教え子の甘い誘惑

hosimure

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アタシだけの問題児

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授業開始の鐘の音が、校舎に鳴り響く。

アタシは教室の扉の前で、深呼吸をした。

―よしっ! 今日こそは来ていますように!

祈るような気持ちで、扉を開いた。

「おはよう、みんな。楽しい英語の授業を始めるわよ!」

明るく振る舞い、教壇に立った。

そして視線を彼の席へ向けて…がっくり項垂れた。

「せっ先生…」

「気にしない方が良いですよ」

「いつものことじゃないですか」

生徒達が気まずそうに、口々にアタシを慰める言葉を言ってくれる。

「…今日も、なのね」

あはは…と生徒達の間で渇いた笑いが広がる。

40人いるはずの席には、1つだけ空席がある。

彼の席だ。

今日も彼、世納
せのう
華月
かづき
くんは、アタシの英語の授業に出席してくれなかった。

思い出すこと三ヶ月前の春、アタシは高校2年の英語を担当することになった。

教師生活も5年を向かえ、そろそろ担任を持ちたい気持ちがあった。

だから来年ぐらいは…と考えていた矢先、アタシは彼と出会った。

彼、世納華月くんはアメリカからの帰国子女。両親の仕事の関係で、6年間、アメリカにいたらしい。

2年からの編入で、日本の生活も久し振りだから、何かとフォローしてあげようと、職員会議で言われていた。

けれど…アタシの初授業の日。

彼はアタシの授業の途中で、いきなり立ち上がった。

「…世納くん? どうしたの?」

「悪いケド、英語はアメリカでイヤってほど学んだんだ。この授業、受ける気は無いよ」

…と、爽やかな笑顔で教室を出て行ったっきり、アタシは授業で彼と顔を合わせることは二度と無かった。

さすがに担任の先生や、同じクラスメート達が何かと言ってくれたらしいが、効果はゼロ。


もう…担任どころか、教師自体を続けていく自信が無くなってきた。

「ごっゴメンね、先生」

「いろいろとオレ達も言っているんだけどさ」

「アイツ、自分が英語得意だからって、天狗になっているんだよ」

生徒達から慰められる教師…情けな過ぎる。

「…も、良いわ。とにかく、授業を始めます。もうすぐ学期末のテストがはじまるしね。みんな、気合を入れて頑張って」

1人の生徒の為に、他の生徒達の授業に影響を与えてはいけない。

アタシは気持ちを切り替え、授業を始めた。

―そして無事、終了。

生徒達は渡されたプリントに、顔をしかめている。

「世納くんのは…机の中にでも入れといて」

「はい」

彼の後ろの席の生徒が、英語のプリントを机に入れた。

カバンはある。だから学校には来ているんだろう。

朝、廊下で見かけた気もするし。

アタシは深くため息をつきながら、保健室へ向かった。

保健教諭はアタシと同じ歳で、同じ大学を出た榊原
さかきばら
涼子
りょうこ
がいる。

美人でビシッとしていて、生徒達や教師達からの信望も厚い。

しっかりしているから、いろんな人から悩みを相談されるそうだ。

彼女は実際、カウンセラーの資格を持っているから、いつも保健室は誰かしらいる。

「榊原先生、今良いですか?」

だからアタシは保健室に入る時は、教師の顔をする。

「アラ、美咲
みさき
。また世納クンに逃げられたの?」

ぐっさり★と言葉の矢が、胸に突き刺さった。

この言葉のキツさ…本当にカウンセラーの言葉だろうか?

「ええ。今日も、よ。今日でめでたくなく、3ヶ月が突破したわ」

「それはおめでたくないわね。慰めにコーヒーでもいかが?」

「いただくわ」

壁際の長椅子に腰をかけ、首を鳴らす。

「ご苦労様。もうすぐ期末テストで忙しい時期に、相変わらずなんて大変じゃない?」

「事実、大変よ。教頭先生からは毎日お小言をいただいているしね。担任の先生も頭痛がするみたい」

「どうりで良く頭痛薬を貰いに来ると思った」

涼子は肩を竦め、コーヒーカップを渡してくれた。

「ありがと。でもいい加減にしないと、彼、もう夏休み中の補習決定なのよ」

「自業自得ね。でもこれがずっと続けば…」

「ええ、今度は進級の問題になるわ。世納くん、成績自体は良いのだから、勿体無い話よね」

「随分他人事のように言うのね。もう諦めた?」

イスに座り、涼子は楽しそうに言ってくる。

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