石は君に全部あげよう。どうせ奴ら箱のことなんて確認しないんだ」
アンバーは白が多く混じった黒色の短髪を額から後に撫であげ、濃褐色の瞳を私に向けそう言った。
私は何が面白いのか分からず、しかし時間がないと、急いで箱から魔石を取り出して行く。
すると、アンバーが箱の方に近付き手を伸ばして来た。
まさか結局阻止されるのかと思い、私は身構える。
「ああ。そんな風に警戒しないで。持っていっていいって言ったのは本当さ。ただね、一つだけでいいから、僕にくれないかな? それ」
「部隊長が魔石など何に使うんですか?」
「いいから、いいから。ほら。急がないと手遅れになる子が出てくるかもしれないよ?」
「分かりました。それでは失礼します」
私は一礼をすると、魔石を落とさぬように気を付けながら、治療場へ急ぐ。
もともと体力がある方ではないので、息が上がる。
それでも少しでも早く治療に戻るために、息を弾ませながら懸命に両足を動かした。
「戻ったわ‼ 状況は⁉」
「聖女様! もう無理です‼ みんな、限界です‼」
見るとすでに衛生兵の何人かが、魔力枯渇により倒れていた。
その間にも負傷した兵は多く運ばれており、すでに全員が横になることができないほど、負傷兵で埋め尽くされていた。
「みんな! 聞いて! ここに魔石があるわ。魔力が尽きた者はこれを砕いて飲んで! 少量でいいわ。重傷者は優先して私の方に運んで‼」
「分かりました‼」
私の指示に、まだ動ける衛生兵たちは動き始める。
すでに倒れた人には、別の人が砕いて飲ませてあげていた。
「凄い……魔力が、魔力が満ちてきます」
「それが魔石の効果よ。さぁ! もうひと踏ん張りよ‼」
私も魔石を一つ砕きその全てを飲み干した。
身体中に魔力が満ちていくのが感じられる。
そして次々と私の元に運ばれてくる重傷者に、上級の回復魔法をかけては、その傷を癒していった。
どのくらいの人数を治したかすでに分からなくなっていたが、私はふと変化に気が付いた。
「負傷者が、運ばれて来なくなった?」
私の呟きにそれを聞き取った数人が顔を上げる。
すると、入口からどこにも怪我を負っていない兵士が一人飛び込んできた。
「みなさん! 無事に魔獣は殲滅しました‼ そして‼ あれだけ激しい戦闘だったにも関わらず、奇跡的に死者はゼロです‼」
その報告に、私も含め、その場にいる全ての人間が歓声を上げた。
今外で戦っている兵士たちが負傷しても、すぐに治療に当たれるようにするためだ。
「聖女様! 大変です‼ 外に魔獣が‼」
「デイジー! 状況は⁉」
治療場に着くと、すでに怪我をした兵士たちが運ばれていた。
デイジーを始め、総勢で治癒に当たっているが、何しろ数が多い。
やっと安定的に治療ができるようになってきたと思っていたけれど、ここは戦場。
そう簡単にはいかないようだ。
「毒を受けた者は私のところに運んでちょうだい! デイジー! こっちへ来て! 簡単な毒についてはあなたに任せるわよ‼」
「はい‼」
どうやら思ったよりも魔獣の勢いは激しいようだ。
どんどん負傷兵が運ばれてくる。
中には少し前に回復したばかりの兵士の姿もあった。
みな、牙や爪などで四肢を切り裂かれた状態で運ばれてきて、痛々しい。
運んできた兵士もすぐに戦闘に戻り、そして怪我をして、別の兵士に運ばれるような状況だ。
運が悪いことに、この第五衛生兵部隊に運ばれる兵士のほとんどは、身分もそして戦闘能力も低い者ばかりだった。
「聖女様! このままでは間に合いません! こんなに次から次へと運ばれるだなんて!」
「諦めてはダメよ! 兵士たちが頑張っているの! それを助ける私たちが頑張らないでどうするの‼」
言葉はかけるものの、私自身いつ終わるか分からない戦闘と、負傷兵の多さにどうすればいいか分からなくなっていた。
今では同じ兵士が何度も運ばれ、傷を癒してはすぐ戦闘に戻って行くような有様だ。
衛生兵たちも、魔力枯渇と魔法酷使の症状が出始めている。
このまま今の状態が続けば、そのうち一人、また一人と衛生兵が先に倒れて行くだろう。
「なんてこと! こんな時に、魔石があれば‼」
魔石とは魔法の触媒となる石の総称で、魔鉱石を精製して作られる。
砕いて身体に取り込めば魔力の回復、魔法を唱える際にうまく使えば、普段使うことのできないような上級の魔法を使うことができる、まさに魔法の石だ。
「魔石……ですか? 昔、全ての部隊にそれなりの量の魔石を支給されたと聞いたことがありますが……」
「それは本当⁉」
私の泣き言を聞いたデイジーが一縷の望みがあることを告げる。
もしなければどのみち間に合わないのだ。
私はデイジーに私の分の治療も一時的に任せて、再び司令室であるアンバーの部屋に急いだ。
「失礼します‼」
「なんだ。君か。申し訳ないけど今は忙しいんだ。君も知っているだろう? 魔獣がこの陣営を襲ってきたんだよ。まったく、嫌になるよ」
「分かっています‼ 部隊長‼ 軍から魔石が支給されたとは本当ですか⁉」
「うん? よく知ってるね。ああ、本当だよ。ただ……それを当てにしようたって無駄さ」
アンバーは部屋の棚に置いてある錠のついた箱に目線を送った後、顔を横に振った。
私は急いで箱の前に行き開けようとするが、鍵がかかったままで開くことができなかった。
「すぐにこの箱を開け、魔石を使わせてください。でなれけば……大勢死にます‼」
「無駄と言っただろう。まったく軍ってのは嫌になるよ。その箱の鍵だけどね。開けるためには長官に報告書を上げて、承認を得ないといけない。そんなのしている間に数日経ってしまうさ」
「そんなバカなことが‼ 鍵は! 鍵はお持ちじゃないんですか⁉」
「無いんだよ。承認状と一緒に鍵が送られてくるって手筈さ。だから、諦めて持ち場へ戻りたまえ。ここは君のいる場所じゃ無いだろう?」
どうやらこれ以上話しても無駄なようだ。
しかし、ここにある魔石がどれだけあるか分からないけれど、手に入れなければ確実に治療場は瓦解する。
私は拳を作り、そこに魔力を込めた。
右手が淡く光り輝くのを確認した後、私は大きく頭上へ拳を振り上げた。
「おい……何をする気――」
アンバーの言葉など無視して、私は拳を錠のついた箱に勢いよく振り下ろす。
箱の蓋と錠は激しく歪み、すでに中の物を守るという役目を担えなくなっていた。
「開くじゃないですか。それでは、この魔石もらっていきますね」
「たまげたね。まさかそんなことするなんて。正気かい?」
「戦場で正気でいる者など居るはずがありません。居るとしたら、それは死人だけです」
「あっはっは! 君は僕が思っていた女性とは随分違うようだね。分かったよ。その魔石は君に全部あげよう。どうせ奴ら箱のことなんて確認しないんだ」
アンバーは白が多く混じった黒色の短髪を額から後に撫であげ、濃褐色の瞳を私に向けそう言った。
私は何が面白いのか分からず、しかし時間がないと、急いで箱から魔石を取り出して行く。
すると、アンバーが箱の方に近付き手を伸ばして来た。
まさか結局阻止されるのかと思い、私は身構える。
「ああ。そんな風に警戒しないで。持っていっていいって言ったのは本当さ。ただね、一つだけでいいから、僕にくれないかな? それ」
「部隊長が魔石など何に使うんですか?」
「いいから、いいから。ほら。急がないと手遅れになる子が出てくるかもしれないよ?」
「分かりました。それでは失礼します」
私は一礼をすると、魔石を落とさぬように気を付けながら、治療場へ急ぐ。
もともと体力がある方ではないので、息が上がる。
それでも少しでも早く治療に戻るために、息を弾ませながら懸命に両足を動かした。
「戻ったわ‼ 状況は⁉」
「聖女様! もう無理です‼ みんな、限界です‼」
見るとすでに衛生兵の何人かが、魔力枯渇により倒れていた。
その間にも負傷した兵は多く運ばれており、すでに全員が横になることができないほど、負傷兵で埋め尽くされていた。
「みんな! 聞いて! ここに魔石があるわ。魔力が尽きた者はこれを砕いて飲んで! 少量でいいわ。重傷者は優先して私の方に運んで‼」
「分かりました‼」
私の指示に、まだ動ける衛生兵たちは動き始める。
すでに倒れた人には、別の人が砕いて飲ませてあげていた。
「凄い……魔力が、魔力が満ちてきます」
「それが魔石の効果よ。さぁ! もうひと踏ん張りよ‼」
私も魔石を一つ砕きその全てを飲み干した。
身体中に魔力が満ちていくのが感じられる。
そして次々と私の元に運ばれてくる重傷者に、上級の回復魔法をかけては、その傷を癒していった。
どのくらいの人数を治したかすでに分からなくなっていたが、私はふと変化に気が付いた。
「負傷者が、運ばれて来なくなった?」
私の呟きにそれを聞き取った数人が顔を上げる。
すると、入口からどこにも怪我を負っていない兵士が一人飛び込んできた。
「みなさん! 無事に魔獣は殲滅しました‼ そして‼ あれだけ激しい戦闘だったにも関わらず、奇跡的に死者はゼロです‼」
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