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「我が弟ながら、何を考えているのかサッパリ分からん。15年前にお嬢との結婚を言い出した時もそうだったが…」

そう言って口ごもる。

…ああ、そうだ。義兄は目を剥いたんだっけ。

そりゃそうだろう。わたしだってきっと同じ反応をしただろう。

「アイツはお嬢中心に世界が回っているからなぁ。お嬢がイヤなことは、絶対にしないだろう?」

「…常識に反しなければ、ね」

「そりゃアイツは教師の役目もあるからな」

そう言って笑い飛ばす。

「まあ入籍だけ済ませといて、式はお嬢が大学を卒業した後でも充分だろう?」

「それ、先生にも言われた。でも4年後じゃあわたしは22だけど、先生は37でしょう?」

「…アイツの方が、いろいろ厳しくなってくるか」

「察しが早くて助かるわ」

二人でため息を吐く。

「まあ何にせよ、お嬢はアイツのことはイヤじゃないんだな?」

「イヤだったらとっくに婚約破棄してる」

「だよな。じゃあ…将来が心配か?」

「正直言って、先生は義兄さんよりも優秀よ」

「うぐっ…! はっはっきり言ってくれるな」 

ダメージを受けるところを見ると、義兄もある程度は分かっていたんだろう。

彼はとても優秀だ。

わたしや義兄よりも、よっぽど出来た人間。

上に立つのに相応しい人物なのに、わたしを立ててくれている。

「じっじゃあ何が不満なんだ?」

「その不満が分からないからこそ、不満なのよ!」

わたしはウエディングドレスを着たまま、ジタバタと暴れた。

質が良いだけに、これだけ暴れてもどこも破れない。

「はあ…。まあ完璧すぎると、逆に不満になるってもんか」

完璧…そう、完璧過ぎるんだ。

初恋の相手と結婚できる。

何の障害もなく、苦痛もなく。

彼はわたしを愛しているし、彼もわたしを愛している。

周囲にも両親にも祝福され、羨ましがられている。

満たされ過ぎているんだろうか?

それとも…。

「不満…と言うより、不安、かな?」

「何がだ?」

「その…ホラ、15年前、わたしがプロポーズしたせいで、先生の人生を狂わせちゃったでしょう?」

「そりゃあアイツが勝手にしたことであって、お嬢には何の責任もないさ」

義兄は心外だと言うように、顔をしかめる。 
「ん~。でもわたしにはやっぱり責任を感じちゃうのよね。そして先生も、わたしに対して責任を感じているんじゃないかって思って」

「責任って…。ああ、子供だったお嬢の言うことを真に受けて、大事にしたことか?」

「…うん」

「う~ん」

今度は義兄が唸ってしまった。

「まあ何だ。どっちにしろ、お嬢とアイツの婚約はいずれは発表されたことだ。遅いか早いかの違いで、そしてそういうことは互いの両親によって本当は決められるべきだった。だからアイツにも責任なんてものはないと思うけどな」

…そう。本来なら、わたしや先生に選択肢なんてなかった。

こういう家に生まれてきたのだ。

何不自由なく育てられる代わりに、将来は既に決定付けられているのが当たり前のこと。

同じ学校に通うコ達にだって、すでに婚約者がいる人は多く、わたしと同じように高校を卒業するのと同時に結婚する人も多い。

そして多くは…自ら望んだ結婚ではない。

だからこそ、わたしは羨ましがられる。

選択肢を自ら選べただろう―と。

わたしが生まれた時に、先生との婚約と結婚はすでに話しに上がっていた。

あとはお互いの家が、結婚までに潰れなければ良いだけの話。 

どちらにせよ、先生との未来はすでに決まっていたと考えれば…。

「…やっぱりモヤモヤは晴れない」

「真面目だなぁ、お嬢は」

「だって…。まだ15年前には選択肢があったワケでしょう? 決定付けたのはわたしのせいじゃない」

「でも今までの間に婚約破棄をお嬢は言い出さなかった。アイツが夫でも良いと思ったからじゃないのか?」

「そりゃあ先生のことは愛しているわ。15年間、ずっとね。でもそれが先生にとっての選択肢を潰してきた気がして…」

実際、大学もそう。

就職だって、わたしの世話役係なんて、よく彼の両親は許したものだ。

「でもアイツはお嬢のことが好きだぞ? 好き過ぎて、どっかぶっ飛んじまっているぐらい」

「それは良く分かっている」

先生がわたしに狂っているのは、今にはじまったことじゃない。

「ふぅ…。まあとりあえずは結婚してみたら? それでダメならダメでもいいだろう」

「いや、さすがに結婚したら、離婚はありえないでしょう?」

権力者同士の結婚は、すなわちお互いの会社の結びつきも意味する。

簡単に離婚なんてできない。

したらどんなに世の中がパニックになるか、想像しただけでも恐ろしい…! 

「あんまり深く考えるなって。あっ、どうせなら新婚旅行で1年ぐらい、出かけるっていうのはどうだ? 一度、頭ん中真っ白にしてこいよ」

明るく言って、頭を撫でてくれるけれど、出るのはため息だけ。

「大学生になったばかりで、休学はいただけないわね。それに仕事もはじめる予定だし」

「詰め込みすぎると、潰れちまうぞ?」

「そこを先生に支えてもらう予定なの。だからやっぱり、わたしには先生が必要なのよね」

「ならやっぱり結婚は良いんだろう?」

「いいんだけど…」

…ダメだ。

どうしてもループしてしまう。

義兄も空気で悟ったらしく、苦笑して口を閉じてしまった。

「まあ…何だ。本当に迷っているだけなら、式をこのまま進めても大丈夫じゃないか? いざ本番になれば、気持ちも吹っ切れるかもしれない」

「…そうね。そのことを、ただ願いましょう」

成就する可能性は低そうだけど、このまま義兄をループに引き摺りこむわけにもいかない。

「義姉さんはマリッジブルーにならなかったのかな?」

ふと義兄を見て、思いついた。

義姉は明るくて、ハキハキした人。小柄だけどパワフルで、とても優しい。

今では何と、5人の子持ち。だけど見かけではヘタすれば10代に見えるぐらい、若々しい女性。 


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