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真実の後
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ソウマの店で、マカは雑誌や新聞をテーブルに広げて見ていた。
例の猟奇事件が、世間から忘れ始めていた。
けれどアタシは暗い表情のままだった。
「…まっ、ご苦労だったな。ヒミカ」
「ありがと。そっちこそ、うまく処理してくれたでしょう?」
「それが仕事だからな。…今回は血族が思わぬところで関わってしまったし」
マカは血族の会議で、この事件の真相は話さなかった。
終わったことだけを告げ、早々に闇に葬った。
先生は遠くへ留学したことにした。その方が…いろいろな人を傷付けずに済む。
多くの人に慕われていた先生。
その裏の顔を、知る者は少なくて良い。
「今回はお咎めなしだが…あまり油断するなよ?」
「懲りたわよ。…もう二度と、外ではやらない」
「その言葉、信じるぞ」
マカは真っ直ぐアタシを見てくる。
だからアタシも見返して、頷いた。
「ぜひそうしてちょうだい。…さて、これからキシとデートなのよ」
「上手くやっているようだな」
「そりゃま、婚約者だからね」
アタシを肩を竦めて見せて、ソウマに笑顔を見せた。
「お茶、ありがと。今度キシを連れて来てもいい?」
「ええ、ぜひお越しください。待っていますよ」
「うん。じゃね、マカ」
「ああ」
アタシは店を出た。
キシとは、あの公園で待ち合わせをしていた。
彼からの指定だった。
…アレから、キシとは付き合いを続けていた。
だけどどこかギクシャグしているのは、事実だった。
お互いに先生のことは禁句のようになっていて…ちょっと心苦しかった。
公園に着くと、ベンチでキシが待っていた。
「ゴメン、待たせた?」
「とんでもない。ボクはヒミカの為なら、1日だって待てますよ」
「そこまでさせないわよ」
アタシはキシの隣に座って…、キシの肩に寄り掛かった。
キシは何も言わずに、頭を撫でてくれる。
最近ではこうして素直に甘えられるようになった。
それがとても嬉しい反面、罪悪感も拭えなかった。
「…ヒミカ」
「何? キシ」
「一つ、ボクのお願い、聞いてくれませんか?」
「ん?」
アタシは顔を上げた。
優しく、そして悲しそうにキシは微笑んでいた。
「もしボクが、ヒミカよりも先に死んだら…その体を残さず食べていただけますか?」
「はあ?」
何を突拍子もないことを…。
「ボクはアナタが死んだら生きていけませんから、すぐに後を追います。けれどヒミカはボクを食べて、ずっと生きててください」
「どういうお願いよ、それ」
あんまりに勝手すぎる『お願い』に、思わず顔が歪む。
「ホラ、人間は輪廻転生するって言うじゃないですか。でも体は残ってしまう。どうせ焼かれて骨になるなら、アナタの栄養になりたいと思いましてね」
確かに、血族であるアタシと、人間であるキシとは同じ時間を生きられない。
…やがてキシは歳を取り、死んでしまう。
でも血族であるアタシは、そろそろ成長が止まるだろう。
そして何もなければ、100年以上も生きる。
その間にキシの転生を待つのなんて、苦ではない。
…だからだろうか。
キシは自分を食べて欲しいと言い出したのは。
アタシと愛し合った証拠を、アタシ自身の中に納めたいんだろうな。
「愛するものの一部になれる…。これぞ究極の愛のカタチだとは思いませんか?」
チクッと胸が痛んだ。
それを隠すように、キシに抱きついた。
「…分かったわ。でも…なるべく長生きはしてね?」
「当然ですよ。アナタの為に、生き続けて見せますよ」
キシは優しく抱き締めてくれた。
…ああ、でも気付かれてしまったんだろうな。
サガミ先生の温室には、殺された人間の残骸があった。
どうやら先生は料理教室で料理をした後、温室の野菜の肥料に残骸を使っていたらしい。
キシと共に温室を訪れた時に、アタシは気付いた。
―死体の匂いに。
だからそこの温室は、こちらで押さえた。
野菜も全て、取っていた。
アタシが食べる為に。
そしてサガミ先生の死体は…残さずアタシが食べた。
肉の一欠けらも残さずに。
キシはアタシのことになると、勘が血族並みに鋭くなる。
だからこんなことを言い出したんだろう。
キシの白い首筋が、眼に映った途端、思わずノドが鳴った。
この薄い皮膚の下の、あの味と匂いが、アタシの血族としての顔を出させてしまうのだ。
しかしキシが笑った。
「どうしたの?」
「まだボクが死ぬまで、ガマンしててくださいよ? 寿命はまっとうしますから」
顔を見ずとも、気配で考えが分かったらしい。
…やれやれ、いつまで狂気を押さえられるやら。
【完】
例の猟奇事件が、世間から忘れ始めていた。
けれどアタシは暗い表情のままだった。
「…まっ、ご苦労だったな。ヒミカ」
「ありがと。そっちこそ、うまく処理してくれたでしょう?」
「それが仕事だからな。…今回は血族が思わぬところで関わってしまったし」
マカは血族の会議で、この事件の真相は話さなかった。
終わったことだけを告げ、早々に闇に葬った。
先生は遠くへ留学したことにした。その方が…いろいろな人を傷付けずに済む。
多くの人に慕われていた先生。
その裏の顔を、知る者は少なくて良い。
「今回はお咎めなしだが…あまり油断するなよ?」
「懲りたわよ。…もう二度と、外ではやらない」
「その言葉、信じるぞ」
マカは真っ直ぐアタシを見てくる。
だからアタシも見返して、頷いた。
「ぜひそうしてちょうだい。…さて、これからキシとデートなのよ」
「上手くやっているようだな」
「そりゃま、婚約者だからね」
アタシを肩を竦めて見せて、ソウマに笑顔を見せた。
「お茶、ありがと。今度キシを連れて来てもいい?」
「ええ、ぜひお越しください。待っていますよ」
「うん。じゃね、マカ」
「ああ」
アタシは店を出た。
キシとは、あの公園で待ち合わせをしていた。
彼からの指定だった。
…アレから、キシとは付き合いを続けていた。
だけどどこかギクシャグしているのは、事実だった。
お互いに先生のことは禁句のようになっていて…ちょっと心苦しかった。
公園に着くと、ベンチでキシが待っていた。
「ゴメン、待たせた?」
「とんでもない。ボクはヒミカの為なら、1日だって待てますよ」
「そこまでさせないわよ」
アタシはキシの隣に座って…、キシの肩に寄り掛かった。
キシは何も言わずに、頭を撫でてくれる。
最近ではこうして素直に甘えられるようになった。
それがとても嬉しい反面、罪悪感も拭えなかった。
「…ヒミカ」
「何? キシ」
「一つ、ボクのお願い、聞いてくれませんか?」
「ん?」
アタシは顔を上げた。
優しく、そして悲しそうにキシは微笑んでいた。
「もしボクが、ヒミカよりも先に死んだら…その体を残さず食べていただけますか?」
「はあ?」
何を突拍子もないことを…。
「ボクはアナタが死んだら生きていけませんから、すぐに後を追います。けれどヒミカはボクを食べて、ずっと生きててください」
「どういうお願いよ、それ」
あんまりに勝手すぎる『お願い』に、思わず顔が歪む。
「ホラ、人間は輪廻転生するって言うじゃないですか。でも体は残ってしまう。どうせ焼かれて骨になるなら、アナタの栄養になりたいと思いましてね」
確かに、血族であるアタシと、人間であるキシとは同じ時間を生きられない。
…やがてキシは歳を取り、死んでしまう。
でも血族であるアタシは、そろそろ成長が止まるだろう。
そして何もなければ、100年以上も生きる。
その間にキシの転生を待つのなんて、苦ではない。
…だからだろうか。
キシは自分を食べて欲しいと言い出したのは。
アタシと愛し合った証拠を、アタシ自身の中に納めたいんだろうな。
「愛するものの一部になれる…。これぞ究極の愛のカタチだとは思いませんか?」
チクッと胸が痛んだ。
それを隠すように、キシに抱きついた。
「…分かったわ。でも…なるべく長生きはしてね?」
「当然ですよ。アナタの為に、生き続けて見せますよ」
キシは優しく抱き締めてくれた。
…ああ、でも気付かれてしまったんだろうな。
サガミ先生の温室には、殺された人間の残骸があった。
どうやら先生は料理教室で料理をした後、温室の野菜の肥料に残骸を使っていたらしい。
キシと共に温室を訪れた時に、アタシは気付いた。
―死体の匂いに。
だからそこの温室は、こちらで押さえた。
野菜も全て、取っていた。
アタシが食べる為に。
そしてサガミ先生の死体は…残さずアタシが食べた。
肉の一欠けらも残さずに。
キシはアタシのことになると、勘が血族並みに鋭くなる。
だからこんなことを言い出したんだろう。
キシの白い首筋が、眼に映った途端、思わずノドが鳴った。
この薄い皮膚の下の、あの味と匂いが、アタシの血族としての顔を出させてしまうのだ。
しかしキシが笑った。
「どうしたの?」
「まだボクが死ぬまで、ガマンしててくださいよ? 寿命はまっとうしますから」
顔を見ずとも、気配で考えが分かったらしい。
…やれやれ、いつまで狂気を押さえられるやら。
【完】
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