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第二十六話

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「少し時間をかけすぎてしまったな。ギルドへ急ぐぞ……セレナ? 聞いてる?」
「……え? あ、はい! 大丈夫です!」

 大丈夫と言いながら、セレナの返事は、心ここに在らずというのを如実に表していた。
 ハンスは苦笑しながらも、先程買ったばかりの一対の短剣を大切そうに抱えて歩くセレナがはぐれないように、ゆっくりとした足取りでギルドへ向かった。

 ギルドに着き中に入ろうとすると、異常なほど騒がしいことに眉をしかめた。
 騒ぎの大元は、普段は見かけることの無いような、到底冒険者とは思えない高級そうな服装をした人々。
 その人々が受付に一斉に文句を言っているのだ。

「お前らのせいでせっかく買った奴隷たちを全て処分せねばならん! どうしてくれるんだ!!」
「ど、奴隷たちをのことは、当ギルドではなく王女様が決めたことでして……」

 応対しているギルドの職員たちは叫んでいる人たちをなだめるので必死だ。
 その中の一人、いつもハンスたちが懇意にしている受付の男がハンスに気付き、駆け寄ってくる。

「どうしたんだ? 何の騒ぎだ?」
「詳しい話よりまずはその子にこれを被せろ。尻尾も全部見えないように隠すんだぞ」

 受付の男はフード付きの外套をセレナの頭からかける。
 冗談やいたずらでやっているわけではないと分かる真剣さに、ハンスは声をひそめて話を続ける。

「セレナがどうかしたのか? 奴隷がどうとか聞こえるが……」
「大変なことが起こったぞ。今朝、一人の亜人が王女に凶刃を振るったらしい。幸い王女は無事だったが、そのせいで怒りが収まらなかったのか、王女がこの都市での奴隷の使用、滞在の一切を禁止しやがったんだ!」
「なんだと!? どういう事だ!? いや、俺もたまたまその現場に居合わせたんだが、亜人が王女を襲ったなんて嘘だぞ。王女が仲間に亜人を襲わせたんだ」
「真相は分からんがな。王族がそうと言ったら、そうなるのがこの国よ。実際広場で亜人と王女の仲間が戦っているのを見た人々はいるが、そいつらがなんと言おうと、何も変わらんだろうさ」

 ギルドの中で職員たちに詰め寄ってるのは、亜人の奴隷を所有していた富裕層。
 どういう目的に使っていたかは人それぞれだが、自分の資産を失うことの不満をギルドにぶつけているのだ。
 
「くそっ! これからだってのに! エマの野郎!」
「おいおい。今の発言は聞かなかったことにしてやるよ。王族批判は一発で投獄もんだぞ」
「ああ。そうだったな。それでこの騒ぎか?」
「王女を襲ったのはギルドに登録した冒険者なはずだから、ギルドに責任を取れとうるさくてな。まったく、どこまでも面の皮の厚い連中だぜ」
「何故冒険者だと分かるんだ? 亜人の奴隷なんていくらでもいるだろう」
「それがなぁ。王女のパーティは冒険者登録を済ませている奴らばかりで。すでに銀級だ。それを相手に逃げ仰せたんだから、それなりの実力の持ち主だろう。てな訳だ」

 発想に飛躍があるが、事実セレナが亜人の奴隷で冒険者であることは間違いがない。
 否定しても、自分たちの立場が改善するどころか、むしろ悪化する。
 隠した顔をフードの中から覗かせて、セレナは心配そうな表情をハンスに向けた。

「ハンス様……私のせいで大変なことに……私がこの街を出て行けば収まる話ではなさそうですが、どうか私をこの街から追放してください」
「そんな馬鹿なことするわけないだろ? 街の外に出たって、セレナ一人でどうやって生きていける?」
「しかし、このままではハンス様にも咎が……」
「セレナ一人で出て行かせるわけない。って言ったんだけど。俺もこの街を出るよ」

 亜人がこの街に滞在することが出来なくなった以上、ハンスもこの街には居られない。
 セレナなしで冒険者稼業を続けるのは不可能なのだから。

 ではどこに行けばいいのか思案したが、あいにくいい答えはすぐに出てこない。
 ハンスは図々しいと思いながらも、これまで良くしてくれた受付の男に訪ねることにした。

「ひとまず、俺らはこの街を出る。どこかいい居場所の当てはないか?」
「うーん。お前らなら問題ないかもな。西の果て、暗黒大陸の最前線にある街、カナンなら亜人だろうと関係なく歓迎されるだろうぜ。ただし、実力が全てだがな」
「カナンだと? そこは今、皇太子ギルバート殿下が治めているじゃないのか? ここと同じく王族の直轄だろう? そんな所で大丈夫なのか?」
「それが、ギルバート様は実力主義でな。人間だろうが、亜人だろうが、自分にとって有益かどうかで判断するお人なんだそうだ。カナンのギルドじゃ、奴隷じゃない亜人の冒険者がわんさか居るって噂だぜ」

 それを聞いて、ハンスはカナンへ行く決心をした。
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