3 / 10
第27話 少しの恥ずかしさ(オルガン視点)
しおりを挟む
「さきほどから落ち着きませんね。オルガン様。何か心配事でもあるのですか?」
侍従の言葉にぎょっとする。
俺はそんなに落ち着かなくしていただろうか。
昨日トロン陛下と謁見してから、元々の予定を早めて王都でも執務に入った。
王都での執務は、年に何度もあり、そのための居だって構えている。
俺が働きやすいように設計された部屋の作りで、いつも通りの難しい判断は必要なものの、慣れた仕事をするだけ。
今声をかけてきた侍従だって、その他の者だって、全員前々から勤めているよく知っている。
落ち着かない要素など、今の俺にあるわけがない。
あるとしたら……それは一つしか考えられない。
「ああ。そう見えるか? 気のせいだ。気にするな」
「そうですか? 先ほどから部屋の中を行ったり来たりと歩かれていますし、ため息も多いように感じますが……」
「気にするな。大丈夫だ。分かったな?」
「は、はい! かしこまりました」
我ながら大人げない対応をしている自覚はあるが、なんだか指摘されればされるほど、そちらに意識が向いてしまう気がしてしまうのだから仕方がない。
トロン陛下のことだ。
まさか身の危険があるなどということはないと思うが、俺が落ち着かないのはそれが原因ではない所がまた、な。
「まいったなぁ……まさか、一日会えないと分かっただけで、こうも気になるものだとは……」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもない。気にするな」
「はぁ……」
仕方がない。
気分を紛らわせるには、目の前の仕事に集中するほかあるまい。
他にやることもないと言えばないのだから。
机の上に積まれた書類の山から一枚取り、内容を読む。
新しい鉱山が見つかったという報告の書類だ。
これは最初からややこしいものを引いたものだ。
新しい鉱山となれば、どのくらいの算出が見込めそうなのか調査が必要だし、そもそもその所有権や利益を誰に配分するのか、決めなければならない。
ページをめくると、案の定、鉱山を見つけた者、口利きをした者、鉱山のある領地の領主や果ては一見全く関係のなさそうなものまで、それぞれの屁理屈に思えるような理由を述べ、自分の権利を主張している内容がずらずらと書かれていた。
最終決定はトロン陛下がなさるが、その前の検分が俺の仕事だ。
色々と人を動かさなければならないな……
ああ面倒くさい。
こんなもの、さっさとオリンにでも引き継がせて、俺は領地でビオラとゆっくりと暮らしていたいというのに。
おっと……さっそく雑念が入ってしまった。
まずはドラムを鉱山のある町に派遣させるか。
俺はドラムに指示を記した手紙を書きあげると、侍従に渡す。
他に必要な人の配置も簡単に書いておいたから、後はドラムが上手く進めてくれるだろう。
目の前の書類に調査中である印をつけ、分類分けの木箱へと入れる。
次の書類を取り、同じように処理をしていく。
「オルガン様。そろそろお夕食のお時間ですが?」
「うん? ああ……もうそんな時間か……まいったな。いつもの半分くらいしか終わってない。仕方ない。明日に回すか」
「よろしいですか? それではいつものように食堂へ」
食堂に向かい椅子に座ると、いつもの通り食事が運ばれてくる。
「なんだか……今日の料理は味気ないな?」
「そうですか? 申し訳ありません。すぐに作り直させます」
「いや……いい。気のせいかもしれん」
「分かりました。それでは次をお持ちしますので」
皿の中の料理にナイフを入れ、フォークで口に運ぶ。
見た目も味付けもおかしなところは感じない。
ふと、いつも隣で美味しそうな顔をしながら頬張るビオラの笑顔が浮かんだ。
ああ……なんということだ。
自分の感情に気が付き、少し恥ずかしく思いながら、咀嚼を繰り返す。
落ち着かないのはビオラが心配だったからだと思っていたのだが。
それだけではどうやらなさそうだ。
☆
次の日、朝早くに私宛に手紙が届いた。
ビオラからだ。
机の上の書類を脇に置き、手紙を一度置く。
封はされているが、よく見ると一度開けた痕跡が残っている。
さすがに中身に問題があることが書かれていないか確認はされるか……
ペーパーナイフで封を開け、手紙を読む。
そこに書かれていたのは、不自由なく過ごせていること、薬作りが楽しいこと、そしてハープが一緒なので安心していることなどが書かれている。
読み進めて行くと、途中で目が止まる。
俺に一日会えなかっただけで寂しいと思っていることなど、俺のことが何行も書かれていた。
「まいったな……」
昨日からまいってばかりだが、この手紙は今までの人生で一番まいったかもしれん。
最後まで読み、封筒に大事にしまう。
ふと、あることに気が付き、手紙を鼻先に近付けてみた。
あぁ……彼女の香りだ。
いつも作っている薬に使われる様々な植物たち。
それが混じり合った独特な芳香。
以前その話をビオラにしたら、恥ずかしそうに俺に問いかけてきたのを思い出す。
『オルガン様は……その……もっと良い匂いがお好みでしょうか?』
『いや。この匂いはとても落ち着くよ。良い匂いだ』
匂いを楽しんだ後、手紙に口づけをする。
そうだ。
返信を書かなければ。
よく考えたら、ビオラから手紙をもらうのも、ビオラに手紙を書くのも初めてだな。
手紙など今まで飽きるほど書いたというのに、書き出しから手が止まる。
いつまでも書かずにいても仕方ないので、今の素直な気持ちを文字にしたためていく。
書き終わり封をした後、従者を呼ぶ。
ビオラが頑張っている間に、俺は俺のするべきことをしておこう。
無事に戻ってきた時に、驚きと、満面の笑顔を見られるように。
侍従の言葉にぎょっとする。
俺はそんなに落ち着かなくしていただろうか。
昨日トロン陛下と謁見してから、元々の予定を早めて王都でも執務に入った。
王都での執務は、年に何度もあり、そのための居だって構えている。
俺が働きやすいように設計された部屋の作りで、いつも通りの難しい判断は必要なものの、慣れた仕事をするだけ。
今声をかけてきた侍従だって、その他の者だって、全員前々から勤めているよく知っている。
落ち着かない要素など、今の俺にあるわけがない。
あるとしたら……それは一つしか考えられない。
「ああ。そう見えるか? 気のせいだ。気にするな」
「そうですか? 先ほどから部屋の中を行ったり来たりと歩かれていますし、ため息も多いように感じますが……」
「気にするな。大丈夫だ。分かったな?」
「は、はい! かしこまりました」
我ながら大人げない対応をしている自覚はあるが、なんだか指摘されればされるほど、そちらに意識が向いてしまう気がしてしまうのだから仕方がない。
トロン陛下のことだ。
まさか身の危険があるなどということはないと思うが、俺が落ち着かないのはそれが原因ではない所がまた、な。
「まいったなぁ……まさか、一日会えないと分かっただけで、こうも気になるものだとは……」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもない。気にするな」
「はぁ……」
仕方がない。
気分を紛らわせるには、目の前の仕事に集中するほかあるまい。
他にやることもないと言えばないのだから。
机の上に積まれた書類の山から一枚取り、内容を読む。
新しい鉱山が見つかったという報告の書類だ。
これは最初からややこしいものを引いたものだ。
新しい鉱山となれば、どのくらいの算出が見込めそうなのか調査が必要だし、そもそもその所有権や利益を誰に配分するのか、決めなければならない。
ページをめくると、案の定、鉱山を見つけた者、口利きをした者、鉱山のある領地の領主や果ては一見全く関係のなさそうなものまで、それぞれの屁理屈に思えるような理由を述べ、自分の権利を主張している内容がずらずらと書かれていた。
最終決定はトロン陛下がなさるが、その前の検分が俺の仕事だ。
色々と人を動かさなければならないな……
ああ面倒くさい。
こんなもの、さっさとオリンにでも引き継がせて、俺は領地でビオラとゆっくりと暮らしていたいというのに。
おっと……さっそく雑念が入ってしまった。
まずはドラムを鉱山のある町に派遣させるか。
俺はドラムに指示を記した手紙を書きあげると、侍従に渡す。
他に必要な人の配置も簡単に書いておいたから、後はドラムが上手く進めてくれるだろう。
目の前の書類に調査中である印をつけ、分類分けの木箱へと入れる。
次の書類を取り、同じように処理をしていく。
「オルガン様。そろそろお夕食のお時間ですが?」
「うん? ああ……もうそんな時間か……まいったな。いつもの半分くらいしか終わってない。仕方ない。明日に回すか」
「よろしいですか? それではいつものように食堂へ」
食堂に向かい椅子に座ると、いつもの通り食事が運ばれてくる。
「なんだか……今日の料理は味気ないな?」
「そうですか? 申し訳ありません。すぐに作り直させます」
「いや……いい。気のせいかもしれん」
「分かりました。それでは次をお持ちしますので」
皿の中の料理にナイフを入れ、フォークで口に運ぶ。
見た目も味付けもおかしなところは感じない。
ふと、いつも隣で美味しそうな顔をしながら頬張るビオラの笑顔が浮かんだ。
ああ……なんということだ。
自分の感情に気が付き、少し恥ずかしく思いながら、咀嚼を繰り返す。
落ち着かないのはビオラが心配だったからだと思っていたのだが。
それだけではどうやらなさそうだ。
☆
次の日、朝早くに私宛に手紙が届いた。
ビオラからだ。
机の上の書類を脇に置き、手紙を一度置く。
封はされているが、よく見ると一度開けた痕跡が残っている。
さすがに中身に問題があることが書かれていないか確認はされるか……
ペーパーナイフで封を開け、手紙を読む。
そこに書かれていたのは、不自由なく過ごせていること、薬作りが楽しいこと、そしてハープが一緒なので安心していることなどが書かれている。
読み進めて行くと、途中で目が止まる。
俺に一日会えなかっただけで寂しいと思っていることなど、俺のことが何行も書かれていた。
「まいったな……」
昨日からまいってばかりだが、この手紙は今までの人生で一番まいったかもしれん。
最後まで読み、封筒に大事にしまう。
ふと、あることに気が付き、手紙を鼻先に近付けてみた。
あぁ……彼女の香りだ。
いつも作っている薬に使われる様々な植物たち。
それが混じり合った独特な芳香。
以前その話をビオラにしたら、恥ずかしそうに俺に問いかけてきたのを思い出す。
『オルガン様は……その……もっと良い匂いがお好みでしょうか?』
『いや。この匂いはとても落ち着くよ。良い匂いだ』
匂いを楽しんだ後、手紙に口づけをする。
そうだ。
返信を書かなければ。
よく考えたら、ビオラから手紙をもらうのも、ビオラに手紙を書くのも初めてだな。
手紙など今まで飽きるほど書いたというのに、書き出しから手が止まる。
いつまでも書かずにいても仕方ないので、今の素直な気持ちを文字にしたためていく。
書き終わり封をした後、従者を呼ぶ。
ビオラが頑張っている間に、俺は俺のするべきことをしておこう。
無事に戻ってきた時に、驚きと、満面の笑顔を見られるように。
30
お気に入りに追加
540
あなたにおすすめの小説
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
皇太子妃は、王冠を投げ捨てた
猫パンダ
恋愛
一年中雪が降る国、ベルジェ帝国。その皇太子妃として嫁いだエカチェリーナは、大人しく気弱で、いつも下を向いて過ごしていた。
皇城では、軽んじられ、虐められる毎日。夫である皇太子の愛だけが、エカチェリーナにとって救いだった。しかし、そんな小さな幸せすら壊されてしまう。
愛を失ったエカチェリーナが目覚めた時、彼女はポツリと言葉を漏らした。
「どうして今になって、思い出すの」
大人しくて気弱なエカチェリーナは、もういない。
※主人公が、前世の記憶を思い出すまで、可哀想な目にあいます。残酷な表現・流産の描写もあります。苦手な方はご注意下さいませ。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
10番目の側妃(人質)は、ひっそりと暮らしたい
みん
恋愛
島国のグレスタン公国は、自国による強固な結界と竜王の加護により平穏な日々を送っていた。それが、竜王の加護が突然無くなり、結界も破られた。そこへ、攻め込んで来た獣王国テイルザールに友好の証として送られる事になったのは、無能と呼ばれていた“レイ”だった。
そのレイには、自分でも知らない真実があるようで──。
「兎に角、白い結婚のままひっそりと目立たず息を殺して生きるだけ…」と、10番目の側妃(人質)としての生活を始めたレイは、そこで、ある人達と出会い過ごす事となる。
❋相変わらずのゆるふわ設定です。メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちもで読んでいただければ幸いです。
❋独自設定あります。
❋他視点の話もあります。
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。すみません。
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる