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発見したが最後、わたしと彼は…!?
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ガラッと教室の引き戸を開ける。
「きゃっ!」
「おっと…」
「………」
サーッと血の気が下がる音って、本当に聞こえるんだ…。
などと感心している場合じゃなかった。
わたしはすぐに引き戸を閉める。
すると二分後ぐらいに、さっき見た女子生徒が顔を真っ赤にして、出て来た。
「…ゴメンなさい」
いや、あなたに謝られることじゃないんだけどね。
でも彼女はすぐさま去ってしまった。
わたしはため息をつくと、改めて教室に足を踏み入れた。
「時と場所は選びなさいよ。教室でイチャつこうなんて考えは、中学を卒業した時には捨てなさい」
「委員長、相変わらずあったまかったいな~。性欲っつーのは、急には止まれない。車と同じだな」
「全然違うでしょ! アホな例えをすなっ!」
教室の床に座り込んでいる男の頭を、情け容赦なく殴りつけた。
ゴンッ!
あっ、良い音。
拳で殴ると、やっぱり違うわね。
「いってぇっ!」
「仮にも中身が詰まっているだけあるわね。良い音したわ」
「オレの頭はスイカかよ」
「まあ似たようなもんじゃない?」
教室の床に座り込んでいるのは、高嶺たかみね広喜ひろき。
わたしのクラスメート。
同じ歳の高校二年生。
彼はとにかく目立つ。
日本人とアメリカ人の血が混じったクオーターで、体格や行動が日本人離れしている。
そのせいか、言い寄る女の子は日々絶えない。
そして彼は、その女の子一人一人の要求に応えた。
キスしてほしいと言われれば、キスする。
付き合ってほしいと言われれば、付き合う。
…まあ何股かけているのか分からないが、言い出す女の子も暗黙の了解というヤツだろう。
よく体が持つな、と呆れ半分・感心半分。
彼いわく、
「女を泣かせるような女は、男じゃねーな」
…だそうで。
いわゆるフェミニストってヤツだろう。
そこに肉食系とやらを足すと、彼になる。
「…厄介な存在ね」
「何か言ったか?」
未だに頭を押さえ、涙目になっている彼を見て、二度目のため息をついた。
「早く制服着直しなさいよ。みっともない」
そう言いながら、わたしは彼に背を向けた。
彼は女の子が抱いてほしいと言えば、その言葉も受け入れてしまう。
…所構わず。
なのでこういうシーンを見かける生徒は、後を絶たない。
まさか自分がその一人になろうとは…。
まあ元はと言えば、机にノートを忘れた自分が悪いんだけどね。
放課後、クラス委員会が行われた。
このクラスの委員長であるわたしは、もちろん参加した。
だけど教室の掃除当番も重なっていて、教室を出て行く時は慌てていた。
そして委員会を終えた後に気付いた。
明日までの宿題をやるのに必要なノートを教室に忘れたことを。
だから取りに来たのに、引き戸を開けた瞬間目に映ったのは、床に座っている彼と、その上に乗っていた例の彼女…。
二人とも制服が乱れていて、何をしていたかなんて一目瞭然。
「大体放課後の教室でああいうことするもんじゃないわよ。いつ見回りの先生が来るのか、分からないじゃない」
「そんなの部活が終わってからだろう? こんなに早くは来ないさ」
後ろで衣擦れの音がする。
どうやら言われた通りにしているらしい。
ほっとしながら、自分の席に向かう。
机の中を覗きこむと、目的のノートがあった。
カバンの中に入れて、彼を見ないように出口に向かった。
「それじゃ、お邪魔して悪かったわね。また明日」
「ちょい待った」
いきなり後ろから抱き締められた!
「なっ! 放しなさいよ!」
わたしよりも頭一つ分大きく、体格も良い彼に捕まると動けない!
うわっ…!
しかも何か甘い匂いがする。
コレって…香水?
彼の香水だ。たまにすれ違う時に、匂ってきた香り。
<どきんっ!>
意識した途端、心臓が高鳴ってしまった。
「ちょっと…!」
ジタバタと暴れるも、男女の体格差は悲しいものがある。
「暴れんなよ、委員長」
耳に直接ささやかれ、<ぞわっ!>と全身に鳥肌が立った。
「ななっ!」
「さっきの途中で止められたせいで、くすぶってんだ。消化させてくれよ」
「わたしが知るかぁ! 放してよ! 色情魔!」
「委員長」
わたしの耳に息をふきかけるようにして、彼は言った。
「なぁ、気持ちイイことしないか?」
「はぁ!? 誘う相手、間違えているわよ! アンタなら、電話一本すれば相手がすぐに見つけられるでしょうが!」
わたしを巻き込まないでほしい!
真面目に平和に17年間過ごしてきたのに!
「あんまり真面目に生きると、人生つまんねーぜ?」
「アンタみたいに破天荒には生きたかないわよ!」
何とかして逃げ出したいのに、腰を掴まれ、肩にも腕を回されては術がない。
「気持ち良いキス、してやるよ」
後ろで彼がニッと笑う。
「ちょっ…やめっ」
抵抗空しく、わたしは彼の正面を向かされた。
そして腰を引き寄せられ、後頭部に手を回された。
「んぅっ!?」
そして彼の熱い唇と、わたしの唇が重なった。
「やっ!」
慌てて顔を背けるも、頭を掴む手が動き、再びキスされる。
何度も弾むようなキスをされ、次第に頭の中が痺れてきた。
「ふぅっ…」
自然と唇が薄く開いた。
彼の眼に鋭い光が宿った。
すかさず彼の舌が伸びて、わたしの口の中に入ってきた。
「んっ、んぅう」
驚いて彼の胸を両手で押すけれど、そんなの彼にとっては抵抗にもならない。
彼の厚い舌が、わたしの舌と絡まる。
甘くて生暖かな感触が、口の中に広がる。
舌のザラザラした表面に、ヌルヌルした裏面が、わたしの口の中で暴れている。
歯茎をなぞられ、頬の内側を舐められ、下腹の辺りがズンッと甘く重くなる。
ヤバッ…!
体が反応してる。
背筋にぞくぞくっ!と甘い痺れが走った。
やっぱり女の子の相手をしている回数がハンパじゃないだけはある。
キスが上手過ぎる…!
わたしの口の中で溜まった二人分の唾液が、唇から頬に伝う。
その感触だけで、足が震えてきた。
腰が抜けそうだけど、彼のしっかりした腕に支えられ、倒れることすら許されない。
すでに体中の力が抜けている。
今はただ、彼とのキスに夢中になっている自分がいるだけ。
胸が熱くなる。
気付けばわたしの両手はただ、彼の胸に触れているだけ…。
「んんっ、ふぅ…!」
甘い声が、自分の口から漏れ出た。
こんな声、聞いたことがない…。
わたしは恐る恐る舌を差し出す。
すると彼は嬉しそうに眼を細めて、強く吸ってくれる。
「んんっ、うふぅっ…!」
気持ちイイ…!
キスってこんなに気持ちの良いものだったの?
目の前には、彼の整った顔が間近にある。
彼の体から匂う香水や、唾液の匂いでよりいっそう思考が鈍くなる。
わたしの中が、彼でいっぱいになる…!
夢中になる!
目が潤んだせいで、何も見えなくなる。
ただ、彼だけを感じることができる。
唇から、彼と溶け合う感じがたまらないっ…!
「んふぅっ…。あんっ、ふっ」
吐息が肌に触れるたびに、体に甘い痺れが走る。
だけど彼の足がわたしの足の間に差し込まれた時、ふと我に返った。
「えっ…ちょっと」
足はどんどん差し込まれ、わたしの体の一番敏感になっている部分に触れた。
「ちょっと!」
そこでようやく、冷静さを取り戻した。
「何だよ? ここまできて、お預けはナシだぜ?」
「ちょっと待ってよ! ここ、教室でしょうが」
あくまでも小声で怒鳴るも、内心は慌てるどころじゃない!
「その方が燃えるだろう?」
再び耳元で囁かれても、熱くはならない。
「冗談っ…! アンタはムードってものを考えられない、無神経ヤローなの?」
精一杯威勢を張るも、彼の足は以前動いていない。
いやっ、動かされるとスッゴク困るんだけど!
「そんなつれねーこと言うなよ。せっかく二人っきりなんだしさ」
そう言うと彼の手がわたしのお尻を揉み出した。
「うぎゃっ! 何が二人っきりよ! 見回りの先生が来る時間になるんじゃないの!」
彼の腕を押さえるも、構わず撫で続けられる。
しまった! 油断し過ぎた!
飢えた色情魔の暴走を、甘く見過ぎていた!
「それまでには終わらせるから」
「…へぇ。アンタって、早かったの?」
ムッと彼の顔が歪んだ。
「そういうことは、女が言うもんじゃないな」
「言わせたのはアンタでしょう?」
「…さっきから気になっていたんだがな」
「何よ?」
「オレの名前は高嶺広喜だ。『アンタ』じゃない」
「そうね、高嶺。とっとと解放してくれるかしら?」
「ったく…。さっきまでの色気はどこにいったんだよ?」
「余計なお世話よ!」
わたしはついにキレて、彼の股間を蹴り上げた!
「ぐおっ!?」
「っ!」
自らも多少ダメージのある攻撃だけど、このままじゃしんどかった…。
彼はその場に蹲る。
「情けない格好ね」
「ちょっ、おまっ、その攻撃はないだろ?」
「アンタが悪い!」
そう言って制服のポケットからケータイ電話を取り出し、蹲っている彼の姿を写メに撮った。
「おいっ!」
「わたしにこれ以上、変なことをしないように保険よ。もししたら…分かっているわね?」
ニヤッと笑い、彼を見下ろす。
「ひっでぇ女…」
彼も負けじと笑い返すも、その顔色は白い。
「お褒めいただき、光栄の至り。わたしをそんじょそこらの女と思わないことね」
わたしはそう言って、カバンを持った。
「じゃ、わたしは帰るから。先生が来たら、保健室にでも連れてってもらいなさいな」
にこやかに微笑み、わたしは彼を置いて、教室を出て行った。
「あっ危なかった…」
けれど教室を出た途端、体がふらついた。
体が熱くてたまらない…!
吐く息も甘くて、きっと顔なんか真っ赤だろう。
不覚にも、彼に言い寄る女の子達の気持ちが分かってしまった。
あんなフェロモンの固まりにちょっとでも触れたら、参ってしまうのも当然だ。
「はぁ…」
何とか強気を演じられたけど、明日からどうしよう?
モロあの色気に触れてしまったら、意識せずにはいられない。
だけどダメだ!
これ以上触れたら、ヤケドどころの話じゃない!
<ブンブンっ>と頭を振り、邪心を払う。
好きになる人は、真面目な方が良い。
あんなタイプを好きになってしまえば、あとは泣いて暮らすだけだ!
…彼を好きな、女の子達のように。
わたしはそんな未来はゴメンだ。
確かに…その、キスは気持ち良かった。
何にも考えられず、ただ彼のキスに酔えたあの時のことは思い出すと恥ずかしいのと同時に、体に甘い疼きがよみがえる。
「んっ…!」
思わず内股になる。
今が人気の少ない放課後で良かった…。
まっ、彼もきっと一時の興奮からしたようなものだし、明日になったらきっとアッサリしているだろう。
何せわたしには一応、彼の弱味を握っているし、多分…大丈夫!
…と思っていたのに。
翌朝、教室の引き戸を開けると…。
「おはよう。みん…」
「おはよう。オレの子猫ちゃん」
<ぞわっ!>と全身に鳥肌が立つのと同時に、彼に正面から抱き付かれた。
「なっ!?」
途端に周囲からは女子生徒達の悲鳴が響き渡る。
「ちょっ、朝から何すんのよ?」
「ん? 朝の挨拶」
ハグがかい!
「というか昨日のこと、忘れたの?」
わたしは暗に写メのことをチラつかせた。
しかし彼は余裕の態度を崩さない。
「分かっているよ。アレ以上のことは、お前の許しがない限りはしない」
「あっそう…」
…って、何か今の言い方、おかしくなかった?
しかもまだ抱き着かれたままだし…。
「あっあのさ、離れてくれない? 挨拶なら済んだでしょう?」
「いや、まだだ」
そう言ってわたしの顔を大きな両手で包み込んだ。
「んっ」
「ん~!」
そして、キスされた。
唇にっ!
さっきよりも上回るほどの悲鳴が、学校中に響いた。
わたしも悲鳴を上げたかったけれど、彼の口で塞がれては何も言えない。
幸いなことに(?)触れるだけのキスで、すぐに離れた。
「なっ…なななっ!?」
「キスまで、なら許してくれるんだろう?」
「誰がいつ、そんなこと言ったのよ!」
わたしが言ったのは、『これ以上、変なことをしないように』だ!
…『これ以上』?
コレ…って、キスって意味?
まさか、コイツっ!
そういう意味として受け取ったの?
「前々からお前のことは気になってたしな。オレもそろそろ本気になりたいところだったし、ちょうど良いな」
そう言って軽々とわたしを抱き上げた!
視線が痛い! ざくざく刺さってる!!
「キスだけで惚れさせてやるよ」
「何をバカなことをっ…!」
頭に血が上り過ぎて、上手く言葉が出てこない。
「お前、気持ちイイこと好きだしな。絶対に夢中にさせてみせる」
自信たっぷりに微笑む彼の笑顔を間近に見て、思わずクラッ…とくる。
…やっぱダメだ。
この男は危険過ぎる。
なのに動けないし、抗えない。
それなら…。
「じゃあ…見せてもらいましょうか? アンタの本気とやらを」
受けて立つしかない!
「ああ、良いぜ? そうじゃなくちゃ、おもしろくない」
「言ってなさいよ、自信家。わたしは甘くないわよ?」
「上等」
彼は満足そうに頷いた。
甘い空気なんて流れない。
挑むように、お互いを喰らおうとするがごとく、ピリピリした空気が流れる。
けれどそれも心地良いと思ってしまっているあたり、わたしもおかしくなっているんだろう。
…彼のせいで。
「そんじゃ改めて、オレのことは広喜って呼べよ?」
「ヒロ…キ」
口ごもりながらも名前を呼ぶと、彼…ヒロキは嬉しそうに笑った。
「ああ、カナ。そう呼べよ」
香奈っていきなり名前の方で呼ばれると、心臓に悪いんですけど。
前は委員長とか、前田という苗字で呼ばれていたから、急に変わると心臓に悪い。
でも悪い気はしない。
「お前をオレのモノにする。他のヤツになんか、渡さねーからな」
「ふふっ。頑張りなさいよ?」
わたしはぎゅっとヒロキの首に抱き着いた。
「そんじゃまあ、せっかく観客がいることだし?」
その言葉の意味を悟って、思わず顔をしかめる。
「…変態」
「公然プレイってのも、悪くねーだろ?」
「…選択、間違えたわね」
「嘘付け。本音は嬉しいクセに」
ムッとしたので、思わずわたしの方から彼にキスをした。
三度起こる悲鳴。
しかし構わず彼の唇を貪る。
ヒロキは嬉しそうに笑っていた。
きっと本当に嬉しいんだろう。
わたしと…キスすることが。
そしてわたしも感じてしまっていた。
ヒロキとのキスの、気持ち良さを…。
【END】
「きゃっ!」
「おっと…」
「………」
サーッと血の気が下がる音って、本当に聞こえるんだ…。
などと感心している場合じゃなかった。
わたしはすぐに引き戸を閉める。
すると二分後ぐらいに、さっき見た女子生徒が顔を真っ赤にして、出て来た。
「…ゴメンなさい」
いや、あなたに謝られることじゃないんだけどね。
でも彼女はすぐさま去ってしまった。
わたしはため息をつくと、改めて教室に足を踏み入れた。
「時と場所は選びなさいよ。教室でイチャつこうなんて考えは、中学を卒業した時には捨てなさい」
「委員長、相変わらずあったまかったいな~。性欲っつーのは、急には止まれない。車と同じだな」
「全然違うでしょ! アホな例えをすなっ!」
教室の床に座り込んでいる男の頭を、情け容赦なく殴りつけた。
ゴンッ!
あっ、良い音。
拳で殴ると、やっぱり違うわね。
「いってぇっ!」
「仮にも中身が詰まっているだけあるわね。良い音したわ」
「オレの頭はスイカかよ」
「まあ似たようなもんじゃない?」
教室の床に座り込んでいるのは、高嶺たかみね広喜ひろき。
わたしのクラスメート。
同じ歳の高校二年生。
彼はとにかく目立つ。
日本人とアメリカ人の血が混じったクオーターで、体格や行動が日本人離れしている。
そのせいか、言い寄る女の子は日々絶えない。
そして彼は、その女の子一人一人の要求に応えた。
キスしてほしいと言われれば、キスする。
付き合ってほしいと言われれば、付き合う。
…まあ何股かけているのか分からないが、言い出す女の子も暗黙の了解というヤツだろう。
よく体が持つな、と呆れ半分・感心半分。
彼いわく、
「女を泣かせるような女は、男じゃねーな」
…だそうで。
いわゆるフェミニストってヤツだろう。
そこに肉食系とやらを足すと、彼になる。
「…厄介な存在ね」
「何か言ったか?」
未だに頭を押さえ、涙目になっている彼を見て、二度目のため息をついた。
「早く制服着直しなさいよ。みっともない」
そう言いながら、わたしは彼に背を向けた。
彼は女の子が抱いてほしいと言えば、その言葉も受け入れてしまう。
…所構わず。
なのでこういうシーンを見かける生徒は、後を絶たない。
まさか自分がその一人になろうとは…。
まあ元はと言えば、机にノートを忘れた自分が悪いんだけどね。
放課後、クラス委員会が行われた。
このクラスの委員長であるわたしは、もちろん参加した。
だけど教室の掃除当番も重なっていて、教室を出て行く時は慌てていた。
そして委員会を終えた後に気付いた。
明日までの宿題をやるのに必要なノートを教室に忘れたことを。
だから取りに来たのに、引き戸を開けた瞬間目に映ったのは、床に座っている彼と、その上に乗っていた例の彼女…。
二人とも制服が乱れていて、何をしていたかなんて一目瞭然。
「大体放課後の教室でああいうことするもんじゃないわよ。いつ見回りの先生が来るのか、分からないじゃない」
「そんなの部活が終わってからだろう? こんなに早くは来ないさ」
後ろで衣擦れの音がする。
どうやら言われた通りにしているらしい。
ほっとしながら、自分の席に向かう。
机の中を覗きこむと、目的のノートがあった。
カバンの中に入れて、彼を見ないように出口に向かった。
「それじゃ、お邪魔して悪かったわね。また明日」
「ちょい待った」
いきなり後ろから抱き締められた!
「なっ! 放しなさいよ!」
わたしよりも頭一つ分大きく、体格も良い彼に捕まると動けない!
うわっ…!
しかも何か甘い匂いがする。
コレって…香水?
彼の香水だ。たまにすれ違う時に、匂ってきた香り。
<どきんっ!>
意識した途端、心臓が高鳴ってしまった。
「ちょっと…!」
ジタバタと暴れるも、男女の体格差は悲しいものがある。
「暴れんなよ、委員長」
耳に直接ささやかれ、<ぞわっ!>と全身に鳥肌が立った。
「ななっ!」
「さっきの途中で止められたせいで、くすぶってんだ。消化させてくれよ」
「わたしが知るかぁ! 放してよ! 色情魔!」
「委員長」
わたしの耳に息をふきかけるようにして、彼は言った。
「なぁ、気持ちイイことしないか?」
「はぁ!? 誘う相手、間違えているわよ! アンタなら、電話一本すれば相手がすぐに見つけられるでしょうが!」
わたしを巻き込まないでほしい!
真面目に平和に17年間過ごしてきたのに!
「あんまり真面目に生きると、人生つまんねーぜ?」
「アンタみたいに破天荒には生きたかないわよ!」
何とかして逃げ出したいのに、腰を掴まれ、肩にも腕を回されては術がない。
「気持ち良いキス、してやるよ」
後ろで彼がニッと笑う。
「ちょっ…やめっ」
抵抗空しく、わたしは彼の正面を向かされた。
そして腰を引き寄せられ、後頭部に手を回された。
「んぅっ!?」
そして彼の熱い唇と、わたしの唇が重なった。
「やっ!」
慌てて顔を背けるも、頭を掴む手が動き、再びキスされる。
何度も弾むようなキスをされ、次第に頭の中が痺れてきた。
「ふぅっ…」
自然と唇が薄く開いた。
彼の眼に鋭い光が宿った。
すかさず彼の舌が伸びて、わたしの口の中に入ってきた。
「んっ、んぅう」
驚いて彼の胸を両手で押すけれど、そんなの彼にとっては抵抗にもならない。
彼の厚い舌が、わたしの舌と絡まる。
甘くて生暖かな感触が、口の中に広がる。
舌のザラザラした表面に、ヌルヌルした裏面が、わたしの口の中で暴れている。
歯茎をなぞられ、頬の内側を舐められ、下腹の辺りがズンッと甘く重くなる。
ヤバッ…!
体が反応してる。
背筋にぞくぞくっ!と甘い痺れが走った。
やっぱり女の子の相手をしている回数がハンパじゃないだけはある。
キスが上手過ぎる…!
わたしの口の中で溜まった二人分の唾液が、唇から頬に伝う。
その感触だけで、足が震えてきた。
腰が抜けそうだけど、彼のしっかりした腕に支えられ、倒れることすら許されない。
すでに体中の力が抜けている。
今はただ、彼とのキスに夢中になっている自分がいるだけ。
胸が熱くなる。
気付けばわたしの両手はただ、彼の胸に触れているだけ…。
「んんっ、ふぅ…!」
甘い声が、自分の口から漏れ出た。
こんな声、聞いたことがない…。
わたしは恐る恐る舌を差し出す。
すると彼は嬉しそうに眼を細めて、強く吸ってくれる。
「んんっ、うふぅっ…!」
気持ちイイ…!
キスってこんなに気持ちの良いものだったの?
目の前には、彼の整った顔が間近にある。
彼の体から匂う香水や、唾液の匂いでよりいっそう思考が鈍くなる。
わたしの中が、彼でいっぱいになる…!
夢中になる!
目が潤んだせいで、何も見えなくなる。
ただ、彼だけを感じることができる。
唇から、彼と溶け合う感じがたまらないっ…!
「んふぅっ…。あんっ、ふっ」
吐息が肌に触れるたびに、体に甘い痺れが走る。
だけど彼の足がわたしの足の間に差し込まれた時、ふと我に返った。
「えっ…ちょっと」
足はどんどん差し込まれ、わたしの体の一番敏感になっている部分に触れた。
「ちょっと!」
そこでようやく、冷静さを取り戻した。
「何だよ? ここまできて、お預けはナシだぜ?」
「ちょっと待ってよ! ここ、教室でしょうが」
あくまでも小声で怒鳴るも、内心は慌てるどころじゃない!
「その方が燃えるだろう?」
再び耳元で囁かれても、熱くはならない。
「冗談っ…! アンタはムードってものを考えられない、無神経ヤローなの?」
精一杯威勢を張るも、彼の足は以前動いていない。
いやっ、動かされるとスッゴク困るんだけど!
「そんなつれねーこと言うなよ。せっかく二人っきりなんだしさ」
そう言うと彼の手がわたしのお尻を揉み出した。
「うぎゃっ! 何が二人っきりよ! 見回りの先生が来る時間になるんじゃないの!」
彼の腕を押さえるも、構わず撫で続けられる。
しまった! 油断し過ぎた!
飢えた色情魔の暴走を、甘く見過ぎていた!
「それまでには終わらせるから」
「…へぇ。アンタって、早かったの?」
ムッと彼の顔が歪んだ。
「そういうことは、女が言うもんじゃないな」
「言わせたのはアンタでしょう?」
「…さっきから気になっていたんだがな」
「何よ?」
「オレの名前は高嶺広喜だ。『アンタ』じゃない」
「そうね、高嶺。とっとと解放してくれるかしら?」
「ったく…。さっきまでの色気はどこにいったんだよ?」
「余計なお世話よ!」
わたしはついにキレて、彼の股間を蹴り上げた!
「ぐおっ!?」
「っ!」
自らも多少ダメージのある攻撃だけど、このままじゃしんどかった…。
彼はその場に蹲る。
「情けない格好ね」
「ちょっ、おまっ、その攻撃はないだろ?」
「アンタが悪い!」
そう言って制服のポケットからケータイ電話を取り出し、蹲っている彼の姿を写メに撮った。
「おいっ!」
「わたしにこれ以上、変なことをしないように保険よ。もししたら…分かっているわね?」
ニヤッと笑い、彼を見下ろす。
「ひっでぇ女…」
彼も負けじと笑い返すも、その顔色は白い。
「お褒めいただき、光栄の至り。わたしをそんじょそこらの女と思わないことね」
わたしはそう言って、カバンを持った。
「じゃ、わたしは帰るから。先生が来たら、保健室にでも連れてってもらいなさいな」
にこやかに微笑み、わたしは彼を置いて、教室を出て行った。
「あっ危なかった…」
けれど教室を出た途端、体がふらついた。
体が熱くてたまらない…!
吐く息も甘くて、きっと顔なんか真っ赤だろう。
不覚にも、彼に言い寄る女の子達の気持ちが分かってしまった。
あんなフェロモンの固まりにちょっとでも触れたら、参ってしまうのも当然だ。
「はぁ…」
何とか強気を演じられたけど、明日からどうしよう?
モロあの色気に触れてしまったら、意識せずにはいられない。
だけどダメだ!
これ以上触れたら、ヤケドどころの話じゃない!
<ブンブンっ>と頭を振り、邪心を払う。
好きになる人は、真面目な方が良い。
あんなタイプを好きになってしまえば、あとは泣いて暮らすだけだ!
…彼を好きな、女の子達のように。
わたしはそんな未来はゴメンだ。
確かに…その、キスは気持ち良かった。
何にも考えられず、ただ彼のキスに酔えたあの時のことは思い出すと恥ずかしいのと同時に、体に甘い疼きがよみがえる。
「んっ…!」
思わず内股になる。
今が人気の少ない放課後で良かった…。
まっ、彼もきっと一時の興奮からしたようなものだし、明日になったらきっとアッサリしているだろう。
何せわたしには一応、彼の弱味を握っているし、多分…大丈夫!
…と思っていたのに。
翌朝、教室の引き戸を開けると…。
「おはよう。みん…」
「おはよう。オレの子猫ちゃん」
<ぞわっ!>と全身に鳥肌が立つのと同時に、彼に正面から抱き付かれた。
「なっ!?」
途端に周囲からは女子生徒達の悲鳴が響き渡る。
「ちょっ、朝から何すんのよ?」
「ん? 朝の挨拶」
ハグがかい!
「というか昨日のこと、忘れたの?」
わたしは暗に写メのことをチラつかせた。
しかし彼は余裕の態度を崩さない。
「分かっているよ。アレ以上のことは、お前の許しがない限りはしない」
「あっそう…」
…って、何か今の言い方、おかしくなかった?
しかもまだ抱き着かれたままだし…。
「あっあのさ、離れてくれない? 挨拶なら済んだでしょう?」
「いや、まだだ」
そう言ってわたしの顔を大きな両手で包み込んだ。
「んっ」
「ん~!」
そして、キスされた。
唇にっ!
さっきよりも上回るほどの悲鳴が、学校中に響いた。
わたしも悲鳴を上げたかったけれど、彼の口で塞がれては何も言えない。
幸いなことに(?)触れるだけのキスで、すぐに離れた。
「なっ…なななっ!?」
「キスまで、なら許してくれるんだろう?」
「誰がいつ、そんなこと言ったのよ!」
わたしが言ったのは、『これ以上、変なことをしないように』だ!
…『これ以上』?
コレ…って、キスって意味?
まさか、コイツっ!
そういう意味として受け取ったの?
「前々からお前のことは気になってたしな。オレもそろそろ本気になりたいところだったし、ちょうど良いな」
そう言って軽々とわたしを抱き上げた!
視線が痛い! ざくざく刺さってる!!
「キスだけで惚れさせてやるよ」
「何をバカなことをっ…!」
頭に血が上り過ぎて、上手く言葉が出てこない。
「お前、気持ちイイこと好きだしな。絶対に夢中にさせてみせる」
自信たっぷりに微笑む彼の笑顔を間近に見て、思わずクラッ…とくる。
…やっぱダメだ。
この男は危険過ぎる。
なのに動けないし、抗えない。
それなら…。
「じゃあ…見せてもらいましょうか? アンタの本気とやらを」
受けて立つしかない!
「ああ、良いぜ? そうじゃなくちゃ、おもしろくない」
「言ってなさいよ、自信家。わたしは甘くないわよ?」
「上等」
彼は満足そうに頷いた。
甘い空気なんて流れない。
挑むように、お互いを喰らおうとするがごとく、ピリピリした空気が流れる。
けれどそれも心地良いと思ってしまっているあたり、わたしもおかしくなっているんだろう。
…彼のせいで。
「そんじゃ改めて、オレのことは広喜って呼べよ?」
「ヒロ…キ」
口ごもりながらも名前を呼ぶと、彼…ヒロキは嬉しそうに笑った。
「ああ、カナ。そう呼べよ」
香奈っていきなり名前の方で呼ばれると、心臓に悪いんですけど。
前は委員長とか、前田という苗字で呼ばれていたから、急に変わると心臓に悪い。
でも悪い気はしない。
「お前をオレのモノにする。他のヤツになんか、渡さねーからな」
「ふふっ。頑張りなさいよ?」
わたしはぎゅっとヒロキの首に抱き着いた。
「そんじゃまあ、せっかく観客がいることだし?」
その言葉の意味を悟って、思わず顔をしかめる。
「…変態」
「公然プレイってのも、悪くねーだろ?」
「…選択、間違えたわね」
「嘘付け。本音は嬉しいクセに」
ムッとしたので、思わずわたしの方から彼にキスをした。
三度起こる悲鳴。
しかし構わず彼の唇を貪る。
ヒロキは嬉しそうに笑っていた。
きっと本当に嬉しいんだろう。
わたしと…キスすることが。
そしてわたしも感じてしまっていた。
ヒロキとのキスの、気持ち良さを…。
【END】
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