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第Ⅰ部 第一章 性転の霹靂
TSヒロイン・俺は異世界でも健気に生きているけど、号泣したいときもある。
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アルハンブラが沈黙して何分が過ぎただろうか。
俺にとってはある意味で死刑宣告を言い渡されるかも知れない沈黙の時間は、ただただ異様に長く感じた。
そんな居たたまれない沈黙を破ったのは、以外にも窓枠に留まった小鳥だった。
「また来たのかい? 怪我が治ったなら仲間の元に帰りなよ」
まるで少女のような優しい声音で小鳥に話しかけ、しばらくしてその鳥が飛び去ったのを見送ると改めて俺の前に座り直した。
「正直、ボクと一緒に行動するのは余り賢い選択とは思えませんが……」
小鳥に見せていたものとはまるで違う雰囲気。
何だろう、さっきも感じたアルハンブラのこの歳に似合わない表情というか、雰囲気は。
どう考えても十二歳前後の少年が出来るような顔じゃ無い。
何だろう?
異世界物によくある見た目とは違う年齢なのか?
身体は大人、頭脳は子供、それってうちの父さんじゃん!
違った、逆だ。
う~ん、それとも、見たくない物を見続けたような、俺が想像も出来ないような過酷な経験をしてきたとか?
……まさか、ね。
「リョウさんは記憶が欠落しているみたいですが」
「え? ま、まぁ名前と……それなりの知識ぐらいはあるとは思うけど……」
「名字はありましたか? いや、あったとして覚えていますか?」
不意に受けた質問。
それは俺がまるで予想だにしていない質問だった。
名字? 答えることにどんな意味があるのかはわからない。
だけど、俺がとっさに答えたのは、
「いや、名字は無いと思う。自信は無いけど……」
「そう、ですか……」
そんな咄嗟の嘘だった。
よく分からないけど、こっちの世界だと名字持ちは貴族とか上流階級だけかも知れない。そうなると、身内捜しとか面倒臭い事態になる気がしたのだ。
それに、種族間の仲が余り良く無さそうな現状を考えると、名字が後々厄介になる可能性も否定出来ない。
「……わかりました。貴女の記憶が戻るまでここに住むことを許可します」
「ほ、ほんと? ありがとう! すっげー助かるよ!!」
「ただ、これだけは約束して下さい」
「ああ、もちろんだ! これからは無許可で頭の匂いは嗅いだりしないから!」
「当たり前です! そんなことしたら、今度こそ外に放り捨てますよ!」
やべ、本気で怒られた。
でも、それなら一体何を約束させようと……
「あ! 一日一回えっちぃ事させろとかは駄目だからな! そんなのは俺にもアル君にもまだまだ早過ぎるし!」
「本気で摘まみ出しますよ」
「ごめんごめん、冗談だってば。そんな青筋たてんでもええやねん。それで、俺は何を約束すれば良いのかな?」
「はぁ……」
アルハンブラは一拍おいて呼吸を整えると、その重たい口をやっと開き、
「もし、万が一にもここが誰かに襲われるようなことがあったら、何も考えずに全力で逃げて下さい」
そんなとてつもなく物騒なワードを放ったのであった。
ま、そんなやり取りからアルハンブラにお世話になって早二週間が過ぎました。
ええ、それはもうビックリするぐらい目まぐるしい日々でしたよ。
流石の俺も、ここまで目が覚めないから、夢という設定を諦めて、異世界転移したと受け入れましたよ。
まぁ、しかしですね、俺が現実を受け入れようと受け入れまいと時間は当たり前のように進んでいくんですね。
寝床を確保しただけじゃ話にならないから、俺は生きる力を手に入れるべくアルハンブラに頼み込んで弟子入りした。
……めっちゃ渋い顔されたけどな。
でもアルハンブラは強い。その確信があったからこそ、どんなに渋られても俺は頼み込んだんだ。
え? どこで確信したって?
それは初めて会ったときにぶちかまされた手刀だよ。
漫画やアニメとかじゃよくある技だけど、実際にやってみたら手刀なんかじゃ気絶させることはまず無理なんだよ。
小一の頃にクラスメイトと当時流行っていた特撮の真似をして手刀を打ち合ったことがあるんだけど、一度とて気絶させることは出来なかった。
……そういや、後半は手刀が水平チョップになって地獄突きに進化して、最終的には猪木もビックリな延髄蹴りにまで発展した時点で、校則で首への攻撃禁止が決まったのは良い思い出だ。
ま、そんな小話はともかく、延髄蹴りでも気絶するなんてことはなかった。すげぇ痛かったけど。
あ、延髄蹴りやったのは俺じゃ無いぞ。
すげぇ痛かったって言っただろ。
確か……暴れてたのは鎧ってヤツでさ、ソイツがろくでもないヤツだったんだよ。
俺もかなり反撃してたから人のこと言えないけど。
とにも、だ。余談はそれぐらいにしといて、手刀で意識を奪うってのはほぼ不可能な高難易度な技だ。
じゃあ、力が強ければ出来るのか? っと言えば然に非ず
と言うか、そもそも非力な俺に力で押し倒されると言うか羽交い締めにされて脱出出来ないあたり、アルハンブラの筋力は見た目そのままぐらいな気がする。たぶんだけど。
だけど、だ。であるからこそ、その技術力の高さにこそ驚愕すべきだ。
そして、立ち合ってみたら案の定だった。
まるで一昔前に流行った香港映画のような異次元のワイヤーアクションを目の前で見せ付けられている気分だった。
だけど、体術もさることながら、俺がこの世界で生きていくのに最大のネックになっている物がもう一つあった。
それは魔法だ。いや、こっちの世界だと魔術と言うらしい。
これに関してはハッキリ言って語りたくないレベル。
もうね、『それは余のメラでは無い、メラゾーマだ』って感じ。
逆バーンさま、すなわちクソ雑魚です。
しかもこの世界の魔術の厄介なところは、使い手の得意な属性が髪の毛に反映されやすいって事。
わかりやすく言えば、炎の魔法が得意だと赤髪に、土系の魔法が得意だと茶髪になるとのこと。
それは金髪や銀髪みたいな色素の薄い人ほど顕著で、ほとんど影響が無いのは生まれつきの黒髪だけとの事だった。
その日の気分感覚で髪の毛を染められるのは最高だけど、自分の得意属性と弱点属性が相手にモロバレになるのは頂けない。
全属性が均衡すれば元の髪色は維持出来るらしく、結局「死にたくなければ満遍なく強くなれ」との事だった。
そんなアルハンブラの髪の色は黒。
よもや日本人カラーがチートだったとはなぁ。
「なんか、全てのチート要素を地球にかなぐり捨ててきた気がする……」
俺に残されているのは望まぬこの異性の身体だけ。
ちなみに今の俺の髪の色はうっすいピンク色。ブロンドに弱々な炎属性の赤が混じったせいだろう。
ピンク髪の巨乳エルフ……
「DMM……エウシュリー……」
なんか、自分の身に起きちゃイケナイ展開を提供してくれる素敵メーカーの名前が思わず俺の口をついて出る。
ま、そんな展開にならない事を心の底から祈りつつ、今の俺が何をやっているかと言えば――
ええ、弟子で居候とくれば、やる事は一つしか無い。
家事手伝いである。
家事と言っても、アルハンブラの家には今までどうやって生きてきたのか疑いたくなるレベルで家具らしき物はほとんど無く、適当な掃き掃除と拭き掃除で済むほどメチャクチャ楽だった。
一部屋だけ研究部屋だから入っちゃ駄目とか言われたけど、何を研究しているのやら……
ふ、俺も年頃の男だったから分かるぜアル君。母さんに部屋とか掃除されて背筋が凍った恐怖を知っているってもんよ。
そんな野暮なことはしませんよ(ニヤリ)
まあ、それは良いとして、手がかかると言えば洗濯ぐらいか。
ただ問題なのは俺もアルハンブラほどじゃ無いが料理が苦手なことだ。
ハッキリ言って俺は母さんや姉貴が飯を作ってくれない日は、冷食かカプメンで済ませていた。
ふ……コンビニ万歳!
が、当然というか、やはりと言うべきか、こっちにはコンビニもスーパーも無い。
どこにでも出店して地方を灰燼に帰すんだから、異世界にも出店しろよイオンモール!
「ふぁふぁふぁ、我が名はイオンモール。全ての商店街を消し去り、そして我も消えよう……」
俺はフライパンの中で目玉焼きになるはずだったスクランブルエッグを眺めながら、ただ呆然と、何の意味も無い事を呟く事しか出来なかった。
そんな、にっちもさっちもいかない日々からさらに十日が経過した。
ふ……
わかっていたさ、アニメみたいにそんなすぐ強くなれるはずが無い事ぐらい。
俺はガクガクと震える足で、修行中に叩き付けられへし折れた木の根元ににへたり込む。
力なく見上げた空は、悲しいほどに真っ青で綺麗だった。
「リョウ……」
困り顔で覗き込んでくる我が師アルハンブラ。
アルハンブラに弟子入りすると決めた日から、俺の事は呼び捨てで呼んでもらうようにお願いしたのだ。
正直、年上だからとさん付けされたりするのは、俺自身の甘えに繋がる気がしたからだ。
だけど、現実は……
「はっきり言うけど、キミは『こっちの世界』の外で生きて行くには弱すぎる」
小さな覚悟程度じゃ何も埋まらない力量差を見せつけられる毎日だった。
いや、確かに俺は強さにゃ全く自信は無いけどさ、カプコン辺りの格ゲーに居そうな動きするヤツに凡人がどうやって太刀打ちしろと?
立ち合ってすぐに思い知らされたのは、アルハンブラは少年漫画で主人公をやれるぐらいに強いって事だった。
あ、あるぇ~……
本当ならその立ち位置って異世界移転者の俺が居るべき場所じゃね?
なんでこの世界は俺にこんな厳しいかなぁ。
「リョウ、悪い事は言わない。近くまでなら送ってあげるからエルフ族の支配する地域に戻って、そこで静かに暮らした方が良いよ。強くなるばかりが生きる術じゃ無い、町で民人として平穏に生きるのも選択肢としては賢い生き方なんじゃ無いかな?」
諭された。
やめてくれ、泣きそうになる……
「ねぇ? キミが強くなりたいのには、何か理由があるの? それとも、ただ漠然と強くなりたいだけ?」
だから、やめてくれ……
強くなりたい理由なんて、死にたくないからだ。
男として、バカやっていたいからだ。
そんな当たり前の事さえ、今の俺には出来無いんだ……
アルハンブラ、キミにわかるかい?
目が覚めたら女になっていて、まったく訳がわからない場所に居てさ……
頭は悪いけど仲良かった友達達がここには居なくて、彼女こそ居なかったけど……それでもさ、残念なところだらけだったけど優しい父さんや母さんと姉貴が居て、じぃちゃんやばぁちゃんが居て……
それなりに楽しい毎日を送っていた俺が、こんなどこかもわからない場所で惨めな思いしているのがどんなに辛いか。
コンビニもスマホも、PCもゲームも漫画も何も無い……
嗚呼、もしこの世界で死んだら、俺はどうなるんだ?
元の世界に帰れるだろうか?
それとも、やっぱりこの世界で土に帰るだけなんだろうか。
勢いだけでテンション維持し続けるなんて、正直、もう、限界だ……
「怖いんだよ……強くならないと。覚めない悪夢の中にずっと居るみたいで、どうしたら良いのかすらも分からなくて……もがいていないと、『俺』が中から壊れていくのがわかるんだ……」
口に出したら自覚せざるを得ない惨めさが怒濤のごとく溢れ出て、それが嗚咽に変わるのに時間はかからなかった。
気が付いたら、年下のしかも男の子にしがみついて号泣していた。
そんな自分の姿に気が付いて、情けなくてまた泣いた。
「ごめん、リョウ……記憶が無い人に、キツい言い方だったかも知れない。そうだね、キミと約束したもんね、時間がかかっても、もう一度……って、リョウ!」
「クンカクンカハァハァ、アル君の匂い落ち着くぅ~」
「って、キミさっきの嘘泣き?!」
「いや、神に誓って本気号泣だよ? でも、なんか、今日のアル君の匂い、いつもより良い匂いで落ち着いて、ハァハァ……正直たまらん!」
「落ち着け! ボクはキミの師匠だぞ!」
「師匠だなんて、大人ぶって背伸びするのも可愛い ❤」
鼻息荒く押し倒す俺、青ざめるアルハンブラ。
あれ?
何だ、俺いま何やってる?
ダメだ、よくわからんがアルハンブラが可愛くて仕方ない。
……あれれ?
よく考えてみたら、アルハンブラって初めて会った頃から可愛かったような……
はぁ……なんだか、頭が、ぐるぐる……す、る……
気が付けば、そこはいつものベッドの上だった。
「最悪だ……」
思い出したくない事を盛大にやらかして、そのまま気を失ったみたいだ。
そして、俺が目を覚ましたときに知ったのは、自分の身体に女性だけにあるアレが訪れた事だった。
俺にとってはある意味で死刑宣告を言い渡されるかも知れない沈黙の時間は、ただただ異様に長く感じた。
そんな居たたまれない沈黙を破ったのは、以外にも窓枠に留まった小鳥だった。
「また来たのかい? 怪我が治ったなら仲間の元に帰りなよ」
まるで少女のような優しい声音で小鳥に話しかけ、しばらくしてその鳥が飛び去ったのを見送ると改めて俺の前に座り直した。
「正直、ボクと一緒に行動するのは余り賢い選択とは思えませんが……」
小鳥に見せていたものとはまるで違う雰囲気。
何だろう、さっきも感じたアルハンブラのこの歳に似合わない表情というか、雰囲気は。
どう考えても十二歳前後の少年が出来るような顔じゃ無い。
何だろう?
異世界物によくある見た目とは違う年齢なのか?
身体は大人、頭脳は子供、それってうちの父さんじゃん!
違った、逆だ。
う~ん、それとも、見たくない物を見続けたような、俺が想像も出来ないような過酷な経験をしてきたとか?
……まさか、ね。
「リョウさんは記憶が欠落しているみたいですが」
「え? ま、まぁ名前と……それなりの知識ぐらいはあるとは思うけど……」
「名字はありましたか? いや、あったとして覚えていますか?」
不意に受けた質問。
それは俺がまるで予想だにしていない質問だった。
名字? 答えることにどんな意味があるのかはわからない。
だけど、俺がとっさに答えたのは、
「いや、名字は無いと思う。自信は無いけど……」
「そう、ですか……」
そんな咄嗟の嘘だった。
よく分からないけど、こっちの世界だと名字持ちは貴族とか上流階級だけかも知れない。そうなると、身内捜しとか面倒臭い事態になる気がしたのだ。
それに、種族間の仲が余り良く無さそうな現状を考えると、名字が後々厄介になる可能性も否定出来ない。
「……わかりました。貴女の記憶が戻るまでここに住むことを許可します」
「ほ、ほんと? ありがとう! すっげー助かるよ!!」
「ただ、これだけは約束して下さい」
「ああ、もちろんだ! これからは無許可で頭の匂いは嗅いだりしないから!」
「当たり前です! そんなことしたら、今度こそ外に放り捨てますよ!」
やべ、本気で怒られた。
でも、それなら一体何を約束させようと……
「あ! 一日一回えっちぃ事させろとかは駄目だからな! そんなのは俺にもアル君にもまだまだ早過ぎるし!」
「本気で摘まみ出しますよ」
「ごめんごめん、冗談だってば。そんな青筋たてんでもええやねん。それで、俺は何を約束すれば良いのかな?」
「はぁ……」
アルハンブラは一拍おいて呼吸を整えると、その重たい口をやっと開き、
「もし、万が一にもここが誰かに襲われるようなことがあったら、何も考えずに全力で逃げて下さい」
そんなとてつもなく物騒なワードを放ったのであった。
ま、そんなやり取りからアルハンブラにお世話になって早二週間が過ぎました。
ええ、それはもうビックリするぐらい目まぐるしい日々でしたよ。
流石の俺も、ここまで目が覚めないから、夢という設定を諦めて、異世界転移したと受け入れましたよ。
まぁ、しかしですね、俺が現実を受け入れようと受け入れまいと時間は当たり前のように進んでいくんですね。
寝床を確保しただけじゃ話にならないから、俺は生きる力を手に入れるべくアルハンブラに頼み込んで弟子入りした。
……めっちゃ渋い顔されたけどな。
でもアルハンブラは強い。その確信があったからこそ、どんなに渋られても俺は頼み込んだんだ。
え? どこで確信したって?
それは初めて会ったときにぶちかまされた手刀だよ。
漫画やアニメとかじゃよくある技だけど、実際にやってみたら手刀なんかじゃ気絶させることはまず無理なんだよ。
小一の頃にクラスメイトと当時流行っていた特撮の真似をして手刀を打ち合ったことがあるんだけど、一度とて気絶させることは出来なかった。
……そういや、後半は手刀が水平チョップになって地獄突きに進化して、最終的には猪木もビックリな延髄蹴りにまで発展した時点で、校則で首への攻撃禁止が決まったのは良い思い出だ。
ま、そんな小話はともかく、延髄蹴りでも気絶するなんてことはなかった。すげぇ痛かったけど。
あ、延髄蹴りやったのは俺じゃ無いぞ。
すげぇ痛かったって言っただろ。
確か……暴れてたのは鎧ってヤツでさ、ソイツがろくでもないヤツだったんだよ。
俺もかなり反撃してたから人のこと言えないけど。
とにも、だ。余談はそれぐらいにしといて、手刀で意識を奪うってのはほぼ不可能な高難易度な技だ。
じゃあ、力が強ければ出来るのか? っと言えば然に非ず
と言うか、そもそも非力な俺に力で押し倒されると言うか羽交い締めにされて脱出出来ないあたり、アルハンブラの筋力は見た目そのままぐらいな気がする。たぶんだけど。
だけど、だ。であるからこそ、その技術力の高さにこそ驚愕すべきだ。
そして、立ち合ってみたら案の定だった。
まるで一昔前に流行った香港映画のような異次元のワイヤーアクションを目の前で見せ付けられている気分だった。
だけど、体術もさることながら、俺がこの世界で生きていくのに最大のネックになっている物がもう一つあった。
それは魔法だ。いや、こっちの世界だと魔術と言うらしい。
これに関してはハッキリ言って語りたくないレベル。
もうね、『それは余のメラでは無い、メラゾーマだ』って感じ。
逆バーンさま、すなわちクソ雑魚です。
しかもこの世界の魔術の厄介なところは、使い手の得意な属性が髪の毛に反映されやすいって事。
わかりやすく言えば、炎の魔法が得意だと赤髪に、土系の魔法が得意だと茶髪になるとのこと。
それは金髪や銀髪みたいな色素の薄い人ほど顕著で、ほとんど影響が無いのは生まれつきの黒髪だけとの事だった。
その日の気分感覚で髪の毛を染められるのは最高だけど、自分の得意属性と弱点属性が相手にモロバレになるのは頂けない。
全属性が均衡すれば元の髪色は維持出来るらしく、結局「死にたくなければ満遍なく強くなれ」との事だった。
そんなアルハンブラの髪の色は黒。
よもや日本人カラーがチートだったとはなぁ。
「なんか、全てのチート要素を地球にかなぐり捨ててきた気がする……」
俺に残されているのは望まぬこの異性の身体だけ。
ちなみに今の俺の髪の色はうっすいピンク色。ブロンドに弱々な炎属性の赤が混じったせいだろう。
ピンク髪の巨乳エルフ……
「DMM……エウシュリー……」
なんか、自分の身に起きちゃイケナイ展開を提供してくれる素敵メーカーの名前が思わず俺の口をついて出る。
ま、そんな展開にならない事を心の底から祈りつつ、今の俺が何をやっているかと言えば――
ええ、弟子で居候とくれば、やる事は一つしか無い。
家事手伝いである。
家事と言っても、アルハンブラの家には今までどうやって生きてきたのか疑いたくなるレベルで家具らしき物はほとんど無く、適当な掃き掃除と拭き掃除で済むほどメチャクチャ楽だった。
一部屋だけ研究部屋だから入っちゃ駄目とか言われたけど、何を研究しているのやら……
ふ、俺も年頃の男だったから分かるぜアル君。母さんに部屋とか掃除されて背筋が凍った恐怖を知っているってもんよ。
そんな野暮なことはしませんよ(ニヤリ)
まあ、それは良いとして、手がかかると言えば洗濯ぐらいか。
ただ問題なのは俺もアルハンブラほどじゃ無いが料理が苦手なことだ。
ハッキリ言って俺は母さんや姉貴が飯を作ってくれない日は、冷食かカプメンで済ませていた。
ふ……コンビニ万歳!
が、当然というか、やはりと言うべきか、こっちにはコンビニもスーパーも無い。
どこにでも出店して地方を灰燼に帰すんだから、異世界にも出店しろよイオンモール!
「ふぁふぁふぁ、我が名はイオンモール。全ての商店街を消し去り、そして我も消えよう……」
俺はフライパンの中で目玉焼きになるはずだったスクランブルエッグを眺めながら、ただ呆然と、何の意味も無い事を呟く事しか出来なかった。
そんな、にっちもさっちもいかない日々からさらに十日が経過した。
ふ……
わかっていたさ、アニメみたいにそんなすぐ強くなれるはずが無い事ぐらい。
俺はガクガクと震える足で、修行中に叩き付けられへし折れた木の根元ににへたり込む。
力なく見上げた空は、悲しいほどに真っ青で綺麗だった。
「リョウ……」
困り顔で覗き込んでくる我が師アルハンブラ。
アルハンブラに弟子入りすると決めた日から、俺の事は呼び捨てで呼んでもらうようにお願いしたのだ。
正直、年上だからとさん付けされたりするのは、俺自身の甘えに繋がる気がしたからだ。
だけど、現実は……
「はっきり言うけど、キミは『こっちの世界』の外で生きて行くには弱すぎる」
小さな覚悟程度じゃ何も埋まらない力量差を見せつけられる毎日だった。
いや、確かに俺は強さにゃ全く自信は無いけどさ、カプコン辺りの格ゲーに居そうな動きするヤツに凡人がどうやって太刀打ちしろと?
立ち合ってすぐに思い知らされたのは、アルハンブラは少年漫画で主人公をやれるぐらいに強いって事だった。
あ、あるぇ~……
本当ならその立ち位置って異世界移転者の俺が居るべき場所じゃね?
なんでこの世界は俺にこんな厳しいかなぁ。
「リョウ、悪い事は言わない。近くまでなら送ってあげるからエルフ族の支配する地域に戻って、そこで静かに暮らした方が良いよ。強くなるばかりが生きる術じゃ無い、町で民人として平穏に生きるのも選択肢としては賢い生き方なんじゃ無いかな?」
諭された。
やめてくれ、泣きそうになる……
「ねぇ? キミが強くなりたいのには、何か理由があるの? それとも、ただ漠然と強くなりたいだけ?」
だから、やめてくれ……
強くなりたい理由なんて、死にたくないからだ。
男として、バカやっていたいからだ。
そんな当たり前の事さえ、今の俺には出来無いんだ……
アルハンブラ、キミにわかるかい?
目が覚めたら女になっていて、まったく訳がわからない場所に居てさ……
頭は悪いけど仲良かった友達達がここには居なくて、彼女こそ居なかったけど……それでもさ、残念なところだらけだったけど優しい父さんや母さんと姉貴が居て、じぃちゃんやばぁちゃんが居て……
それなりに楽しい毎日を送っていた俺が、こんなどこかもわからない場所で惨めな思いしているのがどんなに辛いか。
コンビニもスマホも、PCもゲームも漫画も何も無い……
嗚呼、もしこの世界で死んだら、俺はどうなるんだ?
元の世界に帰れるだろうか?
それとも、やっぱりこの世界で土に帰るだけなんだろうか。
勢いだけでテンション維持し続けるなんて、正直、もう、限界だ……
「怖いんだよ……強くならないと。覚めない悪夢の中にずっと居るみたいで、どうしたら良いのかすらも分からなくて……もがいていないと、『俺』が中から壊れていくのがわかるんだ……」
口に出したら自覚せざるを得ない惨めさが怒濤のごとく溢れ出て、それが嗚咽に変わるのに時間はかからなかった。
気が付いたら、年下のしかも男の子にしがみついて号泣していた。
そんな自分の姿に気が付いて、情けなくてまた泣いた。
「ごめん、リョウ……記憶が無い人に、キツい言い方だったかも知れない。そうだね、キミと約束したもんね、時間がかかっても、もう一度……って、リョウ!」
「クンカクンカハァハァ、アル君の匂い落ち着くぅ~」
「って、キミさっきの嘘泣き?!」
「いや、神に誓って本気号泣だよ? でも、なんか、今日のアル君の匂い、いつもより良い匂いで落ち着いて、ハァハァ……正直たまらん!」
「落ち着け! ボクはキミの師匠だぞ!」
「師匠だなんて、大人ぶって背伸びするのも可愛い ❤」
鼻息荒く押し倒す俺、青ざめるアルハンブラ。
あれ?
何だ、俺いま何やってる?
ダメだ、よくわからんがアルハンブラが可愛くて仕方ない。
……あれれ?
よく考えてみたら、アルハンブラって初めて会った頃から可愛かったような……
はぁ……なんだか、頭が、ぐるぐる……す、る……
気が付けば、そこはいつものベッドの上だった。
「最悪だ……」
思い出したくない事を盛大にやらかして、そのまま気を失ったみたいだ。
そして、俺が目を覚ましたときに知ったのは、自分の身体に女性だけにあるアレが訪れた事だった。
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