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第1話【国を追放された私は】

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「この者が聖女なはずはない! けがらわしい!」

 この国サルタレロの今上きんじょう聖女である、【あかの聖女】ローザ様に叫ばれ指を突き付けられていたのは私だった。

 名前に相応しい、綺麗な長い赤髪と燃えるような紅い瞳が印象的な女性。
 ローザ様が着ているものも、見たこともないような仕立てのよい高級そうな赤いドレスだ。

 そんなローザ様に指を差されている私は、村から出たばかりで、王の前に出るにふさわしい格好をと着せられた、簡素ではあるけれど上質な白のドレス姿だった。
 自分で言うのもなんだけれど、生まれつきの白髪と相まって幽霊か何かに見えなくもない。

「どういうことだ。ローザよ。この者、エリスが聖女ではないと申すのか?」
「ええ。サルベー陛下。この者が聖女であるはずがないのです。何故ならば――」

 ローザ様の説明を要約するとこうだった。
 聖女とは偉大なる精霊に愛された女性を指す。

 偉大なる精霊は四大元素とも呼ばれ、それぞれに特有の色を持つ。
 例えばローザ様なら赤、『火』の精霊に愛されたお方だ。

 目の前にある身に宿す精霊力、つまり周囲の精霊が力を貸してくれる際の器の大きさを測る国宝【色視いろみの水晶】に手を当ててローザ様は国王であるサルベー様に実演してみせる。

「この様に光の強さで精霊力の大きさを、そして色で自らとえにしを持つ四大元素を示すのです」
「ふむ。煌々と赤い光が照っておるの。眩しくて目が痛いくらいだ」

 サルベー様の言う通り、ローザ様が触れると水晶から赤い光が眩いほどに発せられた。

「お分かりになられましたか? 私は火の精霊と強い縁を持っています。しかしこの者ときたら……」
「だが、ローザよ。エリスが触れた時も強い光が発せられたではないか」

 そう。ここに来てそうそうにサルベー様とローザ様の目の前で、私も水晶に触れていた。
 問題はその結果にあったのだけれど。

「色を、色を覚えていますか? 陛下。四大元素の色はそれぞれ、火の赤、水の青、風の緑、そして地の黄色です。それなのに!」
「ふむ。エリスの光は、目を開けられぬほどであったが、色はな」

 目が眩む程度では足りない、見るものの目を潰すほどの強い光。
 私が触れた途端、水晶から発せられた光の色は――無色だった。

「光の強さなど問題ではありません! いえ、むしろ精霊に愛されずにこの様な光を出すこの者は、きっとこの国に災いをもたらすに違いありません! 即刻この国から追放するべきです!」
「し、しかしのう……エリスの村の者の話では、様々な奇跡を既に起こしていると……」

「そんなもの! 田舎者の戯言と、真の聖女である私の言葉と。陛下はどちらを信じるのですか!?」
「そ、それはローザよ。お前だ」

 頭を下げながら聞いている二人の話は、何やらおかしな方向に進んでいる。
 私は下手をすると国外追放されてしまうらしい。

「何より! 精霊に愛されている最たる証は! 精霊の化身たるパルを持つはず! この者のそばにそれが見えますか? 陛下!」
「うーむ。何も見えんのう。ローザのその燃え盛るトカゲ、サラマンダーのようなものが居るとは思えんな」

 あ、それは……。
 私が弁明をしようとした瞬間、無常にも私の処遇が決まってしまった。

「あい。分かった! ローザよ。お前の言うことを全面的に信頼しよう。エリスよ。聖女と偽りたばかった罪は重い。よって、この国から追放とする!!」

 こうして何の弁明も出来ずに、生まれ育った村の期待を一身に背負って王都にやってきた私は、村に帰ることも出来ずに生まれた国から追放されたのだった。



「もう! どうすればいいって言うのよ! それにしてもエア! あなたが他の人に見えないからややこしくなったんじゃない!」

 私は自分の右肩に顔を向け、八つ当たり紛いの不満をぶつける。
 周りから見れば独り言を叫んでいる痛い子だけれど、村の人なら慣れっこで、私も別に独り言を言っている訳では無い。

「そんなことを言ってもさ。あいつ、自分のパルとも会話して僕のこと知ってるはずだよ? サラマンダーには伝えたし。実際、僕のおかげでへりくだってたろ?」
「サラマンダーがへりくだってるかどうかなんて、見て分かるわけないでしょ! じゃあなんでローザ様は私のことを偽物だって言ったのよ!?」

「そんなの僕には分からないさ。自分より強力な力を持つ聖女の出現に、嫉妬か、もしくは自分の地位が危ういとでも思ったんじゃないの?」

 そんなことを……と思ったが、完全には否定はできない。
 今までに聖女と崇められたのは常に一人だけだと歴史が語っていた。

 これまで複数の聖女が出現したことがないと思っていたけれど、より能力の高い方にすげ替わるという可能性も否定できない。
 ローザ様は自分の保身のためだけにあんなことを言ったのだろうか……。

「まぁさ。この向こうに精霊が集まってるの感じるから。そこまで行けば人が居るんじゃないかな」
「うーん。まぁ、エアのおかげでこうやって色々分かるんだから感謝してるけどね。この方角でいいのよね?」

 私の話し相手、それはローザ様の言う【パル】と呼ばれるものだ。
 私が物心ついた時から片時も離れたことの無いこの精霊は、空気のように目に見えない。

 私は見ることができるし、こうやって話もできる。
 見た目は手のひらサイズの純白のわしのようで、私の右肩が定位置だ。

 周りでこのエアと名付けたパルを見たり、話を聞いたりできる人を見かけたことは無い。
 聖女であるローザ様なら、と期待していたのだけれど、見えたかどうかも聞けずに追い出されてしまった。

 別に聖女になりたかった訳でもないから、もし別の国に無事に辿り着けたら、その時はひっそりと暮らすことにしよう。

 そんなことを思いながら歩いていると、横倒しになった幌馬車と、そのすぐ近くに倒れている二人の人を見つけた。
 どうやら車輪がひとつ外れ、そのせいで倒れてしまったらしい。

 御者かなにかかと思われる男性と、その主。
 高級そうな生地で仕立てられた服装、そして幌馬車から溢れた品を見ると、この主は大店おおだなの商人のように見えた。

「大変! 酷い怪我してる!! 助けなきゃ!」
「やめときなよ。エリス。さっき自分でひっそりと暮らすって思ったばかりじゃないか」

 エアはなんと私の考えていることすら分かるようで、こうやって普段から野次を飛ばしてくる。
 しかし、目の前に死にそうな人が居て放っておくことなどできるはずがない。

 私は急いで駆け寄って二人の容態を見た。

「ありゃりゃ。このおっさんの怪我は大したことないけど、こっちの男の怪我は致命的だね。このままじゃ死ぬよ」
「ちょっと! そんなこと言ってないで、エア! 力を貸して!!」

 私は急いで主と思わしき方の若い男性に両手を当て、精霊力をその手から男性へと注いだ。
 淡い光が男性の全身から発され、折れた手足や打撲の痕を治していく。

 その間、エアは力を使う時にいつも見られる現象だけれど、その白い身体を明滅させていた。

「これで良しっと。こっちの人はこれでいいよね」

 軽傷だが気を失っている御者のような壮年の男性にも先ほどよりも少ない量の精霊力を注ぐ。

「大丈夫ですか?」
「……はっ!? ここは!? ああ! そうだ! アベル様! アベル様が大変なことに!!」

「アベル様と言うのはこの方ですか? 大丈夫です。こちらは怪我が酷かったので少し時間はかかると思いますが、今に目を覚ますはずです」
「まさか……ああ! まさか、こんな所で錬金術師様に助けていただけるとは!! ありがとうございます!」

 錬金術師?
 隣国では聖女のことを錬金術師と呼ぶのだろうか。

 これが錬金術師という存在を私が初めて知るきっかけとなる出来事。
 そして、この時助けたアベルと今後も深く関わっていくこととなったのだった。
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