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第三章【天才、無双する】

第三十四話【友人】

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 ティターニアに気付いた途端、先ほどまでのはしゃぎようが嘘のように、ルーナは使用人の振る舞いに戻る。
 彼女のことは直接見知っているわけではないだろうが、風格から間違いなく格が上の貴族の関係者だと分かったのだろう。
 いや、ティターニアの腕章に気が付いたのかもしれない。
 そういえば、学園の執行部のことを俺に説明してくれたのはルーナだったな。

「ここにいるということは、貴様も選抜されたのか? はっはっは! これはいい! まさか淡爵家からここに来るものがいるとはな! どうやらただの道化ではなかったというわけだ」
「ティターニアは……聞くまでもないな。貴女が選抜されないというのは考えられない」

 俺の受け答えを聞いて、ティターニアは笑みを作る。

「この合宿中は学年関係なく合同で実習がある。貴様の実力をこの目で見るのが待ち遠しいな。せいぜい私を楽しませろ。誰であれ、実力があるものはいい。くだらん見栄や虚勢よりもずっとな」
「学年関係なく? それは聞いてないな。具体的には何をするんだ?」
「知らなくて当然だ。今年からだからな。私が決めたんだ。それぞれの力比べだ。安心しろ。怪我してもいいように国一番の回復魔法の使い手を呼んでいる」
「それは面白そうだな。もちろんティターニアも出るんだろう?」

 その言葉を聞いた瞬間、ティターニアは目を見開き爆笑した。

「あーはっはっは! まさか臆するどころか、私が出るかどうか聞くとはな! もちろん出るさ。そのために進言し、準備もしたんだ」

 ティータニアは嬉しそうな顔で言う。
 さらに話を続けようとしたが、ティータニアの後ろから発された声に遮られた。

「あれ? フィリオ君。こんなところで合うなんて奇遇だね。フィリオ君も海を見に来たの?」

 アムレットの声に、ティターニアが振り向く。
 ティターニアの顔を見た途端、アムレットは驚いた顔に変わった。

「なんだ貴様は。私が話している最中にずけずけと。それにしても見ない顔だな? ここにいるということは貴様もうちの生徒だろう。名乗ることを許す」
「あ、アムレット・シルバです」
「シルバ? シルバ家などと聞いたことがないな? 私が知らぬ黄爵家があったとは」
「あ、いえ。黄爵ではありません」
「なんだと? まさか赤爵だというのか? たわけたことを言うな。この私が知らぬ赤爵家などあるはずあるまい」

 アムレットの方を向いているティターニアの顔は見えないが、泣きそうな顔をしているアムレットを見れば、相当恐いのだろう。
 ティターニアの迫力にアムレットはさらなる否定をできなくなってしまったようだ。
 しかたがないので、俺が助け船を送ることにした。

「違うんだ。ティターニア。貴女が知らなくて当然だ。彼女はどの爵位も持ってない。アムレットは平民の出なんだ」

 俺の言葉に引かれるように、ティターニアはアムレットに向けていた顔を再び俺へと向ける。
 その顔は驚愕の色に染まっていた。

「平民だと⁉ おい、貴様。嘘ではないな? 平民がこの合宿に参加するなど、聞いたことがないぞ?」
「それを言ったら淡爵もだろう? 今回は俺とアムレット、二人が特別枠ってことさ」
「あーはっはっは! 特別枠か! それは面白い。おい。アムレットだったな? 貴様も覚えたぞ。毎年くだらん合宿だったが、今年は面白いことがありそうだ」

 そう言うとティターニアは上機嫌で俺の横を通り過ぎ去っていった。
 残された俺に向かってアムレット、そしてルーナは顔を向ける。
 そして二人は同時に声を発した。

「ふわぁ……あの人、ゴルドさんだよね? 一番偉い貴族の人。びっくりしたぁ」
「坊ちゃま。金爵家の令嬢といつの間にお知り合いに?」

 行ってから互いの存在が意識に上ったのか、アムレットとルーナは、今度は互いに顔を向け合い挨拶する。

「あ! すいません。えーと、フィリオ君の侍女の方ですよね? アムレットと言います。フィリオ君にはいっつもお世話になってます!」
「ご丁寧にありがとうございます。ペイル家の侍女を務めています、ルーナと申します。シルバ様のことはフィリオ坊ちゃまからお聞きしております。親しくしていただいているだとか」

 何故か友人ということが妙に強調されたように聞こえたが気のせいだろうか。
 アムレットは特に気にしている様子はない。
 嬉しそうな顔でさらにルーナに話しかける。

「そうなんです! 友人なんです! もしよかったら、ルーナさんも私と友人になってくれませんか⁉」
「え? 私と……でございますか?」
「はい!」

 まさか侍女の自分が友人になってくれと言われるとは思っていなかったのか、ルーナは目を何度も瞬かせる。
 一方のアムレットは笑顔で返事を待っている。
 ルーナはアムレットの顔を一度見てから、どうすればいいかと無言で俺に視線を向ける。
 俺は肩をすくめてからルーナに答える。

「別にいいんじゃないか? ルーナがいいと思えば。それにいずれ学園を卒業すればどこかの貴族家に養子なるだろうが、今のアムレットはルーナと同じ平民だ」
「そうだよ! それに、身分なんて関係ないじゃない!」
「そうですか……では。シルバ様。よろしくお願いいたします」

 そう言いながらルーナは深々と頭を下げる。
 それを見たアムレットは慌ててルーナの両肩を引き上げる。

「あー! 違うよ! 友達なんだから、そんな他人行儀な挨拶はダメ! それに、シルバ様だなんて嫌だよ。ちゃんと名前で呼んでね?」
「は、はぁ……では。アムレット様でよろしいでしょうか? 話し方は……どうかこのままでお許しください。こちらの方が話しやすいものですから」
「うー。まぁ、いきなりは難しいか……でも! こんな美人な人と友達になれて嬉しいな! こんな人に身の回りの世話をしてもらってたなんて、フィリオ君は羨ましいね!」
「そ、そんなこと……」

 アムレットの勢いに押されて、ルーナは頬を赤らめる。

「さて、もう少し周りを見てみたかったが、思わぬところで時間を取られてしまった。そろそろ集合場所に向かわないとな」
「あ! まるで私が邪魔したみたいな言い方じゃない! でも、ほんとだ! そろそろ向かわないと! フィリオ君。一緒に行こ!」
「それでは、坊ちゃま。ルーナは部屋に戻って、お帰りをお待ちしております」

 集合場所は宿泊施設からすぐの広場だ。
 途中でルーナと別れ、アムレットと二人、集合場所へ向かう。
 どうやら思ったよりも時間ギリギリだったらしく、すでに多くの生徒たちが集まり、それぞれのグループごとに談笑にふけっている。
 そのうちの一人の男とふと目線が合う。
 途端に、突如自分の意思とは関係なく、身体が震え、冷や汗をかき始めた。
 俺の異変に気付いたのか、アムレットが心配そうな顔で話しかけてくる。

「どうしたの? フィリオ君。具合悪そうだけど……」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」

 そうしている俺の元へ、男がゆっくりと近寄ってくる。
 俺を侮蔑するような目で見降ろしながら、吐き捨てるように声を発した。

「おいおい。なんでお前がここにいるんだ? そもそも、だ。なんでまだ生きてんだ?」

 男の声を聞いた瞬間、俺は理解した。
 引き継がなかったはずのフィリオの記憶。
 記憶はなくとも、身体が覚えているとでもいうのだろうか。
 この男から与えられた屈辱、恐怖。
 フィリオを自死に追いやった張本人はこの男だ。
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