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第一章【魔力ゼロの天才、転生する】

第三話【貴族の序列】

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 俺が淡い茶色の髪を持つ少年フィリオになってから数日間が経過していた。
 結局元の身体の持ち主との意思疎通ができずに終わったため、何故彼が自死を選んだかは推測の域をまだ出ていない。
 しかし、自分の身体となったものを姿見で見れば、その原因はおそらくこの服の上からでは見えないところにある数々の傷を付けた者たちが原因だろう。
 問題なのは元々のフィリオの知識や経験を引き継がなかったため、それが誰かまではわからないことだ。
 家での暮らしは問題ないどころか、とても温かいものだっため、原因は外にいるということは理解できた。
 元の記憶を引き継がなかったことによる問題点はもう一つある。
 誰がどう見ても死地から蘇った俺の言動がおかしいことがわかることだ。
 しかし記憶喪失ということで誤魔化していた。
 そんな俺は、今日も侍女のルーナに付き添われて、屋敷の庭を歩いていた。
 フィリオ、つまり俺の身体の元の持ち主が好きだったものを見せて、失った記憶を呼び覚まそうというのが彼女の狙いだ。

「坊ちゃま。何か思い出せましたでしょうか?」
「いやぁ、ルーナ。さっぱりだな。これが俺が好きだったっていう物で間違いないんだね?」
「ええ。特にこの赤く大きな花弁を持つ花などは、坊ちゃまの特にお気に入りでした」

 ルーナはフィリオ直属の侍女で、年齢も同年代のようだ。
 少し癖のある赤毛を丁寧に束ねて、貴族の子息に仕える侍女らしく身ぎれいな服に包まれている。
 生前は魔法の研究ばかりで男女問わず最低限の付き合いしかせず、当然妻子も持つことのなかった俺は、正直なところ他人が苦手だ。
 苦手というよりも、自分が必要だと思う最低限のこと以外、他人とどう接すればいいのかわからないのだ。
 しかし、ルーナはそんな俺でも心を落ち着かせて接することができる女性だった。

「だめだね。言っただろう? 飲んだ毒の副作用で、目を覚ます前のことは全て忘れてしまったんだ。きれいさっぱりね。幸い父さんと母さんの顔は覚えていたけれど」
「そうですか……」

 フィリオが好きだったために庭に植えられたという数々の花を前に、俺がそう言うと、ルーナはもの悲しげに目を伏せ、一言だけ呟くように答えた。
 この数日間で見せてもらったフィリオの好みというのは、花などの自然や、小さく可愛らしい生き物、それに絵や音楽、物語などだった。
 今までほとんど触れることのなかったそれらに興味がないというと嘘になるが、それよりもまずはさらなる魔法の研究をしたいというのが俺の本音だ。
 実際のところ、何のしがらみもなければ、すぐにでもここを飛び出し、生前のように魔法の研究に没頭したいところだが、問題はフィリオとの約束。
 両親を大切にするこということだ。
 フィリオの父はこの国セントオルガで、淡爵たんしゃくという爵位を与えられていた。
 爵位の中では最下位だが、れっきとした貴族だ。
 この国の貴族の子息子女は、一定の年齢になると皆、学園という学び舎に通うのだという。

「なぁ、ルーナ。記憶を取り戻すことはそろそろ諦めて、学園に通い始めた方がいいんじゃないのか? 忘れてしまった知識を取り戻すにしても、学園でやった方が効率がいいだろう」
「えっ⁉ あぁ……坊ちゃまは本当に何も覚えていらっしゃらないのですね……ルーナは反対です。もし可能なら、このまま予後が優れないという理由でずっと休学されていた方が……」
「そんなわけにもいかないだろう。学園に通うのは貴族社会で暮らす限り必須だと説明してくれたのはルーナじゃないか。それに、記憶は戻らないけれど、ほら! この通り身体も問題ないんだ。きちんと学園に通い、優秀な成績で卒業することが父さんや母さんのためになる。そうだろう?」

 俺がそう言うと、ルーナは少し悩んだ後、渋々といった様子で返事をした。

「わかりました。坊ちゃまがそうおっしゃるなら。ルーナが口を出すべき問題ではありませんでした。申し訳ありません。早速旦那様にお伝えしてまいります」
「うん。頼んだよ」

 ルーナの反応から、おそらくフィリオが自死を選んだ理由が学園にあるのだろうと俺は察した。
 何が待ち受けているかは記憶がないのでわからないが、このままずっと屋敷に軟禁されるよりは、両親にとっても俺にとってもいいことのはずだ。
 ルーナから話を聞いた両親は、ルーナと同じように心配の声を俺にかけてきたが、同じように説得し、数日間の休学を経て、俺はフィリオが通っていた学園に、明日から通うことになった。



「つまり、この国の貴族の序列は魔力量の多さで決まっているってことだね?」
「はい。正確には魔力量だけではありませんが、もともとこの国を作り上げた国王が優秀な魔法の使い手でした。ご存じの通り、魔力の量が多ければ多いほど、使える魔法は強くなります。強力な魔法の使い手に打ち勝つには同等以上の魔法が扱えないとまず難しいですから。ただ、魔力をただ持っていればいいというわけでもありませんので」

 学園に向かう間、馬車の中でルーナに学園の説明を受けていた。
 全く知識がないが、せめてこれから通う学園の目的が何なのかくらいは知っておきたいと思ったからだ。
 ルーナの説明によると、学園は貴族の自らが持つ魔力量による魔法によって実現された地位の優位性を保つためにあるらしい。
 期せずして、俺は魔法を学ぶ場所へ通えることになったというわけだ。
 おそらく魔法の研究場所や強力な魔法を使う実験場などもあるに違いない。
 ウキウキしている俺を見ながら、ルーナは真剣な顔つきでまるで懇願するような口調で言ってきた。

「坊ちゃま。どうか、人を頼ってください。坊ちゃまを大切に思っている者はたくさんおります。ルーナが何かできるかはわかりませんが、それでもどうか」
「わかったよ。大丈夫。もし何かあったら、まっさきにルーナに相談するから」

 俺がルーナをまっすぐ見返しそう言うと、なぜかルーナは頬を染め、目線を逸らしてしまった。
 期待する言葉とは違ったのだろうかと思っているうちに、馬車は目的であるマグナレア学園へと到着した。

「それじゃ、行ってくるよ。わざわざここまでついてきてくれてありがとう」
「とんでもないことです。坊ちゃま。可能であれば、ルーナも中まで同行したいのですが……」

 格上の貴族、例えば赤爵せきしゃくの子息子女であれば、侍女や下僕などの帯同も許されるらしいが、爵位としては最も下である淡爵家の俺にそれは許されていないらしい。
 俺は馬車から一人降りると、事前に聞いていた教室へと向かおうとした。
 すると向かいから俺と同年代の少年三人がにやけ顔で近寄ってくるのが見えた。
 よく見ると、少年の後ろには侍女と思わしき女性が二人立っている。
 中心のひときわ背の小さな燃える様な赤い髪の毛を持つ少年が、俺に向かって声をかけてきた。

「おやおやぁ? これは、これは。青虫くんじゃないか。てっきり仮病を使ってもうここには現れないと思っていたが、いったいどういう風の吹き回しだ? なぁ?」
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