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第二十四話 逃げる
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バンプは逃げるしかなかった。
騎士としては忸怩たる思いだが、疲弊した身体、抱えた守るべき相手と、魔物の見た目から推察される強度を考えれば、逃げの一択だ。
「くそっ! なんでこんなことに!!」
「すみません! 自分で逃げられますから! 下ろしてください!!」
「口閉じててくれ。舌を噛むぞ!!」
ワームの速度はおそらくそこまで速くない。
速くないが人を縦に丸ごと噛み砕くことができるほどの巨大さゆえ、逃げるのは簡単ではなさそうだ。
少なくとも戦闘訓練を受けていない者が自力で逃げられるような相手ではない。
パメラを抱えたまま、バンプは屋敷の外を目指す。
一体どういう理屈で聞こえた声か分からないが、自分たちを狙っているのであればなおさらここに留まるべきではない。
今の一撃ですでに屋敷に相当の被害が出てしまったが、これ以上被害を増やし続けるのは避けるべきだ。
「しかし……逃げるったって、どこに逃げればいい!? 街中にあんなやつを引き連れたら、それこそ大惨事だぞ!?」
「北です! 北に向かってください!!」
屋敷の北はモルメオン鉱山に続き、その先はビオーネ地帯。
確かに人はいないので人的被害は下げられそうだが、バンプにはパメラの狙いの全ては理解できない。
「きっとこの魔物も魔鉱石の鉱床に引き寄せられたに違いありません! なぜ屋敷に現れたのか分かりませんが、そこへ連れて行けば領内への被害は出ないはずです!!」
「なるほど! 合ってるかどうかは分からねぇが、ここにいるよりはマシだろ! 行くぞ!!」
バンプはワームが自分たちを見失わないように、逃げ出すつもりだが、ふと立ち止まった。
この巨大な魔物は、自分たちをどうやって認識しているのか。
視力があるのか。
土の中を移動するような魔物が。
では、嗅覚だろうか。
あるいは振動、もしくは熱かもしれない。
無い知識を総動員させてみたが答えは見当たらない。
「あー! もう!! 考えるのはやめだやめ!!」
バンプが出した結論は、攻撃されるまで待つことだった。
明確にバンプが攻撃され続けられていれば、少なくともワームの知覚から外れていない。
ワームの攻撃範囲内と思われる位置に立ち、動きを待つ。
狙い通りワームは地中から出た口をバンプを呑み込むような角度で動かす。
バンプは難なく躱すと少しずつ北へと誘導していくため、次の位置どりを始めた。
何度か繰り返して、結局どうやってバンプたちの位置を認識しているかは分からないものの、ワームを狙った方角に誘導できそうなことが分かった。
できるだけ破壊を減らすために、バンプは誘導を続けながら徐々にワームとの位置を離していく。
それがいけなかったのか、それとも別の理由か。
ワームがこれまでと違う動きを見せた。
鎌首をもたげていた――ワームに首という概念があるかどうかは分からないが――ワームが突如真下に向かって口を振り下ろした。
そのまま地面へと潜り込んでいくと同時に、ワームの位置からバンプの方角へ恐ろしい速さで地面に隆起した筋ができていく。
「うぉおおお!?」
バンプが慌てて身を翻すと、元々立っていた位置の地面からワームの口がせりあがってきた。
そのまま立っていれば、今頃あの口の内側の生え揃った牙の餌食だっただろう。
「おまっ! 土の中の方が速く動けるってどういう理屈だよ!?」
バンプはなりふり構わず逃げ出す。
ワームは再び口から地面へと潜り、一瞬でバンプとの距離を詰めると、地上のバンプたちに襲いかかった。
「くそっ! シルバーウルフなんて比較にならねぇ……!!」
文句を言いながらも、なんとか、ほぼ勘でワームの攻撃を避けながら、バンプはモルメオン鉱山を目指す。
パメラの想定が正しければ、魔鉱石の鉱床に近付けば、そちらに気を逸せるはずだ。
何度も行き来した距離。
アークが前に言っていたように、屋敷からモルメオン鉱山は散歩で行けるような近さだった。
しかし一度でも判断を誤れば即死する危険性と、自分以外の命を預かっている緊張。
さらには本来すぐにでも休息が必要なはずの疲労を蓄えた身体には、その距離が無限にも思えた。
ワームの動きは衰えるどころか勢いを増し、逆にバンプは徐々にかげりが見え始めた。
バンプはこれまでに何度もワームの外皮とぶつかり、至る所にアザができている。
極度の緊張と興奮のおかげで痛みは今のところ耐えられるが、続けばやがて動けなくなるだろう。
この怪我は、腕に抱えたままのパメラに一切の傷を与えることのないように動いたゆえでもある。
もし、パメラを見捨てて一人で逃げ出せば、今のバンプの体力でも怪我を負うことなく逃げ出すことはできたかもしれない。
しかし、バンプにはそんなことをすることは、死んでもできない。
少なくとも、人質になると思わせぶりなことを言いながら、その実、自分とマリーが襲われるように仕組んだどっかの誰かとは違うのだ。
いまだにあの時どうやってどっかの誰かが、自らは襲われずに、後ろにいる自分たちが襲われるにように仕向けたかは謎のままだが。
「きゃあ!!」
これまで口を固く結んでいたパメラが叫び声をあげた。
逃げる方向の前方から飛び出してきたワームに対応が間に合わず、バンプが身体ごと弾き飛ばされたのだ。
それでもパメラを庇い、なんとか受け身を取る。
すでに満身創痍。
人ひとりという重みを抱えて動けるのが不思議なほどの打撲と擦過傷を受けていた。
「すまないな。おろすぜ」
バンプはそう言いながらパメラを地面に立たせる。
パメラは泣きそうな表情でバンプを見るが、バンプは笑みを返す。
先ほど地面から飛び出したワームは、地面へと潜ってしまったらしく姿は見えない。
「ようやく……到着だ。魔鉱石の鉱床はさっき通り過ぎた。地面に潜って出てこないってことはそっちに気が取られたんだろう。ひとまずってやつだ。さぁ、これからどうする?」
「ありがとうございます。まずはすぐに手当を……」
「ああ……くそっ! ポーションが割れてやがる!! 仕方ねぇ。この先に配給用の倉庫がある。そこへ向かうか」
「分かりました……バンプさん!!」
「くそぉ!! そっちが目的じゃねぇのかよぉ!!」
魔鉱石など見向きもしないかのごとく、ワームは再び地面から先端を突き出し、バンプたちを威嚇するような姿勢を取った。
それもそのはず。
二人は知る由もないが、このワームはサエロスの秘術によって操られているのだから。
目的はサエロスの能力を知ったの者の抹消。
パメラもバンプもサエロスの能力どころか、サエロス自身のことすら知らないのだが、そんなことは今となっては些細なことだ。
疑わしきは滅せよ。
それがサエロスの信条なのだから。
騎士としては忸怩たる思いだが、疲弊した身体、抱えた守るべき相手と、魔物の見た目から推察される強度を考えれば、逃げの一択だ。
「くそっ! なんでこんなことに!!」
「すみません! 自分で逃げられますから! 下ろしてください!!」
「口閉じててくれ。舌を噛むぞ!!」
ワームの速度はおそらくそこまで速くない。
速くないが人を縦に丸ごと噛み砕くことができるほどの巨大さゆえ、逃げるのは簡単ではなさそうだ。
少なくとも戦闘訓練を受けていない者が自力で逃げられるような相手ではない。
パメラを抱えたまま、バンプは屋敷の外を目指す。
一体どういう理屈で聞こえた声か分からないが、自分たちを狙っているのであればなおさらここに留まるべきではない。
今の一撃ですでに屋敷に相当の被害が出てしまったが、これ以上被害を増やし続けるのは避けるべきだ。
「しかし……逃げるったって、どこに逃げればいい!? 街中にあんなやつを引き連れたら、それこそ大惨事だぞ!?」
「北です! 北に向かってください!!」
屋敷の北はモルメオン鉱山に続き、その先はビオーネ地帯。
確かに人はいないので人的被害は下げられそうだが、バンプにはパメラの狙いの全ては理解できない。
「きっとこの魔物も魔鉱石の鉱床に引き寄せられたに違いありません! なぜ屋敷に現れたのか分かりませんが、そこへ連れて行けば領内への被害は出ないはずです!!」
「なるほど! 合ってるかどうかは分からねぇが、ここにいるよりはマシだろ! 行くぞ!!」
バンプはワームが自分たちを見失わないように、逃げ出すつもりだが、ふと立ち止まった。
この巨大な魔物は、自分たちをどうやって認識しているのか。
視力があるのか。
土の中を移動するような魔物が。
では、嗅覚だろうか。
あるいは振動、もしくは熱かもしれない。
無い知識を総動員させてみたが答えは見当たらない。
「あー! もう!! 考えるのはやめだやめ!!」
バンプが出した結論は、攻撃されるまで待つことだった。
明確にバンプが攻撃され続けられていれば、少なくともワームの知覚から外れていない。
ワームの攻撃範囲内と思われる位置に立ち、動きを待つ。
狙い通りワームは地中から出た口をバンプを呑み込むような角度で動かす。
バンプは難なく躱すと少しずつ北へと誘導していくため、次の位置どりを始めた。
何度か繰り返して、結局どうやってバンプたちの位置を認識しているかは分からないものの、ワームを狙った方角に誘導できそうなことが分かった。
できるだけ破壊を減らすために、バンプは誘導を続けながら徐々にワームとの位置を離していく。
それがいけなかったのか、それとも別の理由か。
ワームがこれまでと違う動きを見せた。
鎌首をもたげていた――ワームに首という概念があるかどうかは分からないが――ワームが突如真下に向かって口を振り下ろした。
そのまま地面へと潜り込んでいくと同時に、ワームの位置からバンプの方角へ恐ろしい速さで地面に隆起した筋ができていく。
「うぉおおお!?」
バンプが慌てて身を翻すと、元々立っていた位置の地面からワームの口がせりあがってきた。
そのまま立っていれば、今頃あの口の内側の生え揃った牙の餌食だっただろう。
「おまっ! 土の中の方が速く動けるってどういう理屈だよ!?」
バンプはなりふり構わず逃げ出す。
ワームは再び口から地面へと潜り、一瞬でバンプとの距離を詰めると、地上のバンプたちに襲いかかった。
「くそっ! シルバーウルフなんて比較にならねぇ……!!」
文句を言いながらも、なんとか、ほぼ勘でワームの攻撃を避けながら、バンプはモルメオン鉱山を目指す。
パメラの想定が正しければ、魔鉱石の鉱床に近付けば、そちらに気を逸せるはずだ。
何度も行き来した距離。
アークが前に言っていたように、屋敷からモルメオン鉱山は散歩で行けるような近さだった。
しかし一度でも判断を誤れば即死する危険性と、自分以外の命を預かっている緊張。
さらには本来すぐにでも休息が必要なはずの疲労を蓄えた身体には、その距離が無限にも思えた。
ワームの動きは衰えるどころか勢いを増し、逆にバンプは徐々にかげりが見え始めた。
バンプはこれまでに何度もワームの外皮とぶつかり、至る所にアザができている。
極度の緊張と興奮のおかげで痛みは今のところ耐えられるが、続けばやがて動けなくなるだろう。
この怪我は、腕に抱えたままのパメラに一切の傷を与えることのないように動いたゆえでもある。
もし、パメラを見捨てて一人で逃げ出せば、今のバンプの体力でも怪我を負うことなく逃げ出すことはできたかもしれない。
しかし、バンプにはそんなことをすることは、死んでもできない。
少なくとも、人質になると思わせぶりなことを言いながら、その実、自分とマリーが襲われるように仕組んだどっかの誰かとは違うのだ。
いまだにあの時どうやってどっかの誰かが、自らは襲われずに、後ろにいる自分たちが襲われるにように仕向けたかは謎のままだが。
「きゃあ!!」
これまで口を固く結んでいたパメラが叫び声をあげた。
逃げる方向の前方から飛び出してきたワームに対応が間に合わず、バンプが身体ごと弾き飛ばされたのだ。
それでもパメラを庇い、なんとか受け身を取る。
すでに満身創痍。
人ひとりという重みを抱えて動けるのが不思議なほどの打撲と擦過傷を受けていた。
「すまないな。おろすぜ」
バンプはそう言いながらパメラを地面に立たせる。
パメラは泣きそうな表情でバンプを見るが、バンプは笑みを返す。
先ほど地面から飛び出したワームは、地面へと潜ってしまったらしく姿は見えない。
「ようやく……到着だ。魔鉱石の鉱床はさっき通り過ぎた。地面に潜って出てこないってことはそっちに気が取られたんだろう。ひとまずってやつだ。さぁ、これからどうする?」
「ありがとうございます。まずはすぐに手当を……」
「ああ……くそっ! ポーションが割れてやがる!! 仕方ねぇ。この先に配給用の倉庫がある。そこへ向かうか」
「分かりました……バンプさん!!」
「くそぉ!! そっちが目的じゃねぇのかよぉ!!」
魔鉱石など見向きもしないかのごとく、ワームは再び地面から先端を突き出し、バンプたちを威嚇するような姿勢を取った。
それもそのはず。
二人は知る由もないが、このワームはサエロスの秘術によって操られているのだから。
目的はサエロスの能力を知ったの者の抹消。
パメラもバンプもサエロスの能力どころか、サエロス自身のことすら知らないのだが、そんなことは今となっては些細なことだ。
疑わしきは滅せよ。
それがサエロスの信条なのだから。
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